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024 ミラーズ姉妹の秘密

 軍基地に戻ってきたらもう夕方だった。

 魔法で寒さこそ無効にはしていたが外は雪が降っていた。景色を眺めているだけでも普通なら凍えてしまいそうなくらいだったが、シロといると不思議と気にならなくて、寧ろ暖かいくらいに感じた。きっとこれが幸せとか、人の温もりとか、安らぎとか、そういうものなのだろうと黒羽は新鮮な気持ちで部屋に戻ってきた。

 と、シロのベッドに無造作に置かれたままのマリー・ミラーズの手紙が最初に目に入った。黒羽としたことが、うっかりシロに見せるのを忘れていた。


「んあ〜っ。楽しかったけど疲れたね、クロちゃん」

「そうだな。横になったついでで悪いが、お前、これ読んだか?」


 早速ベッドにダイブしたシロに黒羽はマリーの手紙を口にくわえて差し出す。

 シロは「なにこれ?」という目で手紙を見た。


「まだ見てなかったんだな。お前のその帽子の中から出てきたんだ。多分そんな込み入った話ではないと思うから、ちょっと読んでくれないか?」

「手紙……。誰からだろう?」


 シロは横になったまま黒羽から受け取って黙読する。全部読んで、「よく分かんないや」と眉を歪めた。


「夕陽の国の受付嬢がゼゼルの部下のミラーズの妹だったらしいな。でもそれはそれで、お前、あの受付嬢とこんなに親しかったっけか? 俺にはそんなふうには見えなかったんだけど」

「え、待って。それよりクロちゃん、夕陽の国の文字なら読めるの?」

「……あ。あれ、言われてみれば、確かに。まぁ、どうせ俺に能力をくれたあの猫のおかげだろう。……って、話はそこじゃない。で、どうなんだ?」

「ん〜、確かに、変、かも」


 シロは困ったように、天井を見上げたまま首を傾げた。


「何でそんな曖昧なんだよ」

「ん〜、実はね、あの街の受付で会ったとき、初対面だと思ったんだけど、なんか前にも会ってたような気がしてたの。私、クロちゃんと会う前にも街にいたことがあるっていうのは話したよね?」

「ああ。前のパーティーにいたときだろ?」

「うん。もしかしたら私が覚えてないだけで、その頃に会ったことがあったのかも。でもどちらにせよ、こんなに心配してもらうほどの距離ではなかったと思うんだよなぁ……」

「やっぱ、そうか。良くしてもらっておいて難だが、なんか変だよな。親切すぎて、変だ」


 シロ本人もマリーとの関係が分からないのでは話にならない。気にすることではないのかもしれないが、黒羽の第六感は必ず何かあると叫んでうるさかった。

 シロがだめなら、これはもうマリーの姉のほうのミラーズに聞くしかない。そう黒羽が考えているとシロは眠そうに目をこすった。


「私もう眠いや。この手紙も、嬉しいけどこのことはよく分かんないし、もう寝ていい?」

「ああ。ゆっくりおやすみ」

「クロちゃんも一緒に寝よ」

「俺は散歩してくる。ちゃんと念のために周りに結界張っといてやるから、一人でしっかり寝とけ」

「え〜」

「……、分かったよ。散歩から帰ったら適当に潜り込むから」

「ん〜、分かった」


 まるで子供みたいに、そうは言いつつもパッチリ目を開けてこちらを見つめてくるので、黒羽は能力を使って強制的に寝かしつけた。

 いつも通り、赤ん坊みたいに眠るシロの額に黒羽はちょん、と前脚を乗せる。

 シロが寝てしまうと途端に時間の流れが遅くなった。くぅ、くぅ、という寝息を聞いているとこっちまで眠くなってきそう。

 黒羽は何事かを呟こうとして、やっぱり何も言わず背を向け、部屋を出ていった。マリーの手紙を口にくわえて。



◯◯◯◯



 黒羽はミラーズの部屋の前に来た。

 コンコン、と前脚でノックする。すると中から「はーい」とミラーズの声がし、少し遅れてガチャガチャと鍵をいじる音がした。

 扉が開くと、ミラーズは珍しく白甲冑ではなく、もふもふと温かそうな黒い部屋着姿で出てきた。

 お客さんはどこかしらと左右を見渡し、足元の黒猫に気が付かず首を傾げてまた扉を閉めようとするので、とっさに黒羽は口にくわえていた手紙を置いて「ここだ」と呼び止めた。


