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021 マリー・ミラーズの手紙の謎を追え

 時刻は午後10時を回った。夕食も終わり、あとは風呂に入って一日が終わる。

 風呂。毎日当たり前のようにやってくるこの時間が黒羽には一番厳しい時間だった。

 ここは夕陽の国の街とは違って軍基地だ。結局一晩しか使えなかったあの街で充てがわれた部屋の温泉みたいな立派な風呂はあるわけもなく、典型的な大人一人用のバスタブの風呂場が集合住宅みたく各部屋に一室ずつ用意されているだけ。容積が小さいからシロと一緒に入るとなればもう逃げ場などない。そこで黒羽は洗面器に湯を張ってその中に浸かるという技を見出していた。

 今日も人間様のための浴槽はシロに譲り、自分は洗面器に浸かっていた。もちろん黒羽はシロに背を向け、全く振り向こうとしない。

 シロはバスタブの縁にもたれかかって黒羽の背中を心地好さそうに眺めていた。


「ねぇねぇ、クロちゃん。クロちゃんってさ、ほんと筋金入りの恥ずかしがり屋さんだよねぇ」

「……俺は紳士だ、俺は紳士だ、俺は紳士だ、紳士なんだ。あんなヘンタイ・キングだかロリコン・キングだかなんかとは違う。違うんだ。負けてたまるかこんな小娘の誘惑なんかに、チクショウ」


 風呂場に入って5分。今のところずっとこんなふうに聞こえるか聞こえないかくらいの声で何事かを呪文のようにぼそぼそ呟いていた。

 黒羽の頭の中はこうだ。今はユーベルたちが何事かを企んでいるのではないかと疑い、どうにかして探らなければならない。歴史上にはこうやって美味い話にまんまと釣られていいように使われ、幽閉されたり殺されたりと最悪の結末に至った有名人がいつの時代にもどこの国にもわんさといるのである。だから自分もそうならないように用心深く考えて動かなければ。

 本来ならこういったことを考えていたいのだが、それどころじゃない。どうしてもシロは風呂までついてくる。

 確かにシロは人類で、黒羽は猫なのかもしれない。しかし人間的に物事を考えられる頭を持って生まれてしまったからには性別の違いを気にしないではいられなかった。


「ンアァァァ〜〜!! シロのあほんだらァァァ〜〜ッ!」

「うあ!? どうしたの急に!?」


 黒羽はとうとう大声をあげて爆発した。


「なんでだ! この前ちゃんと俺の能力で"シロ耐性"を手に入れておいたのに、なんで貫通すんだよ!? 俺にノンケは必要ねぇぇぇぇーーーッ!! ——グハッ!」


 黒羽は洗面器からカエルみたいに跳び出して風呂場を出ていこうとするが、シロに見事なタイミングでキャッチされてしまった。


「やめろー! 俺はゆっくり考え事をしてたいんだ! 離せぇぇ!」


 四肢をブンブン振り回して暴れるが、シロを相手に本気を出すわけにもいかない。こんなことで瞬間移動なんかして無駄に体力を消耗するのもよくない。

 黒羽は風呂場から脱走しようとしてシロと同じ浴槽に引きずり込まれてしまった。これなら洗面器の中で大人しくしていた方がマシだった。

 黒羽の周りにもくもくと悪夢のように湯気が昇っていく。さながら地獄の鬼の鍋の中に沈められるようだった。


「ダメだよ、ちゃんと湯船に浸からないと疲れが取れないんだから。最近クロちゃん頑張ってるんだからたまにはゆっくりしないと」

「うぐ……」


 黒羽の背中に柔らかいものが触れる。その瞬間もうお終いだと脱力した。


(クソ、あの腐れ死神め。中途半端に頭の中だけほとんど人間のまま猫に生まれ変わらせやがって。ウケは俺の趣味じゃねぇんだよ)


 おとこ黒羽。女子に可愛がられるのは何よりの屈辱。

 そのことを知りつつも御構い無しにシロは人形で遊ぶかのように湯船の中で黒羽の体を石鹸で洗い始める。


「ほーら、アワアワでキレイキレイしましょうねぇ〜。クロちゃんはお水も苦手じゃないお利口さんなんだからねぇ〜」

「おっ、ううっ、おおおあっ、ふはっ」


 そういえばシロに石鹸で体を洗ってもらうのは初めてだなと黒羽は思った。もしかしたら寝ている間に洗われていたことがあったかもしれないが、少なくとも意識があるときにされたことはなかったはず。

 そもそも能力で一切の汚れを寄せ付けないから洗う必要が無いので、つまり、こんなにしっかりと体を洗ったことがなく黒羽には新鮮な感覚なのだった。

 数分もすれば黒羽は心地よさにすっかり負けてしまってうとうとしはじめた。


「ふふ、クロちゃんあんなに嫌がってたのに、そうでもないんじゃん」

「……」

「あれ、クロちゃん?」

「……」


 シロは黒羽に自分の方を向かせる。しっかりと瞼が閉じられていた。

 じっと見ていたら呼吸に合わせて長いヒゲが上がったり下がったり。完全に夢の中だった。

 だから、黒羽は気がつかない。いつもシロが自分の寝顔を見てどんなに幸せそうに微笑んでいることか。



◯◯◯◯



 この世界は夜の地域にでもいかない限り空が暗くなることはほとんどないのに、寝るときは暗い環境を好む。

 夕陽の国では睡眠の妨げにならない程度の明るさであったために寝るときはカーテンや雨戸を閉めるだとか、明かりを消すだとか、とにかく部屋を暗くする文化は存在しなかった。けれどこのサスリカは厚い雪雲が太陽を隠しても夕陽の国よりも明るいから寝るときは光による刺激を遮断するのが当たり前だったらしい。

