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020 ユーベルとアステリア

 ゼゼルからミルがいることを聞いてどんなやつかと思っていればまさかの統合幕僚長レベルの階級。考えてみればミルともなればそれくらいの地位があっても不思議ではないが、これは不意打ちだった。

 これから晩極戦争でチョールヌイを救出するなら、このユーベルとかいうミルを上手く説得するか、それができなければ裏切って敵に回すしかない。なのに相手はよりによって軍の最高位ときた。それがどうしてこんなどこの馬の骨ともわからないよそ者の勝手極まりない提案を聞くだろう。ならいっそ裏切るのか。しかし最高位を裏切ればその瞬間サスリカという大国の矛先が一気にこちらに向けられることになる。そんなの敵のマフィアのアジトに一人で乗り込むのとは比べ物にならないほどの自殺行為だ。いくら自分もミルとはいえどもものには限度というものがある。

 ゴチン!

 何かが扉にぶつかった。唐突に鈍い音がして黒羽は我に返された。

 扉は今ので少し開いた。おかげで向こう側で誰かが痛がっている声がよく聞こえる。


「うぐ、ぬぬぬ〜。……、ひあ〜、イッタッ。頭ぶった」


 子供じみた声だった。ユーベルはどういうわけかまだ声変わり前の男の子を連れているよう。転んだのか扉に頭をぶつけたとみえる。

 だがそんなことはどうでもいい。黒羽は気にもとめず、やっと開き始めた扉の向こうを見つめていた。


「すみませんな。いきなりお騒がせして」

「……」


 真っ黒な軍服姿の、扉より背の高い大男が脚みたいな腕で扉を開けた。ユーベルはその化け物のような体格に似合わない紳士的な人相で笑みを浮かべていた。

 彼の隣には装飾の少ない紺色の軍服ドレスに身を包んだ、床に引きずるほどの金髪混じりの黒髪をした少女がおでこを痛そうにして立っていた。黒羽は声で男の子かと思ったが違っていたようだ。

 ユーベルが大きすぎるせいか隣の軍服ドレスの少女が人形みたいに見える。思わず黒羽はこの少女とシロとを首を忙しく振って見比べた。……この少女、背の低いシロよりもさらに小さかった。


(……、まさか、この国の軍のトップって……、ロリコン!?)


 黒羽は一歩退がる。英雄色を好むとは言うが……、これはキツイ。犯罪だ。何がユーベル・キングだ、これじゃヘンタイ・キングじゃないか。ユーベルの第一印象は最悪だった。


「は、は、はじめまし——」

「よっすぃー!」


 黒羽が申し訳程度にでも挨拶しようとしたら言い終わらないうちに軍服ドレスの少女が元気に返事した。今までおでこを痛がっていたのは何だったのか。

 ユーベルが少女に言う。


「これ、挨拶はしっかりなさいな」

「したじゃん」


 今元気な声をあげたかと思えばもうふて腐れている。スカートのポケットに両手を突っ込んで、死んだ魚のような半開きの目で明後日の方向に視線をやっていた。

 ユーベルは苦笑いでこちらに向き直った。


「すみませんな、どうかお気を悪くしないでください」

「別に構わん——」


 どちらかといえばユーベルの性癖の方が問題だ。が、話を振られたので黒羽は一旦そのことは置いておく。


「——申し遅れた。俺がミルの黒羽、こっちが仲間のシロだ」

「よよ、よろ、しくお願い……します」


 お決まりのようにシロは人見知りしてしどろもどろだ。ユーベルは気にせず改まる。


「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します。改めて、私がこのサスリカの統合幕僚長補佐戦位官ユーベル・キング、そしてこちらが天変地異のミル、アステリア・エーデルシュタインです」

「え……、あ、そうか、そういえば——」


 黒羽は勘違いしていた。肩書きといい、風貌といい、ユーベルの方がミルらしく見えたのでうっかりしていた。思い返せばゼゼルはこの国のミルを指して「彼女」という代名詞を使っていた。ユーベルがこの体格で女ならクセが強いどころじゃない。ミルはアステリアの方だった。

 しかし、アステリアがミルであれ、結局なかなかのインパクトだ。髪は長々と伸び散らかされているし、目はどうも死んでいるのが基本らしいし、背も小さくておまけに赤ん坊みたいなベビーフェイスで、それにやる気の無さが全身から滲み出ている。こんなんでよくミルにまでのし上がれたなと黒羽は胡散臭く思った。

 けれど黒羽は一つ引っかかることがあった。ユーベルが言った「天変地異のミル」といういかにも危なそうな呼び名。確かチョールヌイのときは「烈風のミル」と呼ばれていた。黒羽はあまり気にしていなかったがミルには二つ名のような呼び方があるらしい。なら、天変地異とはどういうことか。二つ名はそのミルが得意とする能力と関係があるのだろうが、これは抽象的で分からない。烈風のミルは風関連の戦法が得意なのだろうと当たりがつくが、天変地異は意味するものの範囲が広すぎていた。

 黒羽はもしやと思った。人は見かけによらないともいうものだ。もし天変地異が意味するもの全てを得意とするなら、相当厄介な相手なのではないか。そこが判然としないうちはアステリアのこのポカンとした雰囲気に油断させられないようにしなければと自分に言い聞かせた。


