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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅰ 夕陽の国
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014 [モノローグ]ビフォア チョールヌイ

 とある熱帯雨林の小さな村にアルシュタルという民族が住んでいた。

 太陽の真下にある地域で、この星が自転しないため永遠に真昼間が続く環境だった。気温が高いせいで常に低気圧。そのため分厚い雲が出来ては大雨を降らせ、そして晴れてはまた雲が出来てという具合に暗くなっては明るくなってを繰り返していた。

 お陰で大木のジャングルはいつでもグレートバリアリーフのように水浸しで、けれど晴れ間が差せば地面を全て覆い尽す浅い水溜りを底まで木漏れ日がきらきらと照らし、まるで天国のような自然の輝きを見事に魅せていた。

 風は壁みたいな木々に遮られて内部には届かず、水面はただ鏡のように光を反射し、角度によってはガラスのように透き通り、いつのまにか棲みついた小魚たちを露にしていた。

 しかし今、水面が波打った。小魚が跳ねたのだろうか。いや、違う。


「ひやっ、冷た! もう、何するさ!」

「へっへー! 水さかけられたら、水鬼の始まりじゃけんねー」


 二人のアルシュタル人の子供たちが遊んでいたのだった。年の頃は7つ。二人とも金属光沢を持つ銀髪に銀眼の、男の子と女の子である。

 ところで水鬼とは、この水とジャングルの地域だからこそ発祥した鬼ごっこのような遊びである。ただし誰かに水を蹴り上げてかけられてしまうと強制的に参加することになるのでそこが普通の鬼ごっこと違っている。それに鬼の役は相手に水をかけ返せば代わることができるので攻撃範囲が広いのも特徴だ。

 今回、先に水をかけたのは男の子のほうだった。彼は無邪気にこう笑う。


「さ、最初はララが鬼やで。寒うならへんようオレさ追っかけるんさな〜」

「ぬわあああ〜〜! レビの卑怯者〜! 不意打ちは卑怯さで! ぬをっ、こら待てーっ!」


 ララが顔を赤くして怒っているうちにもレビは逃げ出していた。子供とはいえ、アルシュタル人は樹上で生活する類人猿モンスターを狩って生きてきた狩猟民族だ。足が速いどころの話ではなく、枝も生えない垂直な大木の根元を駆け上がって木から木へ飛び移り、空中を軽やかな身のこなしで駆けていってしまう。無論、水をかけられにくくするための当然の工夫だ。

 こうなると手や衣服の端をわざと濡らしてレビに追いつき、直接タッチするか、もしくは自分も樹上へ登って地上に墜落させてやるしかない。

 ララは手と衣服の端を濡らして地上を駆けることにした。木から木へ飛び移って移動するにはどうしても技術が必要になるために、このほうがよっぽど速く動けるのだ。

 追われる側は移動は遅くても水をかけられにくい空中へ、追う側は素早く移動できる地上を駆ける。こうして鬼になった子はいつかは相手に追いつくことはできるのだ。

 ララも水飛沫を上げて木々の合間を縫ってレビを追いかけ、どうにか彼の真下まで追いついた。さて、ここからが問題だ。レビは見上げるほど高いところの枝に腰掛けてこちらを高みの見物で、ララはまだ地上で水の中に足を伸ばしてペタンと座り込んでいる。この距離ではどう頑張っても水をかけることはできない。木を登るにしても登っている間に逃げられてはイタチごっこの始まりになるのがオチだ。

