フラン11
「痛っ!・・誰だっ・・何を・・・ふ、フラン?!」
「父さん、ミアちゃんに何するんですか。体罰なんて彼女に必要ないって言ったのは嘘だったんですか?」
そこに立っていたのは、家で寝込んでいたはずのフランだった。慌てて駆け付けたのかシャツが着乱れていて、まだ熱が高いようで目元は赤く潤んでいる。
「フラン!お前何でここに!ミア君がドラゴンに変化したんだ!危険だから早くこの場を離れろ!」
「分かってますよ、だから来たんじゃないですか。ミアちゃんを傷つけないでください。俺が彼女を止めますから」
そう言うとフランはスタスタとミアの方に向かって歩いて行く。慌ててエリックがフランの腕を掴んで引き留めると、あろうことか電撃を食らわせてきた。
「あっつ!・・フランお前!この間勝手な事をして死にかけたのを忘れたか!ミア君は完全に竜化してこちらの声も届かなくなっている。意識のない状態でミア君がお前を傷つけてしまったら、後で苦しむのはミア君なんだぞ!」
父の言葉に振り返る事もなく、フランは真っ直ぐミアに向かって行く。
叫んでも聞く耳を持たない息子に、エリックは説得をあきらめ魔術で捕獲しようとしたその時、声に反応したドラゴンのミアがこちらを向いた。口が開き火炎を吐こうとしている。
エリックは急いでミアの口に氷結魔法を浴びせようと身構えたが、その一瞬の隙をついてフランは魔術で姿を消した。
ここでミアを攻撃すると激昂して更に暴れるかもしれない。もし足元近くにフランが居たとしたらそれに巻き込まれる可能性もある。どうすべきかと攻撃をためらっているとフランが魔術を解いて姿を現した。
フランはミアのすぐ側、前足のあたりに立っていた。手を伸ばし銀の鱗に覆われた脚に触れる。ミアがピクリ、と炎を口元に湛えたまま足元のフランを見下ろした。
「フランっ!!!」
あの距離で火炎を浴びたらひとたまりもない。先ほどミアが吐いた火炎が舐めた木々は白く炭化している。驚くべき高温の炎だ、たとえフランが結界を張っていたとしても至近距離で炎を吐かれれば耐えきれないかもしれない。エリックは捨て身の覚悟でフランの元へ走った。
ドラゴンのミアが口を開く。
間に合わないかもしれない、と思ったその時。
「ミアちゃん、落ち着いて。あの悪ガキどもは俺がぶっとばしておいたからもう大丈夫だよ」
「―――――!!!」
なんとも呑気そうなフランの声が聞こえたと思ったら、次の瞬間パアッっと白銀の鱗が弾け飛び、辺りが白い光に包まれる。
光は天へと昇華していき、それとともにミアの魔力も小さく萎んでいくのが感じられる。
離れたところからその光景を見ていたエリックは初めてみる光景に呆然としていたが、気が付くといつもの小さな少女がフランの腕の中に抱かれていた。
誰も口をきけずただ抱き合う二人を見ていたが、魔術師の中の一人がぼそりとつぶやいた。
「ありえない・・・どうやって操り手となったんだ・・?」
エリックはそのつぶやきが気になったが、ミアの状態を確認することが優先だと思い聞き返す事はしなかった。
***
魔力を全放出したミアはぐったりとして歩くこともままならず、エリックの判断により自分の屋敷に連れて帰ることにした。
フランの母、エリザがミアの面倒を看ようと、フランに抱かれるミアを引き取ろうとしたらミアが大声で泣き始めてしまった。
「いやあ!フラン!フランがいっしょじゃなきゃいやあーー!うああああん!」
魔力が暴走するからと、普段大声を出したりましてや泣いたりすることなどなかったミアが泣き叫んで『フランと離れたくない』と言うのでエリザもエリックも手をだせなくなってしまった。
「ミアちゃんのお世話は俺がするので構わないでください。父さん、ミアちゃんはもう大丈夫なので後始末に戻ってください。きっとサミュエル・フェラーが難癖をつけてきますよ。総括としての責任を問われて失脚させられないでくださいね」
「・・それよりも、お前がどうやってミア君の竜化を解いたのかを問い詰められるだろう・・。実際、お前は何をしたんだ?ミア君の両親の呼びかけでも竜化が解けたことなどないそうだぞ?いくらお前たち仲がいいとはいえ、親にも出来ないことを・・」
「父さん、ミアちゃんを休ませてやりたいのでこの話はまた後でお願いします・・ただ言えるのは、ミアちゃんの竜化を抑えられる人間は今現在俺だけって事です。フェラー氏が父さんに総括の立場を降りろと求めてきても、この事実を盾にして突っぱねてください」
