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ごめんなさいごめんなさいと頭を地面に擦り付けて謝罪するリリアナ達を、つまらなそうに眺めていたフランだったが、もういいとばかりに這いつくばる彼らに背を向け、ドラゴンへ向かって歩いて行った。迷いなくドラゴンに近づくフランを皆が恐ろしい物でも見るような目で見守った。
フランはドラゴンのそばまで来ると、その白銀に輝く鱗を撫でながら、ミアちゃん、と呼びかけた。
「よしよし落ち着いて、ミアちゃんを傷つけたアイツらは俺が叱っておいたからもう大丈夫だよ。怖かったね、かわいそうに」
フランが穏やかに語りかけるとドラゴンはその巨躯を震わせ、みるみるうちに小さく萎んでいった。キラキラと輝きを放ちながら白銀の鱗が空へと昇華していく。
その幻想的な光景に皆がポカンと見とれていると、フランが『あ、いけない』と言ってリリアナ達に向かって赤い煙幕を張った。
「ミアちゃん裸だからね・・ちょっと目を瞑ってて。ハバネロパウダーの煙幕はちょっと目にしみるかも」
「は?ハバネロ・・っぎゃああああ!目が!目があ!!!!ゲホゲホゲホッ」
赤い煙幕の向こうで断末魔のような悲鳴が絶え間なくあがる。うるさいのでフランは自分の周りに遮音結界を張り直し、人に戻ったミアを抱きとめ声をかける。
「ミアちゃん?大丈夫?魔力全部放出してフラフラでしょ」
意識を取り戻したミアは、みるみるその美しい瞳に涙を溜めフランに抱きついた。
「ふ、フラン~うえええん!みんなに裸見られたの!はずかしいよう~もうお嫁にいけないよう・・うええんフラン~フラン~」
「よしよし、ミアちゃん。今も裸で俺に抱きついているけどね、それは気にしないんだね。お嫁にってミアちゃんどこにお嫁にいくつもりなの?ミアちゃんは俺のお嫁さんになるんじゃなかったの?」
「フランが?お嫁にもらってくれる?こんなミアの事好き?ドラゴンだけど嫌いにならない?」
「好きだよ。もの静かなミアちゃんも好きだし、ドラゴンのミアちゃんも好きだし、こうしてデレるミアちゃんも大好きだよ」
「ミアもフラン大好き・・」
そう言ってミアは満足そうにフランの首に甘くすり寄る。フランは『あー・・』と何かを堪えるように天を仰いだ。
ミアは竜化して魔力を全放出してしまうと、感情の抑制が効かなくなりフランに甘えたり泣いたりして子どものようになってしまう。再び魔力が戻るまでは喜怒哀楽が全て表にでてしまうので元通りになるまでは人に見せられたものじゃないと、フランがつきっきりで隔離してミアのお世話をするのがセオリーとなっている。
「いつまでも裸じゃいけないからそろそろ戻ろう。あとの始末は先生方がやってくれるだろうから、ミアちゃんは魔力が戻るまで俺と部屋で過ごそうね」
フランは上着をミアに着せ掛け、抱き上げて転移魔法を展開する。移動する前に一帯を封じ込めていた結界を解き、ついでにハバネロ煙幕も引き上げておいた。
結界が消え、駆け付けた先生や魔術師がみたのは、一面の焼け野原の上でリリアナ達が涙と鼻水をダラダラ流しながら転げまわって苦しむ地獄のような光景だった。
***
ミアが何故ドラゴンになるのか、その理由を知るにはこの国の始まりから語らねばならない。
ダルトン王国。この王家の始祖はドラゴンであると言われている。
長く続く戦乱の世を終わらせるため、一人の男が天界からドラゴンの姫を娶りその力をもって太平の世を築いたと伝えられている。
ドラゴンの血を受け継ぐ王家では、かつて誰もがその身を竜化する力を持ち他国からの進撃を退けていたという。
だが代を重ねる毎にその血は薄まり、戦いのない平和な時代の訪れとともに竜化する力も失われていった。
