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028 祭りに来たものの

 雪合戦なんて能力まで使ってそんなに激しくやるようなものではない。黒羽は十年くらい年を取った気がした。

 一方でシロとアステリアは何事もなかったかのようにお祭りに胸を弾ませ、これから初めて遊び初めるみたいな顔。もしかして本当に夢でも見ていたのだろうかと黒羽は自分の記憶がもう信じられない。

 黒羽は帰りたくて仕方がないのにシロに抱えれてとうとう強制的に街へ連れてこられてしまった。

 もう雪合戦で終わりでいいじゃないか。もう帰ってごろごろすればいいじゃないか。飯を食って、他愛もない話をして、風呂に入って寝る。一日分は遊んだんだからそうやって今日を締めくくればいいだろうに。ぶつぶつぶつぶつ、そうやって文句を垂れ流すがシロたちはお祭りのことで頭がいっぱいで黒羽の声なんて聞こえちゃいない。


「クロちゃん、着いたよ。この前きたときより賑やかだよ!」

「祭りなんだからそりゃ賑やかだろ。早く帰ろ」

「ねぇ見て! リザードマンがいるよ! 久しぶりに見た!」

「早く帰ろ」

「ねぇ〜、クロちゃんってば〜」


 シロは祭りの景色を見るように言ったり、珍しい種族のリザードマンを見つけたりしてははしゃぐが、それでも黒羽は帰りたがってばかりだ。

 ここまで来て帰るのはもったいない。シロは足を止めて重たい黒羽を地面に降ろし、彼がどんな顔をしているのか見てみる。すると黒羽は眠たそうな目をして、長いひげを枯れ草みたいにたらんと垂らしていた。眠る3秒前だった。

 シロは慌てて黒羽を前後に激しく揺さぶる。


「クロちゃん起きてえぇぇぇ〜〜〜!!」

「うがあぁぁぁ〜〜〜!! やめろ! わかった、わかったから!」


 黒羽は一度眠ると叩かれても起きない。そうなっては祭りなのに台無しだ。でも黒羽からすればいい迷惑だ。あと少しで眠れたのに惜しかった。

 はたから見ていたアステリアがジトっとした目で黒羽を見つめる。


「せっかくみんなでお出かけなのに、クロハネ、空気読めないんだ。うわー……、まぢマンジ」

「けっ、誰のせいだよ。雪合戦なんてただの遊びにムキになりやがって」

「クロちゃんだって人のこと言えないでしょ?」

「……。はいはい、分かった分かった。もういい。で、祭りが何だって?」

「クロハネ、私たちの顔ばっかジロジロ見てないでお祭りの景色見なよ」

「うぬ……、うっせー。別にそんなんじゃねぇよ」


 黒羽はそっぽを向くようにプイッと周りの景色に振り向いた。

 まだ一番盛り上がっているところまでは距離があるようだが、そこらじゅうの四角い建物に飾りが施され、出店がずらりと車道の両脇の歩道を陣取って遠くまで並んでいた。色とりどりの出店のテントが鮮やかな時計塔と引き立て合っていた。

 雪がタンポポの種みたいにふわふわゆっくりゆっくり舞って、時間の流れを遅くする。このまままっすぐ行った先からパレードの賑やかな音や声が遠く聞こえてきていた。

 黒羽は前世では祭りに出くわしても殺しの仕事のほうがメインだったから、本当に祭りとして楽しんだのはまだ日本で小学校に通っていた頃が最後だ。

 ご無沙汰していた祭りに童心に帰る。黒羽はしれっと一足先に歩き出していた。


「なにボーッとしてんだ。二人とも、早く行くぞ」


 黒羽の態度の変わりようにシロとアステリアはきょとんとした顔を見合わせ、にっと笑った。

 


○○○○



 たどり着いたのは噴水広場。

 黒羽はバースデーケーキなら飾りの砂糖人形から(かじ)りつき、チョコレートフォンデュなら周りのチョコレートから舐め回し、クリームパンなら中身のクリームから吸い出して食べるタイプだ。途中の出店になんて目もくれず、一番盛り上がっている広場へまっしぐらだった。


