019 面会の時
脱字があったので流石に修正しました。
黒羽は目を白黒させた。
シロが子供っぽく見えるのは結局何を着ていても変わらないのだとこれではっきりしたが、魔女らしさで言えばそれそのものの格好をしたおかげでかなり見違えた。
アンティークなとんがり帽子に空色のローブ、しかも裏地が白いものなどは到底ミスマッチとしか思えないが、着ているのが白髪に青目のシロだからこそよく似合う。彼女に着られるために作られたように思えるくらいしっくりきていた。
「おお、これは……」
血で血を洗う環境で生きてきた黒羽は荒みきった目がじりじりするほど清められていくのを感じた。そもそもシロ単体でも充分なのに、こんなに磨きがかかっては殺し屋の魂も浄化されてしまうというもの。黒羽はものの数秒で直視できなくなって視線を逸らし、大きなため息をついた。目の肥えた批評家がやっと満足のいく天才的な絵画を見つけてこぼすようなため息だった。
「どうかな? 似合ってる?」
「ああ、神よ」
「……へ?」
「私はなんと愚かだったのでしょうか」
「エエッ!?」
黒羽はあまりにも尊すぎて窓際へ、猫なのに二足で立ち、天を見上げて祈るように両前脚を合わせた。もふもふと伸びた黒い毛が雪雲を貫く日光にしらじらと透ける。
「ああ、慈悲深き我が主よ。どうかこの惨めな黒猫のこれまでの罪の数々をお許し給え。そして例え猫であれこの世に生をお与えになり、この天使に巡り合わせていただけたこと、心より感謝いたします」
「ちょ、大袈裟だよクロちゃん!? なんか恥ずかしいじゃん!?」
「大袈裟なんかじゃないさ。俺は決めたんだ」
「き、きめた?」
「俺はもう相手がどんなやつだろうと殺すもんか。俺はもうシロとの平和だけがあれば何でもいい。……ごちそうさまでした。黒羽はもう尊すぎてお腹いっぱいです。動けません。……ガクり」
黒羽は感極まって目を回した。悪ふざけなどではなく本当にガクりと倒れた。
遠くなっていく意識の中でも黒羽は思う。
(ああ、この世界に生まれ変われて良かった。最高か)
それを最後に黒羽は意識を失った。
◯◯◯◯
どこか遠い星でのこと——。
まるで月面のように四方八方地平線の彼方まで見通せる、真っ暗な景色が広がっていた。灯になるのは宇宙の星々の光のみ。地上はぼんやりと薄く照らされていた。
しかし今はそんな星々の美しさやその光を反射するこの惑星の神秘的な輝きに見とれている場合ではない。金髪混じりの黒髪の少女が巨大モンスターに狙われていたのだった。
モンスターの名は、ゲデルモルクス天撃個体。レベル999でカンストした冒険者たちが束になってかかっても倒せるかどうかは五分五分といったところの超高難易度モンスターである。
本来は地上に生息する種だが宇宙に出て独特の進化を遂げた個体である。重力が低いせいか原種の何倍もの巨体に成長し、立ち上がれば双眼鏡でものぞかない限りその顔も見えない。
岩石の化身と呼ばれることもある体はそのとおり岩のような鱗に覆われ、長い尾は地響きを起こしながら地平線に円を描いて金髪混じりの少女をすっかり閉じ込めてしまった。
大蛇のような体だが胴体よりも太い前脚だけを持ち、この二足で全身を支えていた。
『♩♫♪♬……♫♬♩……、ピッ』
ゲデルモルクスは地面すれすれまで頭を降ろしてきて少女を今にも食べようとしていた。それなのに場違いにも少女の端末が可愛らしい音楽で着信を知らせ、しかも彼女は当たり前のように出てしまった。
「はい、もしもし——」
次の瞬間、ゲデルモルクスは地面ごと少女に喰らい付いた。彼女の体はゲデルモルクスの口の中に収まってしまい、見えなくなってしまった。
『私だ。ゼゼルから呼び出しがあったぞ。お前さんに会いたがっている客人が来ているそうだ』
「んえ〜、私今からご飯食べるところなのに〜」
