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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅰ 夕陽の国
3/119

003 初めての会話

 黒猫は頷きはしたものの、怪訝な目でシロを見上げた。本当に喋ることができるようになるのか、やはり今になっても魔法の存在が信じられなかった。

 しかしどんなにシロの顔を見つめても、彼女の顔には純粋に猫と喋ることが楽しみで仕方ないとしか書かれていない。

 と、なんだかんだと黒猫が不思議がっているうちに彼の頬はシロの両手に包まれた。


「じゃあ早速、黒ちゃんも喋れるようにしてあげるね」

「ゴクリ」


 唾を飲む音だけは立派に響いた。


「えへへっ。こわくないからね」


 黒猫は誰が恐がるかと言ってやりたかったがどうせ鳴き声しか出ないので諦めた。

 シロは額を黒猫の額と合わせる。そして目を瞑って、


「黒ちゃんが喋れるようになりますように。アブラ〜、カタブラ!」

「……、おいおい、うさんくさいにも程があるだろ。……あ」


 黒猫はシロのあまりにもうさんくさい魔法のかけ方にツッコミを入れたつもりだった。しかし、今回は鳴き声ではなく、それは本当に声に出てしまっていた。

 黒猫は自分で喋っておいて驚きのあまり弾かれたようにシロから飛び退く。まさかの第一声が失言だった。

 黒猫は気が動転して同じところを行ったり来たり。今の一言でシロに嫌われたのではないか。初めて人に嫌われることに恐怖していた。


「おお! 上手くいったね! でもどうしたの? もう喋れるのに、なんか挙動不審だよ?」

「……」


 シロは純粋に喜んでいた。寧ろ黒猫の慌てっぷりが不思議らしい。

 黒猫はシロから1メートルほど離れた位置から恐る恐る応える。


「なんだ、残念じゃねぇのか? 期待してたのとだいぶ違うんじゃねぇか?」


 言いながら、元マフィアが何を気にしているんだと黒猫は思った。

 と、シロがベッドの上をはって距離を詰めてくる。黒猫は後ずされるだけ後ずさって壁際まで追い詰められてしまった。

 とうとう逃げ場を失って、抱っこしようと伸ばしてくるシロの両手を両前足で押し返して抵抗する。


「なんだよ、ちけぇぞ。おい、肉球を揉むんじゃねぇはっ倒すぞ」

「うわぁ、カワイイ〜っ。それに黒ちゃん、やっぱり優しいんだね。何を思ってるのかは知らないけど、私には思った通りの可愛くて優しい猫ちゃんにしか見えてないよ」

「そう、なのか。ならいいんだが。いや、よくない。何がカワイイだよさっきから。俺はオスなんだぞ、ナメてんのか」


 怒っているつもりがどうしても怒り口調になれない。それもそのはず、シロはまだ下着姿で、おかげで黒猫は目のやり場に困って視線を逸らしながら言っていた。

 前世では嫌というほど女を抱いてきた黒猫だが、猫に生まれてからは若い女を見たのはシロが初めてなのだ。しかもこの容姿端麗さ。前世でいくら女遊びをしたといえど生まれ変われば女への耐性もリセットされるわけで、要するに黒猫は久しぶりに照れていた。

 どんな悪態をつこうと照れ隠し以外のなにものにも聞こえない。そのうち黒猫はついに抱っこされてしまった。


「さっきまで普通に抱っこされてたのに、やっぱり話せるようになると恥ずかしい?」

「ああ恥ずかしいとも。だから早く服を着てくれねぇか。はっ倒すぞ」

「はっ倒すって、どういうこと? 押し倒すってこと?」

「……そうか、お前くらいの歳じゃ発情期だよなぁ。自制しねぇと大人になってから思い出して後悔するぜ」


 やれやれ、と黒猫は首を振った。

 シロが「えへへ」と苦笑いして黒猫の後頭部に彼女の吐息がかかる。


「そんなものなのかな? でもいいじゃない。人と猫なんだから何言ってもさ。っていうか、服は君の血でグッチョングッチョンだったから洗濯中なんだよ。もう乾いてるかな?」

「……」


 黒猫は急に複雑な気分になった。

 静かに、ベッドを降りていったシロの後ろ姿を追うように眺める。

 シロとの会話に夢中で全く周りを見ていなかったが、ここはどうも家というよりは隠れ家のようだった。天井から床まで全てがコンクリートで、しかもところどころ傷がついたり抉れていたりでみすぼらしい。照明は無く、代わりに窓から差し込む夕陽に照らされて部屋はオレンジ色でいっぱいだった。

 部屋は狭いもなにもあったものではない。ここにある家具は黒猫が今いるベッドただ一つで、これが部屋の半分を占領している。玄関はすなわち寝室への入り口を意味していた。

 玄関の扉の上側の隙間には針金ハンガーがフックのところを突き刺すようにして無理矢理設置されていた。シロはここに洗った制服をかけて干していた。


「おっ、乾いてる。ごめんね、黒ちゃん。恥ずかしかったよね」

「……うるせぇ。とっとと着やがれ」


 言われるまでもなくシロは着替え始めていた。


「ごめん」

「……、わり」


 黒猫は悪態をつきつつ罪悪感を感じていた。この喋り方のせいでそろそろシロが本気で気にしはじめたようなので、黒猫は気がついたら自然と謝ってしまっていた。

 シロがどんな顔をしているか気にして見てみると、キョトンとしていた。スカートのチャックを閉めながら薄く笑う。


「黒ちゃん、面白いね」

「どこがだよ」

「ん? 喋り方はなんかこう、横暴な感じなのに、ピュアだよね」

「……」


 何を言っても尊厳を傷つけられるので黒猫はうんざりしてとうとう何も言わなかった。


(こりゃ、あの死神が言った通りある意味地獄よりキツイかもなぁ)


