魔法学校にて6
翌日、ミアは朝から寮の門が見える位置で独り佇んでいた。出入り口で待ち構えていたら目立つのでサラに迷惑がかかるだろうと思い、皆の目に留まりにくい位置で彼女を待つ事にしたのだった。
(まずは昨日の事を謝ろう。そして話をするための時間を作って欲しいと頼もう。でもとても緊張するわ・・)
生徒たちがまばらに門をくぐり始めた頃、サラとおぼしき少女が寮から歩いてくるのが見えた。声をかけようと足を踏み出した時、サラの元へ女生徒が駆け寄った。
それはミアに『サラに付きまとわないで』と言ったブリジットだった。
(一気に声をかけにくくなったわ・・どうしよう)
ためらって二人の様子をみていると、どうも二人は揉めているようだった。ブリジットがサラの腕をつかんで引き留めていたが、それをサラは乱暴に振り払っている。今ミアが出て行ったら碌なことにならないだろう。昼休みか、放課後にまた出直そうと思い戻りかけた時、ブリジットと目が合ってしまった。
(あっ・・まずい・・)
ブリジットが『あっ!』と声を上げるとサラもミアに気が付いたらしくこちらを見た。
ミアに気がついたサラがこちらに向かってくる。ここで逃げるわけにもいかないと、ミアも恐る恐る二人の元へ近づいて行く。
「ちょっと!何の用?!やだもうこっち来ないで!サラ!もうアレに近寄っちゃダメだって言ってるのに!」
ブリジットがサラの腕をぐいぐいと引っ張るが、サラはそれを無視してミアに近づいてくる。行かせまいとブリジットが叫んでサラの服を握りしめているので、彼女の服がぐちゃぐちゃになってしまっている。
(どう考えても今はダメなタイミングだったわ・・!とにかく昨日の事を謝って、話はまた今度にしよう!そしてすぐ帰ろう!)
「サラさん、昨日はごめ・・「ごめん!ミア!」」
ミアが謝るタイミングでサラの声が重なった。サラは腰を直角に曲げ頭を下げている。そのため図らずも彼女の腰にしがみついているポカン顔のブリジットと目が合ってしまった。
「ええと、サラさん・・昨日の事なんだけど、わたし謝りたくて・・」
「ごめん、昨日のは私が悪かった。ミアに友達やめたいって言われたような気がして動揺しちゃって酷いこと言った。ミアが私にそう言わなきゃいけなかったのは私のせいなのに。ブリジット、いい加減もう離れてくれない?私はアンタの所有物じゃないんだから、私が誰と一緒に居ようと関係ないでしょ?」
「サラ!!なんでそんな酷い事言うの?小さい時からずっと私だけがサラの親友だったじゃない!そんな問題児と関わっているとサラの株も下がるよ!私はサラのために言っているのに!」
「だからさ・・病弱だったブリジットの面倒見てあげてって叔母様に言われてずっとお世話してたけどさ・・私の交友関係にまで口出すのは違うんじゃない?私はミアと話をして自分で友達になりたいって思ったから一緒にいるんだよ。株とかホントどうでもいい。そういうの好きじゃない」
サラが呆れたようにブリジットを見下ろす。ブリジットは言われた言葉が納得いかないのか『何で!なんで!』と言って振り払われてもサラの服を掴んで離さない。
(全く口をはさむ余地が無いわ・・私ここに居ていいのかしら・・)
蚊帳の外にいたミアだったが、サラにしがみついていたブリジットがギッとミアを睨んでこちらに向かってきた。
「だからサラに近づかないでって言ったのに!アンタと関わるとみんなおかしくなるって、噂通りじゃない!アンタと話すようになってからサラは人が変わったみたいに私に冷たくなった!サラを手懐けてどうするつもりよ!何をたくらんでるのよ!」
「ブリジット!!!」
ぱあん!と頬を張る高い音が響いた。
サラに頬を叩かれたと気が付いたブリジットは驚いて一瞬呆然としたが、みるみる涙があふれて声を上げて泣き出した。