「あら、ごめんなさい。気が付かなかったわ」

「いいんだ。仕方ない。ちょっと聞きたいことがあって来たんだ。今話せるか?」

「聞きたいこと? ええ、いいわよ。ちょうど、私もあなたと話したいと思っていたところなの」

「……、晩極戦争のことか」

「ん〜、そうだけど、そうじゃないかも」

「?」

「まぁ、入って。お話はそれからよ」


 晩極戦争以外のことで話があるとすれば、一体何についてなのか。まさかミラーズの側も話があるとは思わなかった。

 疑問は募るばかりだが、手紙を口にくわえ直してまずは促されるままにミラーズの部屋へ入っていく。

 彼女の部屋は赤褐色の毛足の長い絨毯が一面に敷かれており、ブラウンの壁紙が貼られ、とても暖かな雰囲気だった。入って正面の窓に向かってドングリ色の大きな机が鎮座して、机上にはたった今まで読んでいたらしい分厚い本が開かれていた。


「どこでも好きなところに座ってちょうだい。猫ちゃんだから机の上でもいいわよ」

「……」


 ミラーズはイスを机の左側へ引いて座り、本を引き出しに片付けて机の右端の辺りを指差す。けれど猫だからとはいえ本当に机に座るのは気が引けて、黒羽は他にちょうどいい場所を探した。床の上ではミラーズの目線と高低差があって話しにくいし、かといって人さまのベッドに上がるわけにもいかない。

 黒羽が困っていると「いいのよ、遠慮しないで」とまた机の上へ座るように促された。やむをえず黒羽はミラーズの机に飛び乗った。くわえていた手紙をミラーズの前に置いて、


「悪いな。まぁ、まずはこれを読んでほしい。あんたがよこした、シロ宛の服に紛れていた」

「ふむふむ……。うんうん……。うん、読んだわ」


 特に何も感じなかったよう。


「シロによれば、この手紙を書いたあんたの妹のマリー・ミラーズとはこれほど心配してもらうような間柄じゃなかったそうだ。良くしてもらっておいて難だが、どうしてこんなに親切にしてくれるのか分からなくてな。マリーとシロがどういう関係なのか、姉のあんたなら知ってるんじゃないかと思って聞きに来たんだ」

「ああ……、確かに、この書き方だと、そうよね」

「どうだ? 何か心当たりはないか?」


 ミラーズは考え込んだ。やはりなにか知っているらしい。

 彼女は左手で口元を二、三回さすると、黒羽にさながらアリバイを問い詰める探偵みたいな視線を送った。


「質問に質問で返して申し訳ないけれど、あなたはシロちゃんのことをどう思っているの?」

「どう? 仲間だが」

「じゃあね、あの子とはどうやって知り合ったの?」

「俺が街外れで野良猫をしてたとき、あいつに見つかって話しかけられたのが最初だ。ちなみに喋れるようになったのはあいつの魔法のおかげだ」

「どれくらい前のこと?」

「つい最近だ。まだ2週間経ったかどうかだな。たったそんだけの間に色々ありすぎて何ヶ月も過ごしてるような感じもするが」

「なるほどね」


 ミラーズは手紙を机に置いて腕を組む。そして遠く、雪で真っ白な二重窓の外を眺めた。


「ゼゼル隊長から聞いたわ。昨日の夜、シロちゃんの勉強を見ているところを見に来ていたそうね。あんな感じでシロちゃんとは毎晩のように一緒にいたから、あなたのことはよく聞いてる。つまり、嘘は無いみたいね」

「もちろんだ。……、あいつがいつも世話になって、すまんな」

「いいのよ。……、あなたを信じるわ。あの子のことはよく知らないみたいだからこそ、ね」

「よく知らない? どういうことだ。一応生い立ちもある程度は知ってるんだぞ」

「シロちゃんのお母さんが、本当は病死していなかったっていうことも?」

「……? どういうことだ。どうしてあいつの母親を、あんたが知っているんだ?」


 黒羽はミラーズが何を言っているのか分からなかった。

 シロの母親の生まれ変わりであったあのロードという猫から受け継いだ記憶では、彼女はシロが2歳のときに病死したという話だったはずだ。ロード本人の記憶が病死したということになっているというのに、どうしてそれが否定されようか。


「どうしてあの子のお母さんを知っているのかは、今の段階では話すことができないわ。そんな勝手で悪いけれど、あの子のお母さんが病死したっていうのは、シロちゃんの口から聞いたの? 誰かから病死していたって聞かされたのよね、今のあなたの反応からすると」


 ミラーズの目が犯人を追い詰めるように鋭くなる。その瞬間、穏やかだったミラーズの部屋は全体が急激に冷え込んだように感じられた。

 けれど黒羽も前世は大悪党。並みの探偵には捕まえられはしない。伊達にいくつもの修羅場をかいくぐってきたわけではない彼はこれっぽっちも怖気付く素振りも見せずポーカーフェイスに堂々としていた。


