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029 竜の姿をした妖精

 テントは黄色や赤色のカラフルな見た目で愛想を振りまいているのに、いざ扉が開くと中は世界中の影を集めたように真っ暗で怪しい。中へ入っていく客たちはまるで飲み込まれていくようだった。

 黒羽たちも中へ。天井は外から見たよりずっと高く、おそらく普通の人間がそこから落ちれば骨折では済まされないだろうというくらい。電球がいくつかぶら下げられているが、暗すぎてそれそのものしか見えておらず大して役に立っていない。方角が分かる程度。これじゃ星の少ない夜空だ。

 黒羽は野生だからそれでも微かに周りの観客たちの動きを見ることができるが、シロは全く見えていないらしい。一歩踏み出すのにも一苦労といった具合で慎重に進んでいた。アステリアはというと、豊富な戦闘経験の中で勘が鍛えられているのか一切物怖じせず、周りの観客たちを邪魔そうにしているくらいだ。シロに自分の両肩につかまるように言って先導しはじめた。

 アステリアが唸る。


「んん〜、せま〜い」

「だいぶ混雑してんな。列の先頭あたりにいられればもうちょっと楽だったろうに」

「後ろのほうに並んじゃったもんなぁ」


 もう十歩ほど行くと係員らしき人影がネオン管みたいに光る棒を揺らして左へ曲がるように促していた。ここから先は一定間隔で係員が立ち、そうやって誘導してくれている。アステリアもすたすた歩けるくらいに混雑が解消されて、ようやく席に到着した。

 シロもやっと腰を落ち着ける場所を見つけてほっと溜息をつく。


「うわ〜、やっと着いたね。一応みんな座れるんだ。あの混雑で立って見なきゃなのかと思ったよ」

「サスリカの人はこういう場面で立ち見とかする文化はないんだよ。席が無いなら無理ってきっぱりしてる。外国には立ち見する文化の国もあるって戦位が言ってた」

「へぇ、そういうことなんだね」

「人間様は大変だな。俺は猫だから常に自由席って文化だ」


 黒羽はアステリアにずっと抱っこされていたからそのままの流れで彼女の膝に座っていた。

 アステリアが嫌味っぽい声を黒羽の耳に吹きかける。


「あら〜、どーですか〜、ご主人様〜。ワタクシ程度のお膝の感触は。女の子の匂いを、それも数十万倍もの嗅覚でクンカクンカして、今度は太ももをフニフニするんですか? お忙しいですにゃ〜あ」

「なぬ……。そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「クロちゃん、私の膝にも来ていいんだよ?」


 隣でシロが膝をトントン叩いて誘ってくる。猫に転生したついでに女への耐性も初期化されてしまってウブな黒羽にはキツイ状況だ。以前にシロに対して照れることがなくて済むように魔法でシロ耐性をつけていたはずなのにどうして効かないのか。


「もうやめてくれよお前ら」


 黒羽が黒猫でなければ顔が真っ赤になっているのが見えていただろう。シロの視線から逃げるように小さく丸まって顔を隠した。


(チクショウ、何でだよ。前にシロ耐性も魔法で獲得したはず。……、あ、まさか。そうか、シロが着てるミラーズのローブのせいだな。確か手紙には色々な危険から守る効果があるとか何とかってあったような。なるほど、魔法も無効化されるわけだ。けっ、なんてこった。全然意味ないじゃねぇか)


 そう思って黒羽は決めた。ショーが始まるまではこうやって丸くなったまま二人とは話さないと。

 目を塞いで黙り込んでもシロとアステリアは黒羽を可愛いだの何だのと弄って弄って、まだまだ弄り倒す。黒羽は頑なに黙り続ける。

 まったく、マフィアをやっていた頃はまさかこんな未来が待ち受けていようとは思いもよらなかった。天罰によって忌み嫌われる不吉な生き物の象徴である黒猫に転生させられるまではまだ分かる。でもこんなに女耐性を削られたうえ、やたらめったらチヤホヤの刑とは。ああ、なんて恐ろしい天罰なんだろう、と黒羽は半分喜んでいた。

 ヅー。そのうちブザーのような音が場内に長く響き、開幕を知らせた。真っ暗な場内が一斉にざわつき始める。待ちくたびれて寝ていた人もいたようでたまに欠伸(あくび)が混ざった。


