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リリアナはミアの事が嫌いなのだろう、と人の心の機微に疎いミアでさえもようやく理解したのだが、何故かリリアナは毎日ミアに話しかけてくる。イヤ、これはフランのいう『絡んでくる』という状態なのかもしれない。
毎日毎日よく分からない理由でずるいずるいと言われ、何かを要求されるのでミアもいい加減面倒になってきた。
曰く、カフェテリアの個室をミアだけが使うのはずるい、リリアナに譲ってほしい。
曰く、フランがミアとだけ仲がいいのはずるい、交代してほしい。
曰く、ミアが可愛い手作りの小物を持っているのがずるいからちょうだい。
曰く、先生の質問に答えてミアが褒められるのはずるいから答えないで。
曰く、ミアが首席で特待生だから学費免除なのはずるい。
曰く、ミアだけ魔力が豊富なのはずるい。
あとは・・なんだっけ。手首が細くてずるいとかもあった気がする。毎日なにかしらをずるいと言われているのでさすがに忘れてしまった。ちなみに手作りのリボンはリリアナに持っていかれてしまった。
ハギレで作ったものだからたいした物じゃないと言ったら『なら頂戴!』と言って取られてしまった。気に入った柄の組み合わせで割と上手くできたと気に入っていたからショックだったが、これ以上会話をするのが面倒だったので返してと言いに行く事もなかった。
それから気づくとミアの私物が度々なくなるようになった。ひとつひとつは高価なものではないのだが、持ち物の中でも一番気に入っていたペンやハンカチを持っていかれるので精神的なダメージがある。それに最低限の仕送りしかもらっていないミアにとって小物を買い直すのもかなりの負担であった。
リリアナはそれを堂々と使っているので彼女はどうかしていると思うのだが、ちょっと借りている感覚なのだろうか?いずれにせよもう返してもらおうと意を決してミアはリリアナに話しかけた。
「リリアナさん、私のところから持って行ったものを返してくれないかしら?そのペンとか、使いやすくて気に入っていたから困るの」
リリアナは常に誰かと一緒にいるので、談笑しているところを邪魔するような形になってしまったかもしれない。そのせいかリリアナは一瞬きょとん、とした顔をしていたが、みるみる泣き顔になりぼろぼろと涙を流し始めた。
「ひっ・・ひどい!まるで泥棒みたいな言い方して・・!一度くれたものをそんな風に言うなんて、ミアちゃんずるいよ・・」
あげた記憶はないのだが、いつの間にかあげたことになっていたらしい事にミアは驚いた。あげてない、と言おうと口を開きかけるとそれにかぶせるようにリリアナが叫んだ。
「いくら私が嫌いだからって嵌めるような真似するのは卑怯だと思う!私はただミアちゃんと仲良くしたいと思っていただけなのに!」
わああん!と大声で泣き始めたリリアナをミアは呆然として見ていた。どうしてそういう話になるのか分からない。イヤ、実際勝手に持っていっているのだから泥棒と言われても仕方がないはずだと思うのだが、何故か今ミアが非難されている。
周りにいたリリアナの友人の一人が耐えかねたようにミアに向かって怒鳴った。
「もう・・もう我慢できない!リリアナはいつも一人ぼっちの君を心配して親切にしていたのに・・・彼女に謝れよ!こんな仕打ち許せない!」
ひとりがミアを非難する言葉を口にすると、他の人が次々にミアを責める言葉をぶつけてきた。
謝れ謝れと口々に人々が叫びだし、だんだんとヒートアップする空気にミアは恐怖をおぼえた。
訳も分からないまま集団に囲まれ怒声を浴びせられると、普段抑えている恐怖心などの感情があふれ出しそうになる。大きな感情の揺れは魔力の暴走に繋がる。
ミアは唇をかみしめて必死に魔力をコントロールしながらなんとかこの騒ぎを鎮めようと声をあげた。
「静かにしなさい!!!」
叫んだことでほんの少しだけ魔力が漏れてしまい、声が衝撃波のようにクラスの人々を吹っ飛ばした。
パァーーン!と教室の窓ガラスがはじけ飛び、クラスの全員が腰を抜かして沈黙した。
「・・あっ、しまった・・」
やってしまったと思ったがもう遅い。座り込んだ全員が畏怖のこもった目でミアを見上げている。
この割れてしまった窓の弁償を実家に頼まねばならないのかと思い、父や母から言われるであろう小言を考えミアは絶望で目の前が暗くなるようだった。
「ミアちゃん、ガラス危ないから移動しようか」
声の主は、別棟の教室にいるはずにフランだった。彼はどうやって現れたのか、いつの間にかミアの後ろに立っていた。
驚くミアを抱き上げ、フランは教室全体に手をかざす。
すると飛び散ったガラス片が淡く光りだし、シャラシャラと音を立て組み合わさっていった。光り輝くガラスと、初めて見る上級魔法に誰もが見とれているうちに、ガラスは元通り綺麗に窓枠に戻っていた。
窓が修復されると、クラスメイトが座り込んでいる以外はいつも通りの教室に戻り何事もなかったかのようだった。フランは未だに床で呆然と座っている人々に冷たい一瞥をくれミアを抱きかかえたまま教室をでていった。
無言のままミアを抱いて歩くフランに、ミアはおずおずと話しかけた。
「ごめんなさい・・気を付けてはいたのだけれど、失敗してしまったわ。ねえ、フランはいつの間にあんな上級魔法を使えるようになったの?驚いたわ」
「ミアちゃんがいつ何を壊すか分からないからね、修復魔法は真っ先に習得したんだ。すごいでしょ、驚いてくれた?サプライズ成功だね」
フランはおどけながらミアに笑顔を向ける。
彼は魔力制御に失敗したミアを責めなかった。いつだってフランはミアに優しい。
優しくされると逆に涙が出そうになり、ミアはフランの首にぎゅっと抱きついた。
「フランが来てくれて、よかった・・」
「俺はミアのナイトだからね、どこにだってすぐ駆け付けるよ」
フランはそういってミアを安心させるかのように、腕に力を込めて彼女を抱きしめた。