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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅰ 夕陽の国
10/119

010 襲撃、歩く天災

——翌晩。

 街の一角には様々なクエストを受注する集会所があった。

 床のブロックは大男たちの体重に風化して波打つようにでこぼこして、開いた割れ目から雑草が伸びていた。

 やはりテーブルが無数に不規則に並んでいるが、ここでは飲みより腹ごしらえがメインで、出発直前もしくは帰還した冒険者たちは美味しそうに肉料理を頬張っていた。今、牛のような顔の大男が切り株くらいもある骨つき肉にかじりつく。スープのような金色の肉汁が線を描いてまっすぐ滴り落ちる。それを膝に浴びながらもう一口、もう一口と豪快に堪能していた。

 大抵、少数派の酒を飲んでいるのは帰ってきた連中だ。勝利の美酒である。そして腹ごしらえしているのは出発直前の連中。単なる栄養補給か、最後の晩餐となるか。そんなことはきっと彼らの頭にはない。目先の食事しか目に入っていない様子で仲間と会話することもなく黙々と食べ続けていた。

 一方、壁際へ行くと彼らのような大男が五人で両手を広げてもまだ足りないくらいのクエストボードが壁に埋め込まれていた。依頼内容が書かれた書類がひしめき合っていた。

 ボードの一番左端にはこの街に冒険者として所属する者たちの名やレベル、ジョブなどのリストが長々と書き連ねられた書類が何枚となく貼り付けられている。その中には黒羽とシロの名前もあったが、それを見上げていたのはそのどちらでもなかった。


「……、シロ・メロウ。レベル7。……クロハネ。レベルは……、不明?」


 彼らの情報を見ていたのは、昨晩街にやってきたチョールヌイという少女だった。まるで黒いてるてる坊主みたいに大きなローブを頭の先からすっぽりと被り、男の子か女の子かを見分けるのも難しいほど身を隠していた。

 彼女はクロハネのレベルの欄に記載された"不明"の文字にニヤリとする。しかしすぐに元の人形のような無表情へ。顔を隠すようにフードを深く被り直すと、彼女は人混みに消えていった。



○○○○



 数分後、シロと黒羽も集会所へやってきた。黒羽はシロの背中へ器用にくっつき、右の前足で「あっちへ行こう」と時々方向を示していた。


「もう、黒ちゃ〜ん、歩いてよ〜。黒ちゃん結構重たいんだよ?」

「何だ? 俺を降ろす気か? お前、今朝からそれで迷子になってたじゃねぇか。危うく飼い主が家出しましたって張り紙するところだったんだぞ?」


 というのも、今日は一日シロが迷子になって大変だったのだ。

 この街にはまともに歩くことさえ難しいほど冒険者たちが人混みをなし、波を作って歩き回っている。しかも平均身長はかなり高い。中には2メートルを超える大男も珍しくないくらいにいるのだ。そんなところで受付のカウンターに顔を出すのもやっとな低身長のシロが迷子になったら探し出すのは至難の技だった。

 そんなこんなでやっと黒羽がシロを見つけたと思えば夜になっていて、おかげで空いた腹を満たして今に至るのである。

 シロはむーっ、と唇を突き出し、


「好きでこんなチビになったんじゃないやい」

「ま、我慢して俺を担いでることだな。お、あれがクエストボードじゃねぇか?」


 人混みの向こうに大量の書類がびっしりと貼られた大きなボードが見えていた。


「……すみません、ちょっと、通ります。おふっ……、すみません、すみません、通ります」

「……」


 クエストボードまであと数メートル。しかし人が多すぎて小さいシロの力ではなかなかたどり着けない。人の波に押されて右へ流されては左へ流され、また右へ流されては押しつぶされそうにもなった。

