婚姻の証
いつもの時間より遅くなってすみません。
予約投稿するのをうっかりすっかり忘れていました。
魔力がある状態では感情を表に出すことが出来なかったミアが涙を流す様子を見て、エリックが驚きの声を上げた。
ハラハラと、ミアの美しい瞳から涙がこぼれる。その姿を王と王太子も驚きの表情で呆然と見ていたが、人払いしてあるはずの部屋の向こう側で何か揉めるような声が聞こえてきた。
エリックが『あの、馬鹿……!』とつぶやき王にこう告げた。
「申し訳ありません、陛下。愚息がドアの前で入室を求め騎士と揉めているようです。陛下のお声掛けを待たず、このように押しかけるのは非常に不敬であると承知しておりますが、息子は、アッシュが隷属魔法をかけ、それが返される瞬間を目撃した当事者でもあります。どうかこの場に呼ぶ許可を」
「よい、許す」
王の小さな声であったにも関わらず、外の騎士の耳に届いたようで、閉ざされていたドアが外から開けられた。そこにはフランだけでなくリリアナも一緒に立っていて、並び立つその姿に再びミアの心はずきんと痛んだ。
「失礼いたします。陛下、フラン・アシュフォードと申します。こちらは師団で潜入捜査員をしているリリアナです。昨日の件で、どうしても申し上げたきことがございます。発言をお許しください」
「いいだろう、ワシもお前に聞きたいことがある」
フランは隷属魔法の契約が術者のアッシュに返され、その呪詛でアッシュが右目を失ったこと、そしてその後、この隷属魔法を授けたのは王太子だとアッシュ本人の口から告げられたと説明した。
すでにその件に関してエリック達は聞き及んでいるので新たな驚きはなかったが、やはり隷属魔法は完了していたようだとフランの話で結論づけられた。
ミアは呪詛を受け入れる言葉を口にし、形式どおりお互いの血を交わしていた。
にも関わらず、何故か呪詛はミアに吸収されなかった。そのくだりを話すと王も訝しげに眉を顰めている。
「アッシュは何故術が返されたのか分からないと言っていました。まさかと思いますが、王太子殿下がそうなるよう最初から間違った術を教えていたのでしょうか?それともまた別な理由があるのでしょうか」
「そんなことはしていない。隷属魔法は一つ間違えば命を奪う危険な呪いだ。おかしな変更を加えてはミア嬢を危険に晒すことになる」
王太子は、誓ってそのような真似はしていないと主張し、王は顎をさすりながら考え込んでいる。
王が沈黙しているので、誰も口を開かず黙って言葉を待つ。
「……まず呪詛が間違っていたならば、そもそも術が成立せぬ。呪詛を受け入れる言葉を口にし、お互いの血を口にするところまで至ったのなら、間違いなく契約は成立しているはずなのだ。そこまで至ってから呪詛が戻されることは不自然だ」
ならば、何故なのかとあの時の光景をもう一度思い返していると、王がためらいをみせながら言葉を続けた。
「だが、もし……ミアがすでに誰かと隷属契約を交わしていたとしたら、そのような現象が起きるかもしれない。新しい隷属契約の呪詛がその身に入って来たとしても、すでに誰かの隷属となっていたのならそれが成立することはない。まさかと思うがその可能性が高い。
ミア嬢、嘘偽りなく答えて欲しい。君はかつて誰かと隷属契約のようなものを交わした記憶は無いか?覚えが無いと言うのなら、忘却するよう契約者に暗示をかけられていることも有る。……だがなあ……」
そこで一旦言葉を切った王を、ミアは臆することなく正面から見据える。
王とこれほど近くで言葉をかわすことなど初めての経験だが、溢れ出る王威にどこか懐かしいものを感じて、不思議な気持ちになる。
王はそんなミアにふと微笑みかけ、言葉を続ける。
