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026 黒羽の条件

 黒羽は窓の外を見つめてシロが起きてくるのを待っていた。

 色々あったがチョールヌイを助けなければという思いは揺らいではいない。

 前にどうしたいかとシロに訊いたが、まだ答えは得られていないままだ。それにゼゼルたちやユーベルたちをはじめとしたしがらみもある。なかなか難しいところだが、とりあえず晩極戦争へ参加するか否かはシロの意見にかかっていると言える。ミラーズもシロが参加すると言えば反対はもうできないだろう。

 けれどシロがノーと言ったらどうしようか。そう考えると黒羽は困った。

 言ってしまえばチョールヌイは赤の他人。わざわざそこまでする必要はないと言われたら確かにその通り。しかも仮にも戦闘した相手なのだから、そもそもそんなに敵に情けをかける時点でおかしいくらいかもしれない。晩極戦争には行かないと言われてもむしろそっちが普通なのだった。

 黒羽は悩んでいた。

 そのうちシロが起き出してきて夕飯を終えた。それから入浴を終えると、いつになく無口な黒羽に痺れを切らしてシロのほうから聞いてきた。


「クロちゃん、どうしたの? なんか元気ない?」

「……」


 シロはベッド脇に腰掛けてタオルで髪を拭きながら、隣で黒いクッションみたいに丸くなっている猫に心配そうな目を向けていた。

 黒いクッションに金色の楕円が二つ浮かぶ。黒羽の眼差しは真剣にシロを見上げた。


「少し困っててな」

「うん」

「真剣な話だ。お前は晩極戦争に手を貸すのには、賛成か?」

「……。うーん、その前に一つ聞いてもいい?」

「ああ。何だ?」

「この前、アステリアちゃんたちが来た時、クロちゃんは晩極戦争に協力するなら条件があるって言って、その条件はまた今度言うって言ってたよね? その条件って、結局何だったの?」


 案外難しい質問が飛んできた。

 黒羽はどう答えようか十秒ほど考え、


「チョールヌイが助けを求めてるんじゃないかって話たのは覚えてるよな。じゃなきゃ晩極戦争に行く行かないなんて以前の話だし」

「うん、もちろん」

「ユーベルたちはあの馬鹿みてぇな仮面のアホだけじゃなく、チョールヌイも標的にしてるらしい。だから、簡単に言えばチョールヌイだけは見逃してくれってのが条件だ。今はその言い方を考えてる段階だよ。ただ、もう協力する前提で考えてたんだが、お前の意見もちゃんと聞かなきゃと思ってな」

「あー……」


 シロは一瞬、なんとなく悲しそうな顔をした。かと思えば呆れたようにも見える笑みを浮かべる。


「でも、私が嫌だって言っても、クロちゃんは助けに行くつもりなんでしょ?」

「……」

「だってクロちゃん、私が怪我したときも、まだ会ったばっかりだったのに必死で助けてくれたじゃない? 私知ってるよ、クロちゃんが大慌てでそこらじゅう走り回りすぎて脚をいっぱい怪我しながらも助けてくれる人を探してくれたって。あの助けてくれた魔法使いの白い猫ちゃんから聞いてたんだよ」


 シロは黒羽の背中をゆっくり、ゆっくり撫でる。


「私はクロちゃんの居るところに居たいな。だから、クロちゃんが助けに行きたいって言うなら、私も行くよ」

「……。いいのか、本当に。かなり危険なんだぞ」

「でも、放ってもおけないよね。まだ子供なのにあんな目に遭ってるんだから」

「……、本気なんだな。分かった、ありがとうよ、シロ」


 シロはうんっ、と伸びをしてタオルを片付ける。

 今晩もこれから勉強するつもりのよう。そのままの流れで扉に近づいていく。

 ノブに手をかけ、黒羽に振り向いた。


「まあ、私もこれで一応レベル7で、戦闘経験もゼロじゃないしね、意外と。危険さは凄いと思うけど、私も頑張るし、クロちゃんもいるんだもん。なるようになるよ。それじゃ、おやすみ、クロちゃん」

「……ああ、おやすみ」


 シロはひらひらと手を振って部屋を出ていった。扉が完全に閉まるまで、黒羽はずっと見送っていた。



○○○○



 ——翌日昼過ぎ。

 黒羽は晩極戦争に協力する条件を発表するとユーベルに言い、アステリアやミラーズたちもゼゼルの部屋に集まってもらった。

 ゼゼルのイスにはユーベルが座っていた。ゼゼルたちは壁際に並び、神妙な面持ちで黒羽とシロを囲んでいた。まるで裁判にでもかけられているよう。丁寧に「こちらへおかけください」と誘導されて座ったばかりなのに、尋問が始まって何時間も経っているような景色だった。裁判官の机にアステリアという可愛らしい人形が置かれているのが場違いだが。