「ねぇねぇ、黒ちゃん黒ちゃん」

「あ?」


 シロが制服に着替え終えて再びベッドに戻って距離を詰めてくるも、黒猫は疲れて目もくれない。けれど彼女は気にもとめず、喋れるようになった黒猫に興味津々で話しかける。


「黒ちゃん、名前とかある?」

「名前?」

「ほら、自己紹介の途中だったじゃん。今度は黒ちゃんの番」

「知るか、はっ倒すぞ」

「くーろねっこさんっ♪ おっしえってくーださーい、あーなたーのナーマエ〜♪」

「ああ、ああ、分かった分かった。だから歌うんじゃねぇ。……黒羽」

「……ほへ?」


 黒猫の口から出た彼の名前は相当意外だったようだ。シロは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で黒猫を見つめた。


「く、く、ナニ?」

「黒羽。く、ろ、は、ね。だ」

「クロハネ? 猫なのに変わった名前だねぇ。誰につけてもらったの?」

「これは苗字だ。つけてもらったわけでもなく最初からこれだったんだ。下の名前は忘れちまったよ。前世は、人間だったんでな」

「……そんなサラッと言う?」


 黒羽は言われて気がついた。前世のことを言えば好奇心任せに説明しろと問い詰められるに違いない。「あ〜〜」と、深いため息をついて後ろ脚で耳の裏辺りをぽりぽり掻いた。

 それにこの能天気なシロのことだ。不信感や不気味さなど抱くことなどさっぱり無く、好奇心いっぱいの目をしていた。


「どういうこと!? ねぇ、どういうこと!?」

「うわ、めんどくさ。今までありがとうな。俺ちょっと家出するからその辺に張り紙でも貼ってくれや」

「ゴメンゴメンゴメンゴメンゴメンゴメン! 待って! 行かないで! 一人にしないで! これシロちゃんの飼い方三箇条だから覚えてね!」

「どっちがペットだよはっ倒すぞ。けっ、ただの冗談だ。めんどくせぇから。……話せば、長くなるんだ」


 質問責めにされると疲れそうなので黒羽は先に話すことにした。

 まずは前世の自分がマフィアで散々人を殺していたこと、その罪のために死神から最大の罰として黒猫に転生させられたことを話し、それから今までどれほど退屈な人生ならぬ猫生を歩んできたかを話した。だが、シロはだいぶ頭が弱いらしい。目の前に人間から生まれ変わった猫がいればそれなりに疑問が浮かぶはずだが、彼女は話についていくので精一杯なようだった。


「え? 猫に生まれ変わるって、死神に決められたの? 閻魔大王とかはいなかったの?」

「……そこなのか。お前、やっぱりズレてるよな。私服もその制服一着しかねぇし大丈夫か」

「まぁ、天才ですからねっ」


 シロは胸を張ってみせた。そんな彼女に容赦なく黒羽は言う。


「けっ、バカが。天才を自称するやつはバカなんだよ」

「もう、口の悪い猫ちゃんだなぁ。可愛くないぞ」

「可愛くてたまるかクソが。ふざけんな。……ま、だいたいそんなとこだ。可哀想だからお前の自己紹介の続きも……、いや、よく考えたらあんまり興味ないな」

「いや聞いて!?」

「……仕方ねぇな、聞いてやるよ」


 シロは黒羽の脇を持って自分の膝に乗せた。

 茜色の夕焼けの中で静かな時間が過ぎていく。猫は霊感があるというが、黒羽は猫に生まれ変わってそれが本当だと知った。彼は霊も見えれば他人の気分も敏感に感じ取れるが、今、シロが急激に悲しい感情を抱いたことを悟った。

 たった今まであまり興味がなかったのにシロの話に耳をすませる。



○○○○



 その頃、シロと黒羽の近くの民家にある男たちが侵入した。

 なんの変哲もないごく普通の家庭に現れたのは、白スーツに身を包んだ大柄の中年男と、その手下らしき黒ずくめの男二人。手には全員が拳銃を握り、団欒していた家族をリビングの隅に追い詰めていた。

 白スーツの男は銃口を一家に向け、身を寄せ合って震える彼らをいつでも殺せる状態だった。


「つい、昨日のことだ。うちの弟が目を潰されちまってなぁ——」


 男は言いながらゆっくりとしゃがみ、威圧的に一家に迫った。

 泣く子も黙るという言葉があるが、まだ幼い子供も母親に抱きしめられたまま石のように固まってじっとしていた。


「危ねぇんだよなぁ。なぁ、お母さん、アンタもそう思わねーが。だから、俺らでその悪党を片付けてやろうってんだ。なぁ、知ってることがあったら教えてくれや。制服姿の若白髪の女の子だってんだ。黒猫を連れたなぁ」

「そ、そそそ、そ、その……」


 父親が心当たりがあるようで何かを言いかけたが、妻に止められてしまう。けれど白スーツの男の目はもう今さら誤魔化せなかった。


「んだ? 何か知ってんのか」


 夫婦が言うか言うまいかと視線を送り合うと、白スーツの男は「答えろ!」と声を荒げた。

 父親は震え上がって、恐る恐る教えてしまう。


「そ、そ、その子なら、昨日あっちへ、黒いものを抱いて走っていくのを見ました」

「あっちって、どこ指差してんだ。あの物置やらなんやらばっかの薄汚え掃き溜めみてぇなほうじゃねえか」

「あ、あ、合ってます。本当なんです! 信じてください! 物置の中とかに、隠れたんじゃ、ない、でしょうか」


 父親が脅されて指差していたのは紛れもなく、シロと黒羽のいる方角だった。

 白スーツの男はニヤリと笑い「あんがとよ」と言い捨てて民家を出ていった。

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