秘密
「ミアくんっ!無事で良かったっ!」
魔法学校でミア捜索の指揮をとっていたエリックが『ミアを保護した』との一報を受け、ミア達の居る国境の街に夜通し駆けてたどり着いたのは翌日の早朝だった。
疲労困憊の部下たちを置いて、エリックはノックも忘れミアの部屋へ飛び込み無事な姿をみとめると声をあげ抱きしめた。
「え、エリックおじ様っ。苦しいですっ」
「す、すまない。ああ、ミアくん、よく無事で……正直所在が全くつかめずどうしようもなかった。学校の内部にあれほど組織の手が入り込んでいたなんて……我々師団のミスだ。申し訳ない」
エリックはあれから師団の総力をあげて四方八方手を尽くしミアの行方を捜したが、分かったのは、ミアは既に国境を越えているということだけだった。
師団が隣国に入国するためには、捜査の許可を隣国からとらねばならないので時間がかかりすぎる。
潜入が得意な団員が密入国するかと議論を重ねたが、ミアが隣国でどこに連れて行かれたのか全く分かっておらず、暗中模索のまま乗り込むのは得策ではない、やみくもにのりこむのではなく情報収集を優先すべきだと意見はまとまらず無駄に時間だけが過ぎていた。
そんな時、ミア保護の一報が飛び込んできて、エリックは矢も盾もたまらず転移魔法と馬を乗りついで国境近くの街まで駆けつけてきたのだった。
「アッシュが君を敵のアジトから救出した、とだけ報告を受けただけだから詳しい話を聞かせてほしい。ああ、昨日もう一通り話してくれたようなので二度手間で申し訳ないが、直接ミア君から聞かせてほしいんだ。そうだ、一緒にアッシュにも話を―――」
「お、おじ様!あのっアッシュさんは今牢に入れられていてっ。昨日の夜、色々あって」
「……は?」
エリックはまだアッシュの事をまだ何も聞かされていないらしい。ミアはエリックに昨日の呪詛の件を説明しようと口を開きかけたが、扉の近くにいる師団員をチラリと見て声をひそめた。
「人払いをお願いします。お話しなければいけないことが」
ミアの様子から何かあったことを察知したエリックはすぐに師団員を全て退出させ、遮音魔法を室内に張り巡らせた。
ミアをソファに座らせ自分も隣に腰掛ける。緊張した様子のミアにエリックは心配げに背中をさする。
「何があった?震えているじゃないか。不安ならフランもこの場に呼ぼう。アイツもここに居るはずだが?」
「いえっ!呼ばないでください!……昨日、アッシュさんは私に対する暴行で逮捕されています。ですが事実はもっと深刻です。アッシュさんは私に隷属の呪詛をかけてきました。私はアッシュさんがそんな事を考えているとは思ってもみなくて……呪詛を書き込まれた上で、不用意にも『是』と口にしてしまい、契約は成されてしまったと思います。ですが……」
「はあああ?!呪詛っ?!あっ、すまん、それで?!じゅ、呪詛は?」
「私は気を失ってしまってその瞬間はみていないのですが、異変に気が付いたフランが駆けつけてくれて、私に刻まれた呪詛がアッシュさんに返されるのをみたそうです。契約の条件は満たしていたはずなのに失敗した理由はよく分かりません。呪詛が不完全だったのか、フランはアッシュさんから何か話をきいているかもしれませんが、詳しくはわかりません」
「なんてことだ……。アッシュが……」
アッシュの話は衝撃だったらしくエリックは呆然としていたが、すぐに隷属の契約が本当に成されていないのか、呪詛の残滓はないのかをチェックし始めた。
確認し終わるとようやく冷静になったようで、ミアの誘拐から救出に至るまでの経緯を詳しく聞いてきた。気絶してしまうまでの記憶にあるかぎり全てを話すと、エリックは顎をさすりながら長いこと考え込んでいた。
「アッシュをミア君の護衛に推してきたのは、王太子殿下だ。サミュエル・フェラーの息子だと聞いて最初は断ったんだ。
だがアッシュは才能に恵まれ将来有望を言われていたのに、あの父親のせいで魔術師の仕事に就くことはおろか、住んでいた家も追われ、母親と二人隠れるように生きるしかなかった。家名を捨てて母親とも他人になることでようやく生きる術を得ることが出来た彼が、ミア君を害するような事は絶対にない、どうかアッシュに生き直す機会を与えてやって欲しいと、最終的には殿下直々に説得に私の元にいらしてな……。