(さて、どう出ようか。まだまともに会話も成立しないうちから伝わってくる変人さ。まともに説得なり相談なり持ちかけてもまともな返事は返ってくるまい。……、けっ、様子見だな)


 この結論に至るまでわずか3秒。怪しまれることはなかろう。黒羽は続ける。


「ははは、お嬢さんがミルだったのか。とてもそうは見えないからユーベル殿の方かと思ったよ」

「っていうか……、猫が喋った!?」

「……え、今さら」


 アステリアの半開きだった目がぱっちり開いて紺色の瞳が輝く。と、気がつく頃には抱きしめられていた。


「オオーウ! もっふもふ! もっふ、もふ! こんな可愛いのにミルなんだ!?」

「やめろ、おいよせ、身体中揉むんじゃねぇ! ヒゲ引っ張るな、肉球プニプニすな! 寄るな触るな近寄るなァァァ!」

「うわ〜、クッソ生意気! おもしろ〜! むぎゅ〜!」

「ウアァァァ! ……、あれ? あっ……」


 怒涛のアステリアタイム。ミルであるだけあって簡単には逃れられない。トドメと言わんばかりに強くハグされるが、シロにされるときのような苦しさはなかった。

 黒羽は悟った。昔の人たちはよく言ったものだ。貧乳はステータスだ、と。それは本当だったのだ。

 だがしかし、黒羽はアステリアに満足して解放される頃には蒼くなっていた。可愛がられるのが大の苦手なのは変わりなかったのである。

 脇でシロがクスクス笑っていた。黒羽は全身の毛がもみくちゃにされて体が倍くらいに膨らんでいた。

 まだ扉のあたりにいたユーベルは申し訳なさそうにしているかと思えば何故か微笑ましそうにしている始末。


「ほう、こんなに楽しそうなアステリアは初めて見ましたな」

「……、あのなぁ」


 そしてまた唐突にアステリアが「私決めた!」と言う。

 黒羽は後ろ脚で器用に毛並みを整えながら、


「今度はどうした。もうもみくちゃにしないでくれよ?」

「私、猫ちゃんが今度の晩極戦争に行くなら、私も手伝うよ」


 ユーベルが「なんですと」と目を丸くし、こちらへ駆け寄ってくる。


「それはありがたい。お前さんがそう言ってくれるのをどれだけ待っていたか。ありがとう、クロハネ殿。あなたのおかげで今回の戦いも乗り切れそうです」

「待って俺まだなにもしてない」

「とんでもございません。これはお手柄ですぞ! 天変地異とは忘れた頃にやってくる気まぐれなもの。それを特徴とするアステリアは正にその通り、力はあるのに自由奔放で気まぐれで我らも手を焼いていたのです。それをこんな短時間で解決なされた。クロハネ殿、いえ、クロハネ様。あなたも晩極戦争に来てくださいますね?」

「ああ、もちろ——」


 黒羽は閃いてしまった。今、軍の最高位ユーベル・キングは黒羽の前に跪いて感激している。アステリアも黒羽が晩極戦争に来なければ軍に手を貸さないという状況だ。今ならこちらのペースに乗せられるかもしれない。

 晩極戦争は今や黒羽の参加するしないで有利不利が決まる形となった。参加しないと言えば戦力であるアステリアも参加しない。参加するなら彼女も参加する。黒羽は心の中でガッツポーズしていた。


「いや、条件がある」

「じょ、条件ですと……。いいでしょう、内容によりますが、ミルの力を二つも得るか失うのかがかかっている。なるべく考えましょう」

「考える? 俺も助けてもらっておいてこう言うのも難だが、こっちにはレベル7の仲間がいるんだ。シロは戦闘には向かないが俺にとっては命にも変え難い存在だ。死なせるわけにも泣かせるわけにもいかねぇ。要するにこっちも必死なんだ。だから、せめてそんな曖昧な態度はやめてくれ。猫に小判じゃあるまいし、別に金が欲しいんじゃないからよう」


 もちろんこんなオーバーに言うのは交渉のための演技だが、ユーベルには響いたよう。真剣な顔で聞いて、黒羽とシロとを見比べていた。


「失礼。お気持ちはこのユーベルの胸に確と届きました。我々にできることでしたらなんなりとお申し付けください」


 遂に言う時が来た。チョールヌイは殺さず保護するようにと。いいや、しかし黒羽は用心深い。伊達に血で血を洗う人生を歩んで来たわけではないのだ。

 初対面なのに話が美味すぎる。いくらアステリアの戦力が尋常でなかったにせよ、美味い話には裏があるもの。今は見えていなくても陰でどんな策略、勢力が動いているとも分からない。もう少し様子を見る必要がある。


「いや、その条件を言うのはまた今度だ。偉そうなことを言ってすまなかった。考えをまとめる時間が欲しい」


 ユーベルは残念そうな顔をする。


「ははは、しかし、それもやむを得ないでしょう。必死なのはお互い様です。クロハネ様にとってのシロ様は、私にとってのアステリアでもあります。我々は晩極戦争開幕までこの基地にいますが故、時が来たらいつでもお申し付けください。良いお返事をお待ちしております」


 ユーベルはいつからかシロと意気投合して一緒に遊んでいたアステリアを呼び、帰り際にも会釈して去っていった。

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