「あ、クロハネ、もう始まるよ。起きてる?」

「ぐーすか、ぐーすか」

「アー、カワイー。くろはね、寝ちゃてる。アー、カワイーナー。これはもうモフモフするしかないナー」

「起きてますぜらっしゃい」


 アステリアに棒読みでモフモフ宣言されると途端に黒羽は寝たふりをやめてすっと背筋を伸ばした。もう全身をワタアメみたいにくちゃくちゃにされるのだけは御免だった。

 隣でシロが必死に口を抑えて爆笑を堪えながら、


「う、うわっ、クロちゃん姿勢ヤバ。ピンってし過ぎて反り返ってる。ふははっ」

「ひぃーっ、ひぃーっ」

「おいおいアステリアまで笑ってんじゃねぇよ。鳴き声と勘違いされるだろ」

「ぶはっ、鳴き声ってひどっ。ふふっ、ふははっ。もうムリ、しんどい」

「ひぃーっ、ふひぃーっ」

「やめろ、引き笑いのバリエーション増やしてくんな。ちょ、真面目に静かにしてくれ。周りに迷惑だから」


 仕方がないから周りには二人の笑い声が聞こえないように魔法でどうにかする。やっと落ち着いてきた頃には、正面の遠くのほうにランタンを持った黒いローブ姿の人物が既に登場していた。一番初めの、しっかりワクワクしながら見つめておくべきところを見事に見逃していた。

 場内のざわめきも静かになって、ようやく二人と一匹も切り替えてランタンを持った人物に視線を送る。


「皆さま、本日は此度のショーにお越し下さり、ありがとうございます。ショーの内容は外の者が声高にお伝えしていた通りですので、いらぬご挨拶は省かせていただきましょう」


 深々と被ったフードで見えないが、年配の男の声だった。

 男が立っていたところは丸いステージになっていた。ランタンの灯りでやっと縁が見えるくらい。でも案外広かった。

 男はもったいぶるように丸いステージを丸く円を描いてゆっくりと歩きだす。するとランタンの反射の具合でステージ中央には黒い布を被せた大きな箱が置かれていたことが分かった。これがかなりの大きさだ。二階建ての家一軒分くらいあるのではなかろうか。きっとこれが(おり)であるに違いない。そして布を外すと中にいる主役のキケラメティディーギスが姿を見せるのだろう。

 箱の影からランタンの灯りが戻ってきた。男が一周して元の位置まで来ると立ち止まり、今度は同じくローブ姿の人物たちが二人新しくステージに上がった。二人は一緒に被せ布の端を持って待ち構えた。


「それでは皆様お待ちかね、世界で最も美しく、最も希少なる翼竜、キケラメティディーギスの登場でございます!」


 長々とした前振りなどはせず、もうお披露目だ。

 ついに、後から登場した二人が一気に被せ布をひっぺがす。

 だがしかし、これはどうしたことか。確かに箱の正体は巨大な檻だったのだが、中には何もいない。遮るものが中にないから向こう側の柵まで見えている。

 場内は再びざわめき出した。

 キケラメティディーギスは逃げてしまったのだろうか。檻の中には影も形もない。それなのにどういうわけかローブの男たちは全く焦ったような素振りもなく、ただ観客たちの反応を見るように立っているだけだ。

 だからブーイングは起きず、ざわめいていた観客たちはまた静かになって空っぽの檻の中に目を凝らした。

 と、そのとき、一瞬だけ檻の中が確かに青白く光った。それも地に寝そべった翼竜らしき輪郭を描いて、はっきりと。

 まただ。また青白く光った。今度はさっきとは違って長い首をもたげていた。

 確かに檻の中には何かがいる。けれど時々クラゲのように発光した一瞬しか見ることができない。キケラメティディーギスはクラゲを翼竜に変えたような、明滅する透明な翼竜だったようだ。

 また青白く光れば目が慣れてより明瞭に全身を観察できた。頭は爬虫類らしく(あご)の発達したトカゲのような顔でありつつも大人しそうな目をしていて、首は馬より少し長いくらい。四足歩行で、背中には羽毛の無い蝶のような大きな翼が二対、全部で四枚も生えていた。とぐろを巻くほど長く伸びた尻尾の先端は極端に膨らんでいた。外敵と戦うときにハンマーみたいに振り回して使うのだろう。

