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そんな彼女が完全竜化したという事実はすぐに王の耳に入ることとなり、この事態に王家直属の調査団が事実確認に動き出した。
学校側と生徒、現場に居たリリアナ達の取り調べが行われ、すぐにリリアナ達が企てた計画が明るみにされた。
リリアナの友人達の証言では『リリアナが皆を先導しミアを痛めつけてやろうと計画した。お嫁に行けなくなるような辱めを受ければ、ミア自身が家名に傷がつくのを恐れて口をつぐむだろうと言うので、すこし懲らしめてやるつもりで計画に乗った』という事らしく、主犯格はリリアナであると結論付けられた。
友人達は全員魔力を封じられ暫くは実家で謹慎と言う処分が下された。主犯格のリリアナは、未遂とはいえミアに対する行為が悪質極まりないとして投獄され、裁判が始まるまで牢で過ごすこととなる。
***
半月ほど休養しすっかり落ち着いたミアは、復学の前に『リリアナに会いたい』と言い出した。どうしてあれほどまでに憎まれていたのかどうしても知りたいとミアは思ったからだ。
だがフランはそれを許可しなかった。何故かと問うと彼はこう答えた。
「彼女は収監された自分のみじめな姿を君にだけはみられたくないと思うよ。リリアナ嬢は既に実家からも絶縁されて魔力も封じられた。彼女のためを思うなら会わないほうがいい」
「そういうものなのね・・ありがとうフラン。私のこういう配慮の無さが彼女を怒らせたのかもしれないわね・・」
「・・ミアちゃんと彼女では見ているものが違うから、すれ違うのは仕方がない。
リリアナ嬢は中等部からの入学だ。何故彼女は初等部から通えなかったのだと思う?
貴族であれば誰も幼少期に魔力鑑定を受けるものだ。成長してから突然魔力持ちになることはまず無いだろう?それが何を意味するか分かるかい?」
「・・・?」
「まあミアちゃんはそんな俗っぽい話知らないか・・。魔力持ちは上位貴族からしか生まれないだろう?だが稀に平民から魔力持ちが現れることがある。そういう子の身元を調査すると、だいたい貴族の男に手籠めにされて望まない形で生まれてきた子だったりするんだ。
魔力の血を国外に流出させてはいけないから、常識ある貴族はそもそも不用意に関係を持ったりしない。もし妻以外の女が子を孕んだとあれば親として母子共々引き取って面倒を見るものなんだがね・・リリアナの父親は、女を手籠めにして捨てる情けも常識もない男だったんだろうね。
彼女が魔力を発現させ憲兵に保護された時、リリアナ嬢の母は亡くなり孤児となっていたそうだよ」
彼女が中等部からの入学なのは知っていたが、その先に特別な理由があるなんてミアは全く知らなかった。
リリアナは魔力持ちと判明してから、実の父親である貴族の家に正式に実子と認められ引き取られたという。
魔力持ちを輩出した家には多くのメリットがあるので、今まで捨て置いた子を今更ながら実子と認めたのだろう。
母と自分を捨て、役に立つとわかったら打算で引き取るような男を父と呼ばねばならなかったリリアナはどんな気持ちでいたのだろうか。
「何故彼女がミアちゃんにあれほど敵意を抱いていたかはもう予想でしかないけれどね、彼女から見ればミアちゃんは生まれついての貴族で何もかも恵まれた人間に見えたのだろうね。自分にないものをたくさん持っているミアちゃんが羨ましかったんだろう」
そうフランに言われて、ミアは自分が情けなくなった。
多すぎる魔力と、竜化する自分の身体をもてあまし、違う人生だったらと思った事など幾度もあった。
だが貴族の家に生まれ、両親もミアを持て余してはいるものの、見捨てずに親としての責務を果たしてくれている。仮にもし親に捨てられてもミアの場合は国が保護してくれるだろう。今も多くの人が魔力制御に力を貸してくれて、人間らしい生活が送れるようサポートされているのだ
そしてなにより、誰よりもミアを守り大切にしてくれるフランが常に傍にいてくれる。
彼女から見れば何もかもを持っているのにそれに気づいていないミアの存在は、リリアナからすれば憎しみの対象でしかなかったのかもしれない。
人付き合いをしてこなかったミアは、相手の立場や心情について考える機会があまりなかった。リリアナの事も少し興味を持って知ろうとすればここまで彼女が暴走することは無かったのかも、とミアは後悔した。
「リリアナさんはもう・・学校に戻れないのかしら・・私、もう一度彼女ときちんと向き合いたい。友達にはなれなくても、彼女の本当の言葉で話し合ってみたいわ」
「復学は難しいかもしれないが、当事者のミアちゃんが嘆願書を出せば考慮してくれるかもね。あんな目にあってもまだそんな事言うミアちゃんはホントお人よしだね・・そういうところも好きだけど」
そう言いながらフランは座っていたミアを抱き上げ膝に乗せた。宝物のように大切そうに髪を撫でる。ミアはくすぐったそうにしながら、嬉しそうにフランに抱きついた。
「あんなドラゴンになる私を好きって言ってくれるのはフランだけよ・・ありがとう」
「ドラゴンのミアちゃんも好きだって言ったでしょ。まあそれは俺だけじゃないけどね・・」
フランはミアを抱き返しながら呟く。
ミアを王家の花嫁にという話は今も消えてはいない。
王家の中でもミアを王族に迎え入れる事に賛成派と反対派が拮抗している状態が続いているが、王が賛成派である以上この話を無かった事にするのは難しいのが現状だ。
それに婚姻相手となる予定の王太子は、儚げで美しいミアの事を気に入っていて、制御を身に着け次第婚約するといって憚らない。
しかし彼女を制御できるのがフランだけなので、うっかり王の住まう城でドラゴンになどなってしまう危険があるうちは婚姻など不可能だとして、自分でコントロールできるようになるまではこの話自体が保留となっている。
だからミア本人は自分にそんな縁談がある事すら知らずにいる。
だが、ミアが中等部にあがりもうずっと魔力の暴走もなく制御が上手く出来ているとみなされ、再び王家との縁談を進めるべきとの声が活発になっていた。
今回の騒ぎはその声を黙らせるのに好都合だった。
あの時、ミアが連れ去られた時点でフランは感知していたが、魔力を暴走させるまであえて少し様子をみることにしたのだ。ドラゴンになるまで暴走するとは思わなかったが、王都に近い学校であれだけの被害を見せつけたおかげで、王家との婚姻話は再び白紙に戻った。
これでもう、ミアちゃんが俺以外と結婚なんて馬鹿な話が出ることはないだろう・・・。
「ミアちゃんは、俺だけのドラゴンだからね・・誰にも渡さないよ」
ミアの髪に顔を埋めながらフランがつぶやく。なんと言ったかよく聞こえなかったミアは首をかしげたが、聞き返すことはなく幸せそうにフランの胸に抱かれていた。
おわり
ここで本編は一旦完結ですが、次に別視点が少し続く予定です。
ここまで読んで下さってありがとうございました!