 黒羽は真夜中に目を覚まして、受け継いだロードの知識を借りてそのことを知った。


「シロ……?」


 寝ぼけながら辺りを見回し、シロがいないことに気がつく。

 シロも黒羽と同じく部屋を暗くして眠る文化は知らなかったはず。その証拠に昨日の夜は窓の外の雪景色の眩しさを我慢して眠っていた。

 それなのに部屋が暗い。シロもいない。これはどういうことか。

 黒羽が寝ていた間に誰かが部屋に入ってきたに違いない。そしてシロをさらっていったのだ。

 黒羽は愕然とした。いつもならシロを頑丈な結界で包んでから寝ているからこんなことはそうそう起こり得ないが、今回は迂闊にも自分の方が先に、しかも風呂場で眠ってしまった。自分でも気がつかない間に眠っていたせいでもちろんシロに結界も張っていなかった。

 だがおかしい。この部屋の扉はオートロックだったはず。魔法やら超能力やらが当たり前の世界で無駄とも言える技術が珍しく役に立つところではなかったのか。

 黒羽は扉の前に来てノブを見上げた。そして思い出す。アステリアが来たとき、向こう側からこの扉にぶつかって少し開けていたことを。


(まさか、あのガキぶっ壊したのか! どんだけ強くぶつかったんだよ!?)


 試しに念力で扉を引っ張ってみる。すんなり開いた。

 隙間ができないくらいかすかに開けてすぐに閉めた。その間、いかにも壊れていますと主張するかのごとくカチャカチャと金属の部品が触れ合う小さな音がしていた。

 最悪の事態だ。美味い話には裏があるものだからと慎重に注意していたはずが、やられてしまった。アステリアがあのときこの扉にぶつかったのはわざとだったのだ。

 けれど、シロが連れ去られたにしては部屋の中が散らかっていない。ベッドも今夜は一度も入らなかったみたいに整っているし、しかも例の魔女のとんがり帽子もローブもきれいにたたまれてベッド脇に置かれている。

 黒羽はもっとよく部屋を見ようと厚いカーテンを開けて部屋の中を照らしてみた。するとシロのとんがり帽子の中に何かが入れられているのが見えた。

 近づいて見てみると、誰かからの手紙だった。


——シロちゃんへ。


 あなたは今、サスリカにいるのね。クロハネさんが一命を取り留めて、快方に向かっていると姉から聞いたわ。二人ともどうにか助かったみたいで本当に良かった。

 でもね、あなたにはまだ分からないかもしれないけれど、これからもっとたくさんの危険が待ち受けているに違いないの。だから、この魔法の衣装を贈るわ。外は危険がいっぱいで、安全なところなんかないと思って、必ずこれを着て過ごすのよ。この衣装があればどんな危険からもあなたを守ってくれるわ。


  夕陽の国の街の受付嬢 マリー・ミラーズ——


 黒羽はほっと胸を撫で下ろした。このシロの私物を通じて彼女の居場所を六感的に探り当てることができたのである。

 理由までは分からないが、どうやらシロはゼゼルの部下のミラーズの部屋で彼女と一緒にいるよう。ミラーズは命の恩人なので信頼できる。よってユーベルとアステリアはオートロックを破壊したこと以外は潔白だった。

 が、しかしこの手紙は何だろうか。黒羽は読み終えて小首を傾げていた。


(要はあの夕陽の国の街にいた受付嬢が、ゼゼルの部下のミラーズの妹だったってことなんだろう。確かに赤い目をしていたし、それは確かなんだろうが……、はて、こんなにシロと深い関係だったのか?)


 黒羽は初めて夕陽の国の街に入った時のことを思い出す。あのときはロードの部屋から瞬間移動を繰り返して街へ向かったせいで疲れ果て、目を覚ました頃にはシロが街へ入れてくれていた。そして早速ごろつきに絡まれていて、黒羽は直々にそいつを去勢してやったのだった。


(いや、あのときはあんまり受付嬢なんか見てなかったな。ギリギリ、こいつが受付嬢だってのが分かった程度だ)


 続いて、豪華な部屋を充てがわれた時のことを思い出す。


《あ、こんなところにいた》

《あら、驚かせちゃったみたいね。ゴメンゴメン。怖い話でもしてたの?》

《ここがお二人のお部屋ですよ。ご自由にお使いください》

《うふふ、ご満悦ですね。では、ごゆっくりどうぞ》


 黒羽が記憶していた受付嬢の台詞はたったのこれだけだった。ロードが記憶力までくれていたようではっきり覚えていたが、やはり手紙の文面と比べてどことなく他人行儀だったように思われる。考えようによっては仲良さげにも思えるし、やはり他人っぽくも感じられるしで微妙なラインだ。

 黒羽は何か違和感を感じていた。もし受付嬢のマリー・ミラーズがシロのことをそれほどよく知らないのなら、どうして「これからもっとたくさんの危険が待ち受けているに違いないの」などと言い切れるのだろう。

 ユーベルとアステリアとの美味い話、シロと姉のミラーズが一緒にいるこの状況、そしてマリー・ミラーズの言葉と文章との振る舞いの違い。これから待ち受けている危険とは、単に目先の晩極戦争のみを言っているのか。

 黒羽は部屋を出ていく。今、シロがミラーズの部屋で一体何をしているのか。まずはそのことを確認しなければならない。

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