私はアッシュと何度も話して、彼はミア君に自分は恨まれているんじゃないかと言っていてね、ミア君はそんなサミュエルの息子だからと言って恨むような人間じゃないと言ったが、憎まれないわけがないと思い込んでいたから、ミア君と一緒の時間を過ごすことで君の人となりを知ればわかるだろうと思って彼を護衛に選んだんだ。
そのアッシュがどうしてこんな暴挙に出たのか……考えていたんだが、そもそも隷属の契約魔法は直系の王家にだけ伝えられている秘伝なんだ。サミュエルは宮廷魔術師団で王宮に居た頃、前王が崩御される前に秘伝を継承する儀式が行われたから、その際に何らかの方法で王の術を覗き見て盗んだのではないかと言われている。
アッシュは、サミュエルが死んだ頃は魔法学校の寮に居たし、父親から術を教えられたとは考えにくい。そもそも父親とはずっと疎遠で別居していた。そう考えると……」
エリックはそこで言葉を切る。それ以上口にしなくとも先に続く言葉はミアにも分かった。
隷属魔法の出どころは、王家である可能性が高い。アッシュが何らかの方法で王家から盗み取った可能性も無くはないが、王太子がアッシュを無理に推薦してきた事を考えると王太子から教えられた可能性の方が高い。
だったら何故、王太子は隷属魔法をアッシュに教えるのか。
疑問は尽きないが、そもそも門外不出の隷属魔法を一介の魔術師が使ったことがすでに不自然で重大な問題なのだ。隷属魔法の方法が皆に知られてしまえば国がひっくり返るような事態に陥ってしまうだろう。大変なことになったと恐怖で震えていると、黙っていたエリックがソファから立ち上がる。
「王都に戻ろうミア君。王に直接この話を申し上げる。君を攫った組織のことばかりに気を取られていたが、君を狙って動き出した輩が国内にもいるということだ」
とんぼ返りになってしまうが、もう誰が敵か味方が分からないと言ってエリックはこのままミアを連れて行くと言った。
「フランはどうしたんだ?ミア君がここにいるのにアイツはどこにいったんだ。フランも護衛に連れて行こう。すぐに馬を準備するから」
「いえっ!フランは、リリアナさんといるので……あの、護衛は別の方に頼んじゃダメですか?」
「? ミア君、フランと何かあったのか?アイツがミア君のそばにいない時点でおかしいとは思ったが、どうかしたのか?」
「なんにもないです。ただもうフランも将来を決めなきゃいけない頃ですし、私の制御役を続けられないだろうから……今までフランに依存しすぎていたから、私も自立しないといけないと思っただけです」
「ふむ。まあアイツもミア君の制御役をやっているだけじゃダメだとようやく理解してきたようだからな。ミア君もよく決意したね。だけど依存しているのはミア君よりもフランのほうだけどな」
「え?いまなんて」
エリックの言葉が最後のほう聞き取れなかったミアは聞き返そうとしたが、その時魔術でふさいでいた扉が激しく叩かれる音が響いた。
「アシュフォード隊長!大変です!ここを開けてください!」
切羽詰まった隊員の声が聞こえ、エリックは室内にかけていた術を解いて扉を開ける。
「どうした?何が起きた?」
「どうしたもこうしたも……とにかく階下にお越しください!へっ、陛下と王太子殿下がここにおいでになっております!」
「なんだと?!」
まさかの事態にエリックも慌てて階下に降りていく。ミアも後ろについて行くと、建屋の簡素な造りの入口に人がひしめいていて、煌びやかな鎧に身を包んだ騎士が壁を作るように立哨している。その壁の向こうに、この国の最高指導者である王と次王にあたる王太子が立っていて、有りえない光景にエリックは頭痛がする思いだった。
王はエリックと、その後ろに居るミアをみとめると、人々をどかせてずかずかと歩み寄ってきた。
「へ、陛下。なぜ、こんな僻地に」
「我が国の宝が奪われかけたのだ。無事に保護されたと聞いて、この目で直接無事を確認しにきたのだ。それに、此奴がな……何かこそこそしていると思ってはいたが、良からぬ悪巧みをしていたようでな」
此奴と呼ばれた王太子が気まずそうに下を向く。随分と顔色が悪い。王はそんな息子の様子をあきれたように一瞥するとエリックに向かってこう告げた。
「ミア嬢と話をしなければならない。エリック、至急部屋を用意せよ」