 どこからかさっきの男の声が聞こえてくる。いつのまにかランタンの灯りも無くなってどこにいるのか分からなくなっていた。


「皆様、よーく、ご覧下さい。この翼竜こそ世界でただ一頭、我々のような平凡な生き物たちにも姿を見せてくれたキケラメティディーギスでございます。皆様はもうお気づきでしょうか。この会場にあった全ての光源が既に消されていたことに。この世の全ての物体は表面に光を反射することでようやく目に見えるもの。しかし、キケラメティディーギスはこの真っ暗闇で明滅する。一瞬だけ光ったかと思えば、大気と同化するほど透けてしまう。量だけでなく色や屈折まで、光の性質を全て操る唯一の生物種でございます」


 これには流石の黒羽も釘付けだ。

 幼い頃は珍しい昆虫や木の実を見つけたら大はしゃぎしたものだったが、そんな比ではない。

 キケラメティディーギスは見てくれと言わんばかりに檻の中いっぱいに翼を広げてくれている。光った姿はダイヤモンドの翼竜と呼ぶに相応しいほど美しく、また全身が半透明に透けているのがこの世のものではないようで神々しい。

 シロもアステリアも見入ってしまって何も言えない。ため息をつくほどの美しさを超えるとため息も出なくなるようだ。

 キケラメティディーギスは今度は赤く光って見せた。こんなこともできると言いたいかのよう。他にも様々な光り方や色合いに変化した。金や銀はお手の物。岩みたいにざらざらとした質感を表すこともできれば、溶けかけの氷に布や紙の質感の再現もでき、乳白色になることも、鏡のようになることも、漆黒も七色も何でもありだ。その他、翼に模様を描いて見せたり、空を飛んでいるときに自分が見下ろしていた地上の映像を映したり、魅了するばかりでなく芸達者に観客を楽しませることまでやってくれた。

 感動とはこういうものだったのかと黒羽は思った。キケラメティディーギスの七変化する姿を見るほどに自分の体も新しく生まれ変わっていくような気がしていた。汚れきった心と体を捨て去って、脱皮したように新しく生まれ直す。それを何度も何度も繰り返して、天にも昇るというより、もはや天の生き物にでもなったような心地だった。昨日の苦しみも明日の争いももうなんだっていい。こんなに何かに夢中になったのはいつぶりだろうとすら黒羽は柄にもなく思っていた。


「さて、楽しい時間も終わりが近づいて参りました」

「うるせぇ、いいから続けろ」

「こら、クロちゃん」


 唐突に終わりを宣言する遠くのローブの男の声に黒羽は小さく冗談を言った。


「まだ終わらないで〜!」

「アンコール!」

「もうちょっとでいいから待ってくれ〜!」


 思うことはみんな同じだったらしい。会場のあちこちから老若男女問わずアンコールが響いた。

 天井にはまた申し訳程度の電球が灯り、脇で控えていたローブの男もランタンを持ってステージに上がった。

 会場はアンコールの大合唱。音楽の祭典でもないのにこんなことが起こる場面はそうそうないだろう。これにはローブの男もキケラメティディーギスと顔を見合わせた。

 男は観客たちに向き直り、


「では、特別です。キケラメティディーギスは賢く、そして何より心優しい翼竜であります。今回は彼のご厚意により、一つ延長とさせていただきましょう」


 ローブの男はキケラメティディーギスとはかなり信頼関係が厚いようだ。お互い顔は見えにくいが、どっと歓声に湧く会場に笑いあっているようにも見えた。

 会場が落ち着くのを待って男は言う。


「これより、ゲストをお迎えいたします。キケラメティディーギスが光を操り、自身の分身を檻の外へ放ちます。この分身が皆様の中からゲストをお選びしますので、彼に招かれた方はこちらへおいで下さい」


 会場のあちこちから口笛が鳴る。暗いはずの場内がなんとなく明るく見える気さえしてくるほどの盛り上がりっぷりだ。

 歓声に包まれながらキケラメティディーギスは檻の外へ分裂するように自身の分身を作り出した。ホログラムの分身はしらじら輝き、竜と言う名からは想像できないほどゆらゆらと優雅に空中へ舞い上がった。飛ぶのではなく、舞っている。泳ぐように宙を舞い、蝶のような四枚の翼で左右ではなく上下にうねうねと全身を蛇行させながら優雅に観客の顔を見ていく。これはもう竜の形をした妖精だ。簡単に泣きそうな赤ん坊も上を指して目で追っていた。

 そしてキケラメティディーギスは招待する相手を決めてホバリングする。


「わ、わわわ、わ、私!?」


 光り輝く翼竜が選んだのは、シロだった。

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