 ララは細い肩で息をしながら眩しい木漏れ日に眉を歪め、レビに言う。


「はぁ、はぁ、はあ〜。レ〜ビ〜! もう降りてきなよ〜。どうせもう逃げても無駄さね〜」

「嫌だよ〜。ララが登ってくるだよ。ララは木登り苦手じゃけぇ、練習しやんといかんやろ?」

「うぬぬ、じゃ、約束して!」

「約束?」

「もう疲れたけぇ、私がそこまで登ったらレビが鬼んなるさ。もうええじゃろ?」


 逆光でよく見えないが、レビは顔を赤くしていた。照れ隠しに視線を明後日の方向へ投げた。


「しゃーないな。わあった、ここまで来れたらオレが鬼さなったるで、登ってくるんさな」

「約束じゃでな! 動かんといて!」

「はいはい」


 ララは立ち上がり、助走をつけてレビのいる木の根元へ狙いを定めた。


「よーしっ」

「……ん? 何だ?」


 不意に鳥たちが逃げ出すように一斉に飛び立った。もうすぐ大雨が降るこの時間帯は巣で大人しくしているはずなのに。レビは首を傾げたが、今はララが木登りの練習をするのを見届けてやるほうが大事だった。

 大木は実に巨大で、枝は低くても地上から10メートル以上の高さからやっと生え出す。ララは以前より木登りの腕を上げていた。一発で枝が生える高さまで駆け上がってぶら下がることに成功した。


「よいっしょ、ういっしょ……。ふぅ」


 ララはどうにか枝の上によじ登り、ダボダボの民族服の袖で額の汗を拭う。そうして上を見上げた。


「レビ、もうそっちに行く——」

「伏せろ!」

「——けぇ、な……」


 バッシャン! レビの身体が目の前を縦に駆け抜け、眼下の水面に勢いよく叩きつけられた。

 何が起きたのか分からずララは固まってしまう。しかしすぐに我に返って枝の上に四つん這いになって下を見下ろした。


「……!?」


 レビは水の中でぐったりしていた。透明なレビの周りの水が、赤い煙を撒いたようにみるみる赤く染まっていく。よく見れば彼の腹には矢のようなものが突き刺さっていた。


「レビ……、レビ!」


 慌ててララも飛び降りて、バシャバシャと水飛沫を上げてレビに駆け寄る。

 ここで悲鳴を上げることができれば、もしかしたら助けが来たかもしれない。だが彼女は両手がレビの血で真っ赤に染まってしまうと恐怖のあまり声が詰まってしまった。


「……!」


 震えるララの左手をレビの手がつかんだ。


「ガフッ、ゲゲフッ……、は、やく……、ケハッ、カッハ、ああう……、に、逃げ——」

「……れ、レビ、レビ! しっかり! 誰か、誰か来て! 助けて!」


 ララはパニックになって何をしていいか分からなかった。レビの腹を貫く矢も、引き抜いていいのかいけないのかも分からない。どうしたら血を止められるのかも全く分からない。だから助けを呼ぶしかないと思った。


「誰か来て! パパ! パパ! レビが死んじゃう!! 助けて、助けて!」


 やっと声が出た。子供とは思えない、耳を劈くような嗚咽混じりの絶叫がどんな大木をも貫いて空中を飛んでいく。

 泣いて、喚いて、ノドが痛くなって咳をして、それでもまだまだ叫ぶ。レビを助けられるのならもう二度と声が出なくなっても構わない。ララは腹の底から、生まれて初めて出す大声で助けを求めた。

 だがしかし、彼女の前に現れたのは……、少なくとも味方ではなかった。


「こんにちは、お嬢さん。いい顔で怯えてくれるね」

「……」


 頭の先から死神のような黒いローブをまとった、不気味な仮面の男。右手にはボウガン。彼はそれを自慢するみたいに掲げた。


「あれ、君のお友達? ケガしてるみたいだね。撃たれたのかな? この、ボウガンで」

「……」


 ララの石のように硬く強張った白い頬に大粒の涙が伝う。もう腰が抜けてしまって逃げ出すこともできない。ただ男が一歩、また一歩と近づいてくる度に後ずさる。が、すぐに背中にレビの体がぶつかった。