「もう、待ってよクロちゃん。はぁ、はぁ」


 黒羽は猫にしてはゆっくり走ったつもりだったのだが、シロにはそれでもキツかったよう。膝に手をついて肩で息をしていた。

 他方、アステリアは流石はミルだ。歩いてきたかのように平気な顔をしていた。


「ちゃんと歩調合わせてあげなきゃじゃん。クロハネは女心が分からないなぁ」

「……わり。祭りとやらに興味が湧いたからつい。お、おい、何する」


 黒羽はアステリアに抱えられた。


「ここからは人も多くなるし、はぐれやすくなるから、大人しくしててね」

「重くないのか? こんなシロより腕ほっそいのに」

「ミルだから平気」


 そうしてアステリアは黒羽をすんなり捕獲し、走り疲れたシロをベンチへ誘導した。

 黒羽はアステリアに前脚を握られながら二人の間に丸くなった。

 シロが黒羽の頭を撫でながら、


「はぁ。でもクロちゃんもなんだかんだで楽しみに思ってくれてよかったよ。ねぇね、アステリアちゃん。これからどこ見に行く? オススメは?」

「オススメかぁ。うーん……」


 いつも半分寝ているような顔のアステリアの頭がフル回転する。ぷにっと左手の人差し指をほっぺたに突き立て、灰色の雪雲を見上げた。


「サーカスでしょ、出店巡りでしょ、多種族のパレードでしょ、マジックショーに、それから……」


 結構色々な出し物があるよう。

 シロが目をきらきらさせて聞いていると、どこからか威勢のいい声が聞こえてきた。


「よ〜〜ってらっしゃい見てらっしゃい〜っ! 世界でイッチバン美しい翼竜モンスター、キケラメティディーギスの上陸だーッ! なんと世界にたった30体しかいない希少種! しかも手なづけられたのはこの一体のォ〜みッ! 七色に輝く光の翼を目の当たりにするまたとない機会だあッ! さあーあ買った買ったァ! 早くしないともうチケットは売り切れちまうぜッ!」


 飢えた土に恵みの雨が降り注ぐように、その声は美しいものに目がない年頃の女子たちの心に深く浸透した。

 アステリアの目がキラリと光り、シロを見上げた。


「これだ。これしかない」

「行くしかないねぇ!」


 ここまで来るだけで疲れたのではなかったのか。シロはすっと立ち上がった。

 もちろん黒羽もどんなに怠そうな顔をしていてもアステリアに抱っこされて連れていかれる。漢、黒羽。女以外の美しいものになんて全く興味がない。それでもお構いなしにシロとアステリアは人混みを掻き分け噴水を尻目に声のする方へまっしぐら。


「わ〜い! キケラメちてぃ〜てぃす〜ぅ!」

「ててててぃてぃーてぃす〜!」


 人目を気にせずはしゃぐのはいいが、まるで言えていない。アステリアにいたっては頭文字からおかしい。聞いていて黒羽は脳みそが腐りそうだった。


(……ダメだこりゃ。……。ダメだこりゃ)


 黒羽の脳ももう考えることをやめてしまった。考えることをやめたら全然関係ない発想に至った。

 パレードを提供する演者たちも今日のために何日も前からせっせと練習を重ねてきたことだろうに、わけの分からないモンスターに客を簡単に奪われて可哀想に。今のところパレードは声が聞こえるだけでそれ自体見えていない。どちらかといえば黒羽はパレードのほうが見たかった。

 だが若い女の子に抱っこされるのも悪いものではない。全く興味がないモンスターのところへ連れていかれるのなら嫌だ嫌だと言っていても仕方がないから、そうやっていいことを探さなくては。黒羽はアステリアからする紅茶のような甘い香りも嫌いじゃないと思っていた。そう、目的は一時的にお祭りから女子との時間へ変更だ。

 黒羽は両耳を折って聴覚を遮断し、目を閉じてアステリアの香りに集中する。一応チケットも買えたようだが長蛇の列で時間がかかるようなのだ。暇すぎて死にそうだから変態的思考を炸裂させることにする。これも猫だから許されることだ。もっとも、抱かれている向きのせいで袖の匂いしか嗅げないが。


