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ひとつの仮説



***







ふわふわと柔らかい綿の上でまどろんでいるようだ。


身体がバターのようにとろとろと溶けてしまって力が入らない。

自分が自分でないような不思議な感覚に囚われて、自分が誰なのかすら忘れてしまいそうだ。



(気持ちがいい)


ミアはぼんやりと、自分がどうなっているのだろうと考えるが頭に霞がかかっているようで考えがまとまらない。瞼を持ち上げることも出来ず夢と現を揺蕩っていると、どこかで誰かが話している声が聞こえた。



「本当に大丈夫なんだろうな?薬の効果はあとどれくらい持つんだ?途中で目を覚まして竜化でもされたら我々も無事では済まないぞ」


「はっきりとは分かりませんよ。なんせ本人で試す機会がほとんどなかったんですしね。ですが目を覚ましてもしばらくは薬で酩酊状態でしょうからすぐに竜化したりはしないでしょう。とはいえそろそろ彼女がいないことにアチラも気が付く頃でしょうからとにかく急ぎませんと」



会話している声が聞こえるが、ミアは頭がぼんやりして内容を理解することが出来ない。手足を動かす事も出来ず、ただ聞こえてくる言葉にだけ耳を傾けた。



「早く隷属の契約を成さねば、コレもただの爆弾だ。果たして上手くいくのか……」


「完成させた契約の呪詛は何度も試して、成功することは分かっていますが、これもまたミア本人に試してみるまで成立するか分かりません。薬で意識が朦朧としているときに呪詛を受け入れる『是』と言わせられるか、これも試してみるしかありません。

もし呪詛が無効であっても、それならば薬漬けにして飼殺せばよいのです。ドラゴンの稀血はどのようにも使い道があるはずです。それに、中毒死する前に急げば二、三人は子を産めるでしょう。これも当初の計画通りドラゴンの血を研究する目的は成されます。この娘を手に入れるという、この長期にわたる作戦がようやく実を結んだのですからまずはそれを喜びましょう」



ゴトゴトと荷馬車が揺れる音が響く中、男達がボソボソと話す声を聞きながらミアはようやく自分が今馬車に乗せられどこかへ運ばれていると知覚出来た。


(薬……体が動かないのは薬のせい?この人たちは……誰……?)


起きなければ、と力を込めるが身体が言う事を聞かない。何度も起き上がろうと試みるとようやくピクリ、と指先だけがわずかに動いた。

その瞬間ザザッと男達が動く音が聞こえ、誰かがミアの身体に触れ瞼を持ち上げた。相手の顔がぼんやりとだがミアの目に映る。


「起きたか?」


「いえ、まだ朦朧としています。ですが少し薬が切れてきたかもしれません。薬を追加しておきましょう」


頭を持ち上げられる感覚がして指で口を開かれる。開いた口からゆっくりと何か甘い液体を流し込まれ嚥下してしまう。



一瞬だけ男の顔が見えて、ミアはまとまらない思考で記憶を手繰ったが、すぐにミアの意識は再び微睡の中に沈んでいった。





***





フランの父エリックが、魔法学校で起きた中毒事件の報告を受けた時には、事件発生からすでに日付をまたいでいた。


犯罪組織を追うため、中央の魔術師団本部を離れていたので情報の伝達が遅れたのだった。




エリックの元に魔法学校で起きた事件の報告は、魔法学校で混入された薬物が、現在エリック達が摘発に力を入れている麻薬の可能性があるから確認に来てほしいという内容だった。