そのかわりドラゴンの血は魔力として王家の血を引くものに発現し、王家から派生した貴族にもその力は引き継がれ他国にはない魔法の力でダルトン王国は繁栄を続けてきた。
魔力をもつ者が生まれるのは王家の血筋である上位貴族に限られるため、その数は決して多くはない。魔力を持った子どもが産まれた家は王家から祝福を受け、国から毎年褒賞金が送られる。生涯にわたり国からの支援が受けられるとあって、貴族の家で魔力持ちが産まれることはこの上ない名誉なことであった。
ミアの家系も母方が王家の血筋であった。
ミアは産まれ落ちたその瞬間から産声とともに魔力を爆発させ、驚く産婆と母を吹き飛ばしドラゴンに変化した。
まさかの先祖がえりだった。
失われたと思っていたドラゴンの復活に王家は歓喜に沸いた。
まだミアが赤子のうちから、王はドラゴンの血を王家に取り戻すためミアと息子達と結婚させると王族に対し宣言し、その誕生を誰よりも喜んだ。
しかしここで重大な問題が発生する。
竜化する力が失われて久しいこの国では、どうやってその力をコントロールするのかその制御法が誰にも分からなかった。ミアの魔力は感情の変化に影響を受けやすく、幼い頃は泣いたり怒ったりするだけで簡単にドラゴンに変化した。
幼ドラゴンとはいえ、吐く火炎は屋敷を半壊させるだけの威力を持ち、竜化している間は誰の言葉も彼女の耳に届かなくなるため、彼女の周りにいる人間は常に命の危険にさらされ、魔力を持たない両親は、実の子ながら得体のしれない存在の娘を恐れた。
ドラゴンに変化したミアを元に戻す術はただ彼女の魔力が落ち着くまで拘束魔法で抑えつけるか攻撃魔法でミアが気を失うまで痛めつけるしか方法がなく、ドラゴンから人にもどれば小さな子どもである彼女の身体は怪我を負い激しく衰弱してしまう。
ミアの力の制御法は混迷を極めていた。
こうなると竜化の力は脅威でしかなく、彼女の力を奪い僻地に幽閉するべきだと言う声と、高貴なドラゴンの血を守るべきだという意見が王家でも拮抗していた。
だがこの国の源流であり繁栄をもたらす魔力も始祖のドラゴンからの恩恵であるのに、その血を蘇らせた彼女を粗末に扱う事は許されないと、王の一声で王家直属の宮廷魔術師がミアの訓練と警護を担うこととなった。
彼女の成長とともに魔力も増幅し、竜化したときの被害は甚大だった。国の最高峰の魔術師が数人がかりでようやく暴走を止められるといった有様で、幼児でこの力ならば成人するころには国を滅ぼしかねないと魔術師達も彼女を恐れ、日を追うごとにミアの事を危険な化け物として扱うようになっていった。
そんな時に現れたフランの存在はまさに救世主であった。
フランと出会ってから、あの沼に落ちた時を最後にミアが完全竜化することはなくなっていたのだ。
沼に落ち死の危険に晒された時も、領地の森は灰と化してしまったが死者も重症人を出す事もなく、フランによって事態沈静化された。
実り豊かな森が焼けたことは、領主であるミアの父には大問題で領地の収入がまた減るとミアを責めたが、魔術師のミスであるからとフランの父が国に掛け合ってくれてその分は宮廷から補填された。
おかげでミアの父の溜飲も下がり、魔力の安定とともに彼女との関係も少しずつ改善していった。
ちなみにミアを追いかけまわした悪ガキどもは、髪が焼けすっかり禿げてしまったが大きな怪我もなく頭髪を失っただけで済んだ。
フランのおかげで、今まででは考えられないほど被害は小規模で済んだのだ。
彼がいればミアの魔力は制御が可能になり、実際魔法学校に入学してから一度も竜化していないのはもちろん、大きく魔力を暴走させた事もなかったのだ。