「俺は時々、相手の過去や考えていることを悟ることもできる。それで前にあいつの過去を六巻的に悟ったことがあったんだ」

「シロちゃんの記憶を悟ったっていうの?」

「そうだ。あいつの母親はあいつが2歳のときに病死しちまって、祖母に引き取られたってな」

「……、なるほど。シロちゃんの記憶を、ね」


 ミラーズは腕を組んだまま目を瞑り、静かに何事かを考える。数秒してまた黒羽を見た。今度は犯人と思われた人物の潔白が証明されて途方にくれるような目だった。


「あなたが他人の過去や考えを読めることがあるというのはあんまり信じられないけれど、あなたが得たあの子の生い立ちの情報が、あの子の記憶から得られたものだというのなら、それはそれでしっくりくるわ。だって、あの子自身、物心つく前に自分のお母さんが病死していたと思っているんだもの」

「……、つまり、俺が悟ったのはシロの間違った記憶というわけか」


 本当はロード本人からの情報なのでそれが間違いだというのは全く納得がいかないが、自分がロードを食べたことが知れると余計ややこしくなりそうなので口裏を合わせた。もっとも、ロード自身が受け継がせた記憶がそもそも黒羽向けに改ざんされたものだった可能性もあるが。


「そういうことよね。とりあえず、あなたがあの子のお母さんの本当の死因を知らないのなら、私たちとしてはあなたを信じることができる。じゃ、今度こそ私があなたの質問に答える番ね。一応答えるから、あの子にはこのままお母さんが病死したということにしておいて。いつか真実が分かってしまう日はくるのかもしれないけれど、今のあの子には、とても辛すぎることよ」


 ミラーズの目に悪意はない。黒羽には理由がさっぱり分からないが、心の底から心配している、疑いようのない優しい目をしていた。


「……分かった。何か知らないが、あんたらとあいつの母親との間に何か深い事情があるんだろう」

「ええ。秘密が多くてごめんなさいね。今は全てを話すわけにはいかないの。あの子の安寧のために」

「分かったよ。あんたの目は嘘は言ってない目だ。納得はできないが、追求はしないでおく。だから、そろそろ俺の質問に答えてくれないか?」

「そうね。じゃあ、話すわ」


 ミラーズは机に置いたマリーの手紙を手に取って、


「妹のマリーがあの子にあの魔女の衣装をあげたり、手紙の書き方がこんなになったり、私がこんなことをするのは、私たちミラーズ姉妹があの子のお母さんに、恩があるからなの」

「恩?」

「ええ。だから彼女亡き今、私たちはあの子のために尽力するのよ」

「つまり、あんたたちはシロの母親に何らかの恩を受けたものの、もう本人がいないからその娘を大事にしたい、ってことか」

「そうよ。でもその恩というのが、あの子には知られないほうがいいことなの。あなたに話して、あの子にうっかり漏らさないって信じることは、申し訳がないけれどまだ知り合って数日のこの距離では、不可能なの」

「……。まぁ、確かに。確かに、それもそうだ。あんたらのほうがあいつのことを、母親の代からよく知ってるってんだ。こんなどこの馬の骨とも分からんやつに、そうやすやすと話せることじゃ、ねぇよなぁ」


 黒羽はなんだか裏切られた気分だった。まさかロードから受け継がされたシロの記憶が間違っていたとは……。

 いつの間にかシロのことをよく知っている気になっていた。けれど実際はまだ多少の時間を一緒に過ごしただけで、多少の困難を一緒に乗り越えただけで、多少の友情があるだけの、多少の関係だったのだ。

 シロの母親のことまでは知らない。彼女とミラーズ姉妹との関係も分からない。シロが一体、何者なのかすら……、これで分からなくなった。

「ごめんなさい、傷つけるつもりはなかったのよ」とミラーズは言う。「別にそう言うわけじゃない。話がややこしくてうんざりしただけだ」と黒羽は強がる。

 すると、ミラーズはこんなことを言い出した。


「最後に、あなたに頼みたいことがあるの。今度の晩極戦争には、参加しないでください」

「……、何?」

「あの子を危険な目に遭わせるわけにはいかないし、あの子をおいてあなただけで戦争に行くっていったって、あの子にはあなたが必要よ。あなたにもしものことがあったら、あの子は平気ではいられない。あなたには拒否権がある。無理に協力する必要は無いわ。だから、どうか、シロちゃんのために、今回の件は断って下さい。お願いします」


 ミラーズの気持ちを考えればこうなるのは当然だ。何が何でもシロの安寧を優先したいに決まっている。

 板挟みの状況がより明瞭になった。チョールヌイをとればそれだけの危険が伴い、シロをとればチョールヌイはこのまま犠牲になる。

 目の前で深々と頭を下げるミラーズに黒羽は言う。


「いいや。……いくら俺たちがシロのことを思っていようと、あいつは決して俺たちの意思のままに動かしていい操り人形じゃあない」

「……」

「俺たちも、あんたたちと同様、あんまり話せない事情で今回の戦争への参加を悩んでいるんだ。シロ本人の意見も聞く必要がある」


 そう言って黒羽は机を降り、扉へ向かっていく。

 ミラーズは去っていく黒羽の背中を、呼び止められず、見送ってしまった。

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