「いや! やめて!」

「……、ほほう」


 男はボウガンを下げ、あご先を撫でて感心した。ララは子供ながらにレビを殺させまいと身を(ひるがえ)して庇うように彼に覆い被さったのだ。

 ララはレビの上で大泣きしながら、


「殺さないで、レビを、殺さないで」

「これはこれは、素晴らしい友情だ。それとも兄妹愛かな? まあ、どうでもいいか。自己紹介がまだだったね。僕はゴア・ロドノフ。人さらい兼、殺し屋さ」

「嫌だ、嫌だ! レビは渡さない。死んでも渡さない! ……レビ、レビ」


 レビはまだ息があった。レビとは生まれた時から一緒にいる幼馴染の大親友だ。お調子者で時々意地悪だが、誰よりも大切だった。

 血だらけのララの両手が布を幾重にも着込んだようなレビの民族服を強く握りしめていた。その彼女の手に、レビの微かな体動が伝う。


「……ら、ら」

「……」


 ララの体に悪寒が疾る。前にもこんな目を見たことがあった。トドメを刺される寸前の獲物となるモンスターの目だ。大人たちが狩で獲ってきた獲物がまだ生きていたときはトドメを刺してから料理に移る。ララはかわいそうだと思いながらも仕方がないんだと他人事のように見送ってきた。でもまさか、その目をレビが見せる日が来ようとは。

 レビは体を小刻みに痙攣させながら静かに首を振った。もう自分は助からない。そう言っているに違いなかった。

 この仮面の男にもまだ良心というものがわずかにでも残っていればきっと彼らを見逃したはずだ。

 ガチャリと金属音を立て、ボウガンがララたちに向けられる。


「ああ、僕はなんてラッキーなんだろう。こんなかわいそうな仕打ちができるなんて。お嬢さん、僕は今、最高に気分がいい。だから、特別に選択肢をあげるよ。ひとつ、この男の子を助ける代わりに君が死ぬ。ふたつ、君を助ける代わりにこの男の子が死ぬ。さぁ、どちらにしたい?」

「……わ、わ、わた、しを——」


 私を殺して。そう言いかけたその時、彼女の手をレビの手が強く握った。


「ララ……、ありがとう」

「……」


 ララはまるで体の大半を失ったようにぐったりとうなだれた。レビはララを助けるために、自ら腹の矢を引き抜き、位置をずらしてもう一度突き刺したのだ。

 深く深く突き刺して、腹を掻っ捌くように最期の力を振り絞って横へ動かし、その矢からだらりと彼の手はずり落ちてしまった。


「はぁ、何度見ても癒されるよ。大切な人を目の前で失って、抜け殻になる瞬間は」

「……」


 男はララの正面へ回り込む。彼女の目と目の間にボウガンを突きつけるが、もううんともすんとも言わない。ララは人形のようになってしまった。

 男がしゃがみ込んで目線を合わせてもやはり目が合わない。男にとってはそれはそれで満足だったらしい。


「僕は今日、君たちアルシュタル人をさらいに来たんだ。運びやすいから子供がいいと思っていた。君たちはそこへちょうど現れてしまった。追いかけっこなんてして、この子を僕の前に誘導してしまった君が悪いんだよ」

「……」


 音もなくララの銀色の瞳から涙が溢れ、赤い水面に小さな波を立てた。


「だからね、君は責任を取らなきゃいけない。この子を死に至らしめた責任さ。これから君は村の人たちや、家族も失う。僕が君の前で殺すんだ。でもそれは大事なことさ。これから、君は僕と同じ殺し屋になる。そのための最初の訓練なんだ」


 男はそういうとララの手を引いて、彼女を立ち上がらせた。ララは促されるままに、歩かされる。歩かなければどんな殺し方をされるとも分からない。


「いい子だ。これから見る光景はきっととても辛いものだろう。でも大丈夫。だって、君はもう今までの君ではないからね。君は大切な友達を助けられなかった、人殺しの、チョールヌイ・ロドニナーだ。これから、よろしくね、ヌイ」


 ララは男に手を引かれて村のほうへとぼとぼと歩いていく。どこを見ているとも分からない虚ろな目で、恐怖に支配され、変わり果てたレビを振り返ることもできず、森の奥へと消えていった。

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