「何度も言うけど、噂とか不確かなもので私の友達を傷つけるなら許さないから。アンタのほうがよっぽどおかしいよ・・アンタの言う友達って私には理解できないし、ブリジットの望むようなアンタにだけ忠実で優しい友達になんてなれない」
サラが苦しそうに言うと、ブリジットは何かを言おうとしたが結局何も言わず走って寮に戻って行ってしまった。
(何も、出来なかった・・)
ブリジットが言うとおり、確かに人と関われば必ずおかしなトラブルになっている気がする。
それでもサラはミアを『友達』と言ってかばってくれた。今まで自分を友達だと言ってくれたのはフランだけだ。それがなにより嬉しくて、有難くて、ミアはブリジットに非難された事をしばし忘れ感動に浸った。
例によって表情には出ないので傍から見ればただつまらなそうにサラとブリジットのケンカを傍観していたような構図になっていただろうが。
「ミア・・ブリジットがごめん・・彼女はね、昔から人への依頼心が強くてあんな感じで我儘な子でさ・・親戚同士で歳も近いからって、小さい時から私が面倒見るように言われていて、なんだかこの歳までずるずるお世話してきちゃったんだけど、私が他の子と仲良くしているだけで怒り狂うからもういい加減おかしいなって思ってたんだ。
でもまさかミアにおかしな因縁つけて私に近づくなーなんて言いだすなんてさすがに予想していなかった。
昨日、ミアとケンカしちゃって落ち込んでたらあの子が『サラがミアさんに付きまとわれて困ってたから私がガツンと言ってやったんだよ!だからあんな子に同情して構うなって言ったのにサラったら私のいう事聞かないんだもん。でもこれで彼女も諦めてくれただろうから、大丈夫だよ!感謝してよね?』て言い出すもんだから、アンタのせいかって大喧嘩になっちゃって。
私のせいでミアがたくさん酷い事言われるはめになった・・本当にごめん」
思いがけずサラのほうから謝罪されてしまってミアは戸惑うばかりだった。自分がサラに謝るために待ち伏せしていたのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
「いえ、謝る予定だったのは私で・・色々驚き過ぎて謝罪の言葉が飛んでしまったわ・・。
サラが謝ることなんて何もないと思う。ブリジットさんが私に言った事はサラの責任ではないもの。人の気持ちが分からないとか、割と的を得ている内容だったし。
それよりも私、昨日良く考えもせずあなたに酷い事を言った・・」
「いいよ、ミアは悪くない。私、ミアにお前は友達じゃないって言われたように思えて・・分かっていたけどミアって基本無表情じゃない?だから正直ミアの本心が読めなかった。本当は私の事鬱陶しいと思ってたのかなって・・ちょっと疑心暗鬼になってた。本当にゴメン、ミアは不器用なだけだって、少しはわかったつもりでいたのに・・」
サラは少し涙ぐんで悔しそうに唇を噛んでいる。怒ったり、泣いたり、笑ったり、そういう素直な感情が表情に出せたらどんなにいいだろうとミアは切実に思った。
だが未だに感情を表に出そうとすると昔暴力と共に叩き込まれた教えが頭に蘇ってきて、表情を凍らせてしまう。
(サラに、私もあなたと友達でいたいんだって、心から伝えたい・・)
だが笑顔を作ることは今の自分には難しい。
そう思ったミアはいつもフランがしてくれていたようにサラをそっと抱きしめた。
「えっ?ミ、ミア?」
サラが戸惑いの声をあげる。
フランやフランの両親とはハグをしたことがあるが、それ以外の人とするのはミアにとって初めての事だった。サラが嫌がるかもしれないと不安もあったが『友達』だと言ってくれた彼女に親愛の気持ちを伝えたいとミアは思った。
「サラ、私あなたと友達になれて心から嬉しく思う。ありがとう、大好きよ」
そういってミアはサラの頬にキスをした。
いつもフランがしてくれているように、大切な友人だと思っている気持ちが伝わるように、心を込めて。
「うえっ?!ええ?!ええええ?!」