魔法電信で折り返し詳しい情報を求めるが、とにかく早く来てほしいと短い返事が来ただけだった。


現場は混乱しているらしく、エリックは錯綜する情報をまとめながら、急いで魔法学校へと駆け付けた時には既に夜が明けていた。


そのためこの場に駆け付けたのはエリックと師団の数名だけだった。

フランは別の作戦に出ていたので、学校で事件が起きたことすらまだ知らない。






エリックが到着した時は、すでにほとんどの教師、生徒に至るまで聴取が行われた後だったが、ミアの消息は杳として知れず捜索は完全に行き詰っていた。



エリックがようやく全ての状況を把握した時には、丸一日以上経過しており、ミアの身に何が起きたのかわからないまま無為に時間だけが過ぎていた。




「ミア君の行方はまだ掴めないのか。あの薬が使われたのならば必ず隣国が絡んでいるはずだ。国境沿いに可能な限り兵を配置して、出国しようとする者を押さえるか……」


「アシュフォード隊長、すでに丸一日が経過してしまっています。隣国に向かったのならばもう手遅れではないでしょうか。攪乱のため第三国を経由されてしまえば足取りを追う事は不可能です。あの麻薬が使われたというだけで隣国が絡んでいるという確証もないのです、まずは敵の正体を掴むことを優先しましょう」


ミアが誘拐されたと分かってから、いつもの冷静さを欠いた様子のエリックを息子のベンジャミンが抑える。


ベンジャミンのいうことはもっともで、今更手当たり次第に行方を追っても無駄足になるだけだ。ミアを助けるどころか、行方が分かるのもいつになるのかと、エリックに焦りの色が浮かぶ。


そこへミアの制御役を務めていたランスとハミングがエリックの元へ駆けつけてきた。


「アシュフォード隊長、ご報告したい事が」


「……なんだ。ミア君の行方に繋がる話か?そうでないのなら後にしろ」


ミアが誘拐されたことは、制御役兼護衛役のランスの失態でもある。エリックはランスに対する苛立ちを隠すことなく応じる。


「此度の件、まことに申し訳もありません。ご報告したいことは、今回使われた薬物についてです。以前から、ミア君に薬についての調査をしていましたが、それに関してはご報告申し上げたとおり彼女にあらゆる薬の効果がないとハッキリしています。内面に作用する魔術に対しても同じで、催眠や魅了だけでなく、治癒魔法すら彼女には効きません。

それゆえ、物理的な攻撃を避けることを重点的に考え、薬物に関しては油断があったことは否めません」


「お前は言いわけをしにきたのか?そういうのは始末書で出せ!」


「最後まで聞いてください、ですから本来ミア君がおいそれと誘拐されるはずがないのです。

先日ブリジットという女生徒の部屋へミア君が訪れた後、著しく体調を崩して倒れてしまいました。今回、薬を摂取してしまった人々のように眩暈や意識の混濁が見られ、二、三時間で元に戻ったのですが、何か薬を盛られたとしか思えない症状でした。

その後アッシュの調べで、ブリジット嬢の様子や言動の不自然さが最近顕著にみられると言う証言を得て、何かしらの薬物を常用しているのではないかと言っていた矢先での、中毒事件とミア君の誘拐です。

もしかするとブリジット嬢が、違法薬物がミア殿に作用するのか調べるために摂取させたのではないでしょうか?今回使われた薬物が、ミア君にも効くのであれば……薬で意識を奪い拉致した可能性があります」


「ミア君に薬や毒は効果がないと報告書をあげてきたのはお前だろう。その薬物だけが例外的に効くとでもいうのか?ミア君をどうやって拉致したかは分からないが、学校の警備やお前たち護衛が機能していなかった状態では、皆に危害を加えると脅して連れて行く事も不可能ではない」


エリックはランスの意見に懐疑的だったが、そこでハミングが口を開いた。


「す、すみません……あ、あくまで一つの仮説ですが、ミ、ミミ、ミアさんは自己治癒力が異常に高いんです。だ、だから薬や毒は効かないんじゃなくて、効果を発揮するよりも早く分解、代謝されるのかもしれないのではないかと。私がおこなった薬の調査は、ミアさんの健康を考えてほんの少量ずつしか試していません。ゆえにミアさんに薬は効果がないと今回報告には出しましたが、もし大量に摂取すれば違った結果が出たのではないかと私は考えています。今回使われた麻薬は少量で人を酩酊させ長時間効果が続くものだと聞きました。

そう仮定した場合、代謝されにくい物質で、効果が持続する強い薬だったら効果を得られるのではないでしょうか?」


確かにミアは人間では考えられない速さで傷が治るのをエリックも目の当たりにしている。ハミングの仮説は説得力があった。




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