「呪詛はミア嬢の中に無いように見えるが……巧みに隠されているのか?ミア、呪詛を受けた記憶がなくとも、契約をした相手とは必ずつながりが出来る筈だ。遠く離れていても相手の魔力を感じることが出来る。契約していればそういう相手が必ずいるはずなんだ。身に覚えがないだろうか?」
「「それって……」」
王の問いかけにミアとフランが思わず同じ言葉をつぶやいてしまう。つい顔を見合わせてしまう二人の様子をみてエリックが憤怒で顔を紅潮させながら声をあげる。
「フッ、フランッ!お前か?!まさかお前なのか?!なッ、なんてことを!お前いつの間に!」
「違います!落ち着いてください父さん!ミアちゃんに呪詛の気配が少しでもありましたか?かつてサミュエル・フェラーに粗悪品の術をかけられそうになった時も隅々まで調べましたし、昨日も俺が呪詛の残滓がないか隈なく調べ、念のため呪詛の浄化魔法をかけています。父さんなら分かるでしょう?ミアちゃんに呪詛なんて微塵も感じられない」
そう言われてエリックは先ほどミアの話を聞いた時点で、自分もミアに呪詛が残っていないかチェックした事を思いだした。その時に、少しの見逃しも無いように色々な方法で呪詛の残滓が無いか確認していた。
フランがやらかしたわけではないと分かってホッと息をつく。
「俺とミアちゃんに不思議なつながりがあるのは事実です。どちらかと言うとミアちゃんの身に異変が起きた場合、同じ痛みが俺の身にも感じられます。ですが、誓って隷属契約などミアちゃんにかけたことなどありません。そもそも俺が王家の秘術を知ることなど出来はしません」
フランは身の潔白を主張し王を振り向くが、王はミアの目をじっと見据えたまま動かない。
ミアは体の周りをまとわりつくような力を感じて身を竦ませる。王が魔力を使って、なにか探知魔法をミアにかけているようだった。
部屋中に王の力が充満し、フランやエリックは息苦しいようでゼイゼイと息が荒くなり、ついに耐えかねたのか、自分に保護魔法をかけた。
王太子ですら苦しそうに肩で息をしているが、ミアは体がざわざわするだけで苦しさは感じなかった。そんなミアを眺めて、王は少しだけ口角を上げた。
「ミアの魔力は懐かしい感じがするな……昔の王族はミアのような、ドラゴンの血を感じさせる魔力をしていた……」
少し遠い目をして、王が呟く。ミアも何か王の中にある何かに、懐かしさを感じていた。始祖のドラゴンの血がそうさせるのだろうか。
王は長い時間をかけ、何かを調べていたが、突然ガクッとうなだれたので、何事かと皆がギョッとして王を注視する。
王は先ほどまでの顔とは違い、これ以上ないほど顔をしかめて、うなだれたまま絞り出すような声で衝撃の言葉を口にした。
「……隷属契約ではないことは確認できたが……ミア嬢の中にあるのは……古い伝承にある、祖先とドラゴンとの婚姻の証にみえる」
「は……?婚姻?陛下、それはどういう……」
皆が王の言葉を理解できず言葉に詰まるなか、かろうじてエリックが問い返す。
「王だけが閲覧できる、始祖に関する書物がある。王家の始祖となる男が、ドラゴンの姫を娶ったという話は今ではおとぎ話のように思われているが、あれは純然たる事実なのだ。
天界の者であったドラゴンの姫を人間界に繋ぎ止めるために、我らの祖先が姫と命をつないだ儀式が、ドラゴンの血を用いておこなう『婚姻の儀』という術だった。
今の、術式を書いて発動させる魔術とは違い、お互いの血を交換し、生涯を共に生きると誓いを立て、命を分けあう。故に、どちらか一方が死ねばもう一人も死ぬという制約がかかっている。ワシも実際に目にするのはこれが初めてだから確実なことは言えないが……ミア、おぬしの中にソレがあるように見える」
「そ、それとは……?陛下、まさか……」
「婚姻の儀の証があるといっておるのだ。ミア嬢は既に誰かと儀式をおこなっている。魂のつがいがいるということだ」