「……クンクン」

「クロハネ、今朝はプニプニして、挙句にクンクンするの」

「ぎくっ」


 少し強く嗅いでしまって鼻息が荒くなった。閉じた耳元にアステリアが口を近づけて耳打ちするようにそう呟いてきた。


「……ま、まさか。何言ってんだ。なんかいい匂いがするから気になっただけだ。後で出店を見てみるのも悪くないよな。そうだ、そういえば腹が減ってきた気が。もうとっくに昼過ぎてるよな? 今日まだ何も食ってなかったわ。二人ともよく平気だな。後でっていうか、このショーの途中とかでもなんか配ったりしてくれないかな。それにだな——」

「やましいことがあると急におしゃべりになる。戦位もゼゼルも男の人はみんなそうだよ。まさか、クロハネまで……」

「何の匂いかと思えば、これはチョコレートか? ますます腹が減ってくるな」


 地味にゼゼルまでそういう一面があったというのが衝撃だが構っている場合ではない。黒羽は必死に言い訳を続ける。


「うーむ、俺は甘いのも嫌いじゃない。なぁなぁ、後で食べに行こうや。いいだろ?」

「なんだ、チョコレートだったんだね。いい匂いだよね」

「ああ、最高だ。甘いものが苦手なやつにゃ同情するぜ」

「ところで、シロちゃんはどんな香りがする?」

「ん? ホワイトチョコ。……あ」


 肘って10回言ってみてと言われて本当に10回言った後、膝を指してここはなんて言うのかと言われ肘と答えてしまうという経験をした人は少なくないだろう。黒羽はそれに似た感覚に陥り、うっかり微妙な答えをしてしまった。

 犯人を追いつめる刑事のようにアステリアがたたみかける。


「この辺にはチョコレートの匂いがするようなものは無いし、シロちゃんはシャンプーの香りだよ。クロハネ、やっちゃったね」

「ひどいじゃないか」


 終わった。

 ほんの出来心で黒羽はやってしまった。猫なのに。

 真っ白な雪が人混みの中にふわふわ降り注ぐ。黒羽の額に舞い降りては溶けて冷たい。アステリアとシロの視線も雪のように冷たかった。

 黒羽はアステリアに抱っこされたままジタバタ暴れだす。


「じゃあなんだよ。いちいち感想言えってか? 今日は何かいい匂いがするなぁ、クンカクンカ、お、シャンプーじゃね? シャンプー変えた? おお、おっほ〜う、最高じゃねぇか! おっ、こっちは紅茶の香りだ! まるで一口すすったみたいだ! うへー! いい匂いだぁー! ってか? は? バカか。それこそ変態だろうが」


 ふっきれて黒羽節が始まった。一応、恥ずかしいから周りの客たちには聞こえないように魔法で調整していた。

 アステリアもシロもおもしろくなってきてクスクス笑っているが、黒羽節はまだまだ続く。


「どこの世界にそんなこと堂々と言う猫がいるんだ。確かにアステリアもシロも清潔な香りがするのは認める。でもそれはそれなりに女子力が高い証拠であって、誇るべきことだろ? いいか? 猫の嗅覚に働く細胞の数はお前らの2倍もあってだな、嗅ぎ分ける能力は数万から数十万倍もあるんだぞ! そんなのがその辺の人類にあってみろ。そこら中がカンスト級の変態で溢れかえるぜ。否応無しに嗅ぐことになるのに今までずっと我慢してきてだな、バレそうになっても傷つけまいと必死に話を逸らしてたんだぞ、俺は! これが紳士と言わずになんて言うってんだよ!」

「ひぃーっ、ひぃーっ、笑いすぎて苦しい。ごめんごめん、クロハネおもしろすぎて辛い。ひぃーっ、ひぃーっ!」

「いや、アステリアちゃんも笑い方、どうなってんのっ。あははは!」


 アステリアはツボに入ると引き笑いになるらしい。ひぃーっ、ひぃーっ、と甲高い鳴き声みたいな声で苦しそうに笑っていた。

 シロもお腹を抱えて膝を叩いて涙まで溢れさせて笑っているが、黒羽はこれまででこんな恥ずかしいことはなかった。

 結局みんなでワイワイやっているほうがよっぽど時間が経つのが早かった。

 今回のショーのメインモンスター、キケラメティディーギスは、目の前にあるサーカスみたいな巨大なテントの中にいるという。ついに入り口が開放され、列の先頭から中へ入り始めた。

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