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王都にて3






世間知らずの貴族の娘を演じていた女は、ミアの竜化事件で投獄されていたリリアナだった。


あの事件の後、リリアナは父親から正式に家から除名されていた。

彼女の消息を気に掛ける者は居なくなり、リリアナという少女の存在はひっそりとこの国から消去された。現在、あらゆる書類上でも彼女の名前は全て消されており、初めからリリアナと言う人間は存在していなかったようになっている。


この世から消された存在のリリアナを引き取ったのが、フランの父エリックであった。

リリアナを潜入捜査員として雇うと言って、フランが知らされた時にはエリックは既にリリアナの身元引受人になっていた。

フランはリリアナのような腐った心映えの人間が改心することなど無いと散々エリックとぶつかったのだが、これは決定事項だと言われ行動を共にする羽目になってしまっている。


捜査員と名はついているが、このような囮に使われる人間は皆平民であったり何かしらの罪を犯した罪人であったりと多種多様な経歴を持っている。民間人で師団の協力者になっている者もいるが、ほとんどが司法取引の結果魔法師団の駒になった人間ばかりだ。

そう言う人々は、もし作戦の途中で命を落としたとしても存在しない人間として無縁墓地に放り込まれるだけの捨て駒である。

リリアナもそれを承知の上でエリックに雇われることを決めた。


まだ成人もしていない、特別成績も優秀ではなかったようなリリアナに何が出来るのかとフランは思っていたが、実際囮作戦で『世間知らずで無鉄砲な令嬢』という設定で彼女を街に出してみれば、まんまと容疑者を吊り上げて、しかもこの短い期間で男をすっかり虜にしていた。





あのジェフリーと言う男は王都で輸入雑貨を扱う商人だった。


だが行方不明になった女の身辺を洗うと、失踪前に皆揃って最近知り合いになった男が居たと言う証言が出ていた。髪の色や目の色は違えど、体格や歳の頃はジェフリーと一致する。彼は以前から表の商売と別にアンダーグラウンドとの繋がりを疑われていた人物で魔法師団が以前から目を付けていた人物だった。


師団の人間が張り込みを続けジェフリーと人身売買組織とのつながりを探ったが、慎重な男はなかなか尻尾を出さず、男が組織の人間だと言う確証もないため捜査は行き詰っていた。


現状打開のため宮廷魔術師団からフランの父がこの捜査に加わる事になり、休学して父の元へ来たフランも師団の捜査官に引きあわされた。その場でフランは潜入捜査を担当する者だといきなりリリアナを紹介され、怒りと混乱で言葉に詰まっているうちに『彼女と組んで作戦に当たれ』と命令されてしまった。


ミアを陥れて辱めたあの悪魔のような女が何故ここにいるのかと、こんな奴と組むなんて無理だとフランは激怒したが、エリックは意にも介さず『彼女は優秀な人材だ、もう私と契約をしているのだからお前が口出しする権利はないし、上官である私の指示に口答えは許さん』と一蹴した。

師団の中では完全に下っ端として扱われているフランに上官であるエリックの命に逆らう事など出来ようもなく、王都に来てからずっとフランのストレスは溜まる一方だった。








「相変わらず人を誑かすのが上手いな。それは何か魅了の魔術でも使っているのか?・・お前のような危険な人間を野放しにしておく父の考えが理解できない」


「はあ?あれが魔法だと思ってんですか?単なる話術でしょ?ああいう女を嘗めてる男は単純なんですよ。アイツはちょっと生意気だけど庇護欲をかきたてるようなひ弱な女を支配するのが大好きなんだろうなあって思ったから、私はただアイツが好みそうなタイプを演じただけ。

それにアイツは私を世間知らずだと思っていたから何も分からないだろうとぺらぺら喋ってくれたから仕事がやりやすかったわ。どう?私、使える人間じゃないです?エリック様はさすが見る目があるわー」


「ふざけるな。所詮お前は名前を無くしたただの駒だ。もし今俺がお前を殺したとしても罪に問われる事は無いんだぞ、お前はすでに居ない人間だからな」


フランがそういって魔力で圧をかけるとリリアナは『はぁい』と言ってサッと部屋から出て行った。人を食ったような顔で平然としているリリアナに、フランは苛立ちを抑えきれず近くに会った椅子を蹴り飛ばした。



「本当に、父さんは何を考えているんだ・・」







***



諜報部の置かれている魔法師団の屋舎に戻ると、別の部隊も既に戻ってきておりエリックに報告をしていた。


「アジトは既にもぬけの殻でした。ただ、部屋には誰かを監禁していたと思しき痕跡と食べかけの食事が残っていました。恐らく数時間前まではあそこに居たような雰囲気でした。突入作戦が漏れていたとしか思えません」


どうやら本丸の作戦は失敗に終わったようだった。ジェフリーの逮捕で、取り逃がした仲間が早馬を出したとしても知らせがアジトに間に合うはずがない。

どうしてそれを知ることが出来たのだろうかと不思議に思いながらフランも報告を述べた。


「アシュフォード隊長、こちらの作戦は滞りなくすみました。ジェフリーはやはり組織の一味でした。あの男が目的の女性に近づいて連れて行く役目だったと証言も取れています」


「フラン、ご苦労だったな。アジトの摘発が失敗し、ジェフリーの方が成功したか・・用心深くて組織とのつながりを全く見せなかった男があっさりとバラしてしまうなんてなあ。見事な手腕だったなリリアナ」


エリックは後ろを振り返りながら言う。そこには先に戻ったリリアナが椅子に座り菓子をほおばっていた。テーブルには王都で有名な菓子店のカラフルなカップケーキやチョコレート、キャンディなど所狭しと並んでいる。


「んふふ。私の手柄だからってエリック様がご褒美にお菓子をくれたんですよ、フラン先輩も食べます?」


ビキビキッとフランの額に青筋が浮かぶ。

素知らぬ顔で色とりどりの菓子を摘まむリリアナと今にもきれそうなフランを見てエリックがため息をつく。


「フラン、何度も言ったようにこれは仕事だ。どんな相手とでも割り切って冷静に対応するようにと言っただろう。お前の個人的感情のせいで作戦が失敗したらどうするつもりだ。人質の命がかかっているんだぞ」


「作戦は滞りなく終了しましたし、私情を挟んだりした覚えはありません。アシュフォード隊長こそ仕事にかこつけて年端もいかない若い娘を自分の手元に置いて餌付けなどして、ロリコンの不倫男という噂になっていますよ」


「はっ?!い、いや待てその手には乗らない、フランは私を挑発するのが上手いからな・・私はともかく、根拠のない話で女性を傷つけるような発言は止めなさい。あと、いつも通り父さんでいいから。お前に『アシュフォード隊長』とか言われると気持ち悪い」


「はあ、了解しました。それでは報告は以上ですので失礼します・・アシュフォード隊長」


「だから!嫌味っぽいんだよお前は!」


近くで二人のやり取りを聞いていた他の隊員が『ぶっ』と笑いが堪えきれず噴き出した。


この親子は諜報部に来てからずっと一事が万事この調子であった。隊員達はもうこれはいつもの親子漫才だと思っている。


フランが退出しようとするとドアが開いて隊服の男が入室してきた。


「兄さん」


入って来た男にフランが声をかける。がっしりとした体躯の短髪の男はフランの兄、アシュフォード家の次兄であるベンジャミンだった。彼は魔法師団に勤めており、組織の摘発を行う作戦にも参加していた。


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