 それで近づけていたならまだいいが、全く進めていなかった。

 痺れを切らして黒羽が下を打つ。


「邪魔だ、とっとと道を空けろクズどもが。通るつってんだろ」


 その瞬間、人混みが真っ二つ割れた。黒羽がサイコキネシスで強引に道をこじ開けたのだ。

 けれど誰一人文句を言う者がない。一々言い合いになるのも面倒だからと黒羽が彼らに無理矢理何も不満に思わないようにと暗示をかけたのである。


「く、黒ちゃん、やりすぎ……」

「けっ、お前をチビの女だからって舐めてんのが悪いんだ」

「……あの、地味にブーメラン刺さってますけど〜?」

「何か言ったか?」

「あいやっ、なんでもないでござるよ。えへへへ」


 シロは苦笑いで足早にクエストボードへ。ここまで来たら黒羽もサイコキネシスを解いて人の流れを再開させ、正面のボードを見上げた。

 貼られていた書類はクエストの依頼がまとめられたもので、内容や報酬、推奨レベルなどの情報が詳細に書き込まれていた。周囲の冒険者たちを見てみれば、気に入ったクエストがあればその依頼書類をボードから剥がしてカウンターの受付嬢へ持っていって手続きをするらしかった。

 黒羽がシロの肩に身を乗り出して目を細めていると、彼女がこちらを向いた。


「何かやるの?」

「ああ。いつまでも街にいたところで暇だからな。ちょっと暇つぶしにラスボスでも倒そうかと」

「いやいやいやいやいや、無理無理無理! 私レベル7だし、黒ちゃんはいいかもだけど、私死んじゃうよ」

「大丈夫だ。相手はどうせゴミ知能の脳筋モンスターなんだろ? いい猫じゃらしじゃねぇか」

「まあ、確かに、そうかもだけど……」

「おっ、これなんかどうだ?」

「ん?」


 黒羽が前脚で示したのは、いかにも高レベルですと言わんばかりの禍々しい赤黒い紙に書かれたクエストだった。


「お、おう……」

「推奨レベル999。目標、ゲデルモルクス天撃個体の狩猟。推奨武器、鬼神砲ガイウス改7。報酬は、2000垓ヴェルド。ヴェルドってのがここの通貨なのか。高いのか安いのか知らんが、億も兆も京も超えてるわけだし多分破格なんだろう。ってことで、ちょうど良さげなんじゃないか? 俺はこの世界を色々探索したいんだ。目的地も遠めだし、ええと、烈空地獄? 旅行みたいでいいじゃないか。鬼神砲ガイウスとやらもお前と同じレベルだぞ?」

「いや、違う違う!? 私のレベルの7はこの武器のレベルの7と関係ないし、っていうか、武器の名前が既にパワーワード感すごいんですけど!?」


 ちなみに烈空地獄は隣の星にある絶賛大噴火中の活火山のことである。また、ゲデルモルクスはクシャミをしたときに出るハナクソが隕石となって周囲の星々まで飛来し、惑星を粉砕するなどの大災害を起こすことで知られる超危険モンスターだ。

 シロが慌ててそのことも黒羽に説明したが、彼は俄然ヤル気を出してしまってそのクエストの書類を剥がそうと前脚を伸ばすのだった。

 黒羽が前脚で書類を取ろうと伸ばしてはそれをシロが抑え込み、また黒羽が前脚を伸ばしてはシロが抑え込み……。クエストボードの前でしばらく揉み合っていると、ふと黒羽は周囲の冒険者たちの様子がおかしいことに気がついた。

 この街は中央が闘技用のリングになっており、その周りを酒場や市場、武具屋などがドーナツ型に取り囲んだつくりをしている。今は誰もが足を止めてドーナツホールのリングを見つめていた。


「どうしたのかな? なんか、みんなコワイ顔してる」

「ああ、嫌な予感がするな。これだけみんな固まってりゃさっきみたいに押し流されることもねぇ。近づいてみよう」


 再びシロは人混みを掻き分けてリング近くへ行く。人混みの一番前まで来て見てみると、だだっ広い石のリングの中央に黒い人影があった。

 頭の先から真っ黒のローブを被り、男だか女だかもよく分からないが子供のような身長であることだけは分かる。その何者かは両手に銀色に薄く光る両刃の双剣を握っていた。


「私はミルを殺しに来た。自分こそがミルやという者は10数えるうちに出てこい。さもなきゃ、この街を滅ぼす!」


 黒いローブの人物は少女だったらしい。硬く厚い壁も透けるような声に合わず物騒なことを街の真ん中で堂々言い放ち、右手の剣を頭上に掲げた。

 双剣といえばもちろん一本の手で一本の剣を握ることになる。そのため両手剣より細く短く軽く設計されるのが一般的なのだが、彼女のは両手剣と同等どころかそれよりも一回り大きいものを二本持ち、双剣にしていた。