 黒羽はイスの上に姿勢を正して座り、真っ直ぐユーベルを見ていた。


「晩極戦争の標的は、ロドノフ卿とその手下のチョールヌイで間違い無いな」

「ええ。彼ら二人の討伐が今回の目的です」

「うむ。そこで、その条件というのはだな——」


 ユーベル、ゼゼル、ミラーズ、その他部下の戦場医務官たち。皆の視線が向けられる中、遂に黒羽が述べる。


「チョールヌイとの戦闘は俺に任せるということだ」


 意外な一言にゼゼルたち戦場医務官は皆顔を見合わせた。

 ユーベルは腕を組むとイスに深く背を預けた。


「……。ほう、それはチョールヌイにタイマンで挑みたいということですかな?」

「そうだ。チョールヌイには俺とシロで挑む。して、サスリカの軍はロドノフ卿のみを標的とするということになる。前にチョールヌイと戦闘になったときはロドノフ卿の邪魔が入ったんでな。サスリカの軍がチョールヌイを狙うことになるのは俺たちが奴に負けたときということになる」


 ユーベルは悩み深そうに低く唸って身を起こし、机に体重を乗せる。


「しかし、法律上の都合で一つ問題がありますな。我々が勝利を確信するにはロドノフ卿とチョールヌイの死亡を確認する必要があります。つまりその条件を呑むにせよ、チョールヌイの死亡を確認する権利を持つ者の同行が必須になるのです」

「死亡の確認?」

「ええ。簡単にご説明すれば、例えば誰がどう見てもこれは流石に蘇生は不可能と思えるような状態に至らしめたとしても、その死の瞬間を我々の軍の者が目撃しなければ討伐したことにはならないのです。また特に五体満足での死亡の場合は心肺機能などが失われていることを確認しなければならないので必ず軍の者が同行することになるのです」


 チョールヌイを倒したとしても部外者である黒羽からの報告では法律的に信頼ができないというわけだ。確かに当然のことではある。


「そうか。じゃあ軍の人間も同行していい。一人二人でいいか?」

「いえ、最低十名は必要です。人数は多い方が生き残りやすいゆえ」

「……。いいだろう。なら十五でどうだ。それだけいれば充分だろう?」

「そうですな。では、十五名の戦場医務官の同行という制限の下、黒羽殿のチョールヌイ討伐を認めましょう」


 黒羽は胸を撫で下ろす。どうにか話が通った。

 ユーベルは交渉が成立したところで作戦について話し始める。


「では、以前にゼゼルから説明があったかと思いますが、簡単に作戦を解説しましょう。まず、目的地へは飛行船で向かいます。到着後、最初に上空から1万の軍勢を投下し、敵軍との戦闘を開始。安全な着陸スペースをなるべく目標の付近に確保させ、降下して我々も上陸します。その後、目標と接触。ロドノフ卿とチョールヌイの分断ができ次第、彼女に関しては黒羽殿に一任しましょう。ただし我々の周囲は遠距離攻撃に特化した応援部隊に囲ませ、援護させるので、彼らが描く円から出ないように戦闘を行ってください」

「なるほど。要は集団リンチだ」

「卑怯なようですが、連中の戦闘能力の方がよっぽど卑怯ですのでな。また、私とアステリアでロドノフ卿に近接戦を仕掛けます。様々な理由で流れ弾がそちらへ飛んでいくこともあり得るのでご注意ください。最後に、出発の日程は明後日の夕方を予定しております。以上のことで、何か質問はございますか?」

「念のため確認だが、俺たちと同行する十五人は手出ししないという認識で合っているか?」

「ええ。何があろうと黒羽殿が負けるまでありません。ですが、心変わりして協力が欲しくなればいつでもその十五名にお申し付け下さい。参戦させます」

「そうか。なら俺からは以上だ。シロはどうだ?」


 シロも今回は寝ずにしっかり話を聞いていた。話を振ると、もう大丈夫と微笑んだ。


「では、また明後日の夕方に」


 ユーベルが目で合図してゼゼルの部下に扉を開けさせた。

 黒羽たちは彼らに見送られながら部屋を出ていく。

 帰り際にシロがなんとなく振り向くとアステリアがバイバイと手を振っていた。

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