どうなっているというのか。少女はゲデルモルクスの口に収まってはいるが食べられているわけではなく、口の中で誰かとの会話を続けている。一方でゲデルモルクスは噛みたくても噛み潰すことができず、どうにかして咀嚼、せめて地面から引き剥がそうと悶え始めていた。
そんなゲデルモルクスを尻目に少女は会話を続ける。
「今もう口の中にいるし、もうちょっと待っててよ〜」
『ああ、左様でしたか。では仕方ありませんね』
少女は何を企んでいるのか、してやったようにニヤリと笑みを浮かべた。
『じゃあそれを食べたらすぐ戻って来てくださいね。またこの前みたいに二体目三体目と永遠と食べていたらお前さんの小さい頃の恥ずかしい泣き顔の写真を軍全体にばらまきますから——』
「んな!? ぐぬぬぬぬ〜! それは卑怯だよ戦位! 別にたくさん食べたっていいじゃん!」
『はぁ〜、やっぱりその気だったんですね』
「もちろん!」
『何がもちろんですか。今日という今日は本当にばらまきますからね。脅しでもなく』
少女は大きく怯んだ。
「うひぃ〜……。うぐ、うぐ、そうやって戦位は私のこといじめるんだ。もう戦位となんか口聞いてやんないから!!」
少女は怒って電話を切ってしまった。
と、その時だ。急にゲデルモルクスへ宇宙から流星群が襲いかかる。
大雨の雨粒一つ一つがそのまま隕石に入れ替わったような勢いで降り注げば、流石の最強ランクモンスターと言えどもひとたまりもない。天災が相手では勝ち目がなく、体を端から端まで叩き潰されては焼き払われ、あっという間にゲデルモルクス天撃個体の姿焼きが出来上がった。
「ん〜! 美味しそう〜! いっただきまちそうさま〜!」
いただきますとごちそうさまの言葉が合体するスピードであの巨体が跡形もなく消えてしまった。
別に少女の口が好き放題に伸び縮みするというわけでもなかったのにどうやって食べたというのか。そのうえどう考えてもこんな小さな体には収まりそうもないのだが。
◯◯◯◯
翌日。
黒羽はこのままではいつまでもろくにシロと目を合わせて喋ることができないと、昨日意識を取り戻してから真剣に考えていた。そうして解決法を探しているうち、まさかと思ってロードから受け継いだ知識を探ってみると、あった。
自己暗示の魔法である。内容によっては一時的にしか効果を得ることができないようだが、差し当たってシロを直視しても照れないで済むようにするくらいなら永久的に効力が得られるようだったので、それでどうにかした。
かくして黒羽は昨日の我を忘れた暴走劇を思い出してはこんなはずではと壁に何度も頭を打ち付けて打ちひしがれたのだった。
そんなこんなで、今は前に進みたくとも先日ゼゼルが話していた人物との面会が済まない限り動きようがないので昼過ぎまで部屋でゆっくりくつろいでいた。
「ああ〜、まだか。いつになったら来るんだろうなぁ」
黒羽はくつろぐのにも飽きて暇を持て余し、待ちくたびれて扉の前を右へ左へうろつき始める。
シロが可愛いと言うのを我慢するような苦笑いをしながら言う。
「まだ昨日の今日だもん。きっともうちょっと時間かかるよ」
「いいや。俺の霊感ではもう近くまで来てるらしいんだ」
「そうなの?」
「ああ。何をモタモタしてるんだろうなぁ。もう昼飯も終わったってのによ」
そう話していると扉を誰かがノックした。
もう昼食で空いた食器も片付けてもらったのだから配膳係のおばあちゃんではないはず。
なんとなく黒羽が身構えて扉の向こうを睨んでいると低い声が聞こえてきた。
「こんにちは。黒羽様、メロウ様。いらっしゃいますかな? 統合幕僚長補佐戦位官、ユーベル・キングと申します」
統合幕僚長補佐戦位官。聞いたことのない地位だがかなりの大物であることは確か。
黒羽は念力で扉のロックを解除した。
「作家でごはん!鍛錬場」ではお世話になりました。
それほど大きな修正点は無いようでしたが、小さいのがちらほらあるのでまた今度まとまて修正を入れようと思います。
頻繁に編集するのもよくない気がしますので。
これからもよろしくお願いしますm(_ _)m