 この街を滅ぼすと言ったのもハッタリではなかったらしい。頭上に掲げられた剣の先のあたりの景色が陽炎のように揺らめきだし、次第に、剣を振っているわけでもないのに長物が空を切るような風音が聞こえはじめた。


「10……、9……——」


 カウントが始まれば、剣の先の陽炎が透明な球のように形を持つようになった。何らかのエネルギーの塊であるに違いない。


「あ、あの技は……、まさか!」


 近くにいた冒険者の一人が双剣の少女を指差して下顎をガクガクと震わせる。


「何だ、お前何か知ってんのか?」

「ああ。ありゃ、チョールヌイだ。風を操る、烈風のミルだ! カンストより上のレベルにいるやつだぞ! バケモンだ! みんな逃げろ!」

「あ! そうだ! 言われてみりゃ、あの剣はチョールヌイのだ! 大変だ! 逃げろ! この街が消し飛ばされるぞ!!」


 チョールヌイという名は一部の者達が共通して知っていたようで、知っていた者達はその名を聞いた途端に目をひん剥き、口々に「逃げろ」と叫んでは部下や仲間達を連れて一目散に駆け出した。

 チョールヌイというらしい双剣の少女のカウントが5を数える頃には街はパニック状態。誰もが我先にと街の出口を目指して前にいる者の背中を押し合いはじめた。


「何がミルだ。そんなもん都市伝説に決まってんだろうが」


 街がパニックの最中、リングに上がる男がいた。身長は2メートル近く、大男とまではいかずとも体格も悪くはない見るからに自信家な顔をした若者だった。

 彼がリングに上がればチョールヌイのカウントも止まる。彼女は頭上の風の塊を解き、掲げていた剣で男を指した。


「お前がこの国のミルか?」

「おいおい、冗談言え。レベルってのは999で終いなんだよ。それを超えるミルなんてのはおとぎ話ってやつさ。お嬢ちゃんもなかなかの腕前らしいけどよ、こんなイタズラしてねぇでとっとと帰ん——!!」


 次の瞬間、チョールヌイの剣先から何か見えないモノが射出された。男は近距離で受けてしまい、一瞬のうちに姿を消してしまった。いや、実際にはその場で消されたのではない。消えたように錯覚するほどのスピードで吹き飛ばされていたのだ。チョールヌイの剣の指す方向へ視線をやると、男は壁に穴を開けて埋まってしまっていた。

 これで街はますます大混乱。チョールヌイに立ち向かった男はレベル999の名の知れた冒険者だったのである。


「リドーがやられたぞ! アイツは本物だ! チョールヌイだ!」

「何してんだ! 早く街から出せ! 死にたいのか!」


 これまでカンストとされていたレベル999の冒険者が、一度瞬きをして次に目を開ける頃には倒されていたのだ。想像絶するミルの能力に街中が震え上がった。

 だがしかし、あの一撃を目の当たりにしてもなお逃げる意思を見せない者達がいた。シロと黒羽である。

 チョールヌイも異様な彼らに気がつき、振り向いた。


「お前たち、なんで逃げんのじゃ?」


 まだ遠くにあるチョールヌイの小さな黒い影がこちらへ徐々に近づいてくる。


「く、黒ちゃん……」


 シロが声を震わせていた。


「俺だけで充分、というか、俺しかいないだろう。お前は逃げていいぞ」

「嫌だ」


 黒羽がリングに飛び乗るとシロは意外にもそう言った。黒羽はどういうことかとシロに振り返った。


「黒ちゃんが戦うのに、私だけ逃げるなんて、そんなの嫌だ」


 シロは震えていた。この恐怖の中ではそれを言うので精一杯だったよう。

 黒羽はチョールヌイに向き直る。


「ふん、そうか。なら、約束だ——」


 そう言うと黒羽はシロの周囲に結界を張った。


「結界の中からよく見てるんだな。お前はまず、緊張や恐怖に慣れることだ」


 そして、黒羽はチョールヌイの元へ振り返ることなく真っ直ぐに駆けていく。シロに見守られながら。

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