エリックは、ミアとフランをまずは休ませなくてはと現場をそのままにしてきてしまったので、聞きたいことは山ほどあったがしぶしぶフランの言葉に従い屋敷を後にした。
ミアを抱いたままフランは自室に彼女を連れて行く。ミアにひとまず自分のシャツとズボンを着せて、母が用意してくれたホットレモネードをミアに手渡す。
レモネードをちびちびと飲むミアの肩口に額を乗せ、フランはミアを後ろから抱きしめた。
「・・・本当は、怖かったんだ。ミアちゃんが竜化を解いてくれるか確証もなかった。でも俺の中のミアちゃんが、苦しいって、怖いって、叫んでいたから・・助けにいかなきゃって・・・よかった、無事で良かった・・・」
「ミアね、フランに助けてってさけんだの。そしたらフランの声がきこえて・・ドラゴンになったときはもうミアがミアじゃなくなるのに、ちゃんとフランの声だけはきこえたの」
「きっとあの時、死にかけた俺はミアちゃんの命を分けてもらったんだ。だからミアちゃんと俺はつながっているんだよ。痛みも、悲しみも、喜びも、恐らく死も・・ミアちゃんと共有していくんだ、これからずっと」
嬉しい、と言いながらフランはミアを強く抱きしめる。初めて出会った時から、ミアと居ると足りないピースがぴたりと嵌るような感覚がする。こうして抱きしめると体中満たされていく。どうしても離れられなくなってしまう。
きっと俺とミアちゃんは最初からこうなるように決まっていたんだとフランは思った。
「ミアちゃんは俺の半身だよ・・俺たちは生涯をともに過ごすんだ。生きるのも死ぬのも一緒だ」
ミアは大きな瞳に涙を溜めたままフランの言葉を聞いていた。そして小さな声で『ごめんね・・』とつぶやいたが、後ろから抱きしめているフランの耳には届かなかった。
***
その頃現場に戻ったエリックは、彼が居ない間に現れたサミュエルと、めったにミアの住まいに顔を出すことのないミアの父に責めたてられていた。
「だから言ったのだ。貴殿のやり方では魔力制御を身に付けられないと私は警告していた。これはエリック殿の引き起こした事態だ。どうやって責任をとるつもりです?」
「森の三分の二は焼失している!どうしてくれるんだ・・!あれだけの損失を私にかぶれというのか!王家から出ている補助金はあの子が度々破壊する屋敷の補修などで全て消えているんだ。このままでは我が家は立ち行かなくなる!エリック殿が保障してくれるとでもいうのですか?!」
サミュエルとミアの父が代わる代わるエリックを責めたてる。
(誰もミア君の状態を聞かないし、心配する言葉も口にしないな・・彼女の実の父も第一声が損失の補填はどうするか、だ。全く酷いものだ・・)
「落ち着いてください。ミア君が言うには、少年たちに追いかけられ沼に落ちてしまったそうです。底なし沼に沈み、死にかけた事が竜化の引き金です。
死に直面し全魔力が放出されたのでしょう。日常生活で魔力をコントロールできても生死に関わる時に制御するのは誰であっても不可能です。指導の仕方うんぬんの問題ではありません。
そして、森が焼けた損失の補填についてですが、これは魔術師の一人が本来予定にない事を勝手に行い引き起こした災害であるので、魔術師を派遣している王家にその保障をしてもらえるよう私が交渉してきましょう。どの程度の被害額か試算してだしてください」
「・・・それで、貴殿はどのように責任を取るつもりだ?魔術師の一人が指示を仰がす勝手にやった事だとしても、彼の上役であるエリック殿が責任を取らねばならないのではないか?」
やはり引いてくれないか、とエリックはげんなりした。この調子ではきっと何を言っても揚げ足取りをしてエリックが総括を辞するまで解放してくれないだろう。フランの事を持ちだすのは気が引けたが、他の魔術師達はあの時の光景を見てしまっている。避けて通れない話題であるし、早くサミュエルの絡みを終わらせて少年達の聴取もしなければならないし、被害の確認にもいきたい。
「責任をどう取るかにもよりますが、今回ミア君は、死の恐怖からかかつてない大きさのドラゴンに変化しました。拘束魔法では足止めすらできず、攻撃魔法で気絶させるしかない状況でしたが、恐らく彼女が気を失うまで更なる被害が出ていたことでしょう。それがこのような最小限度で収まったのは息子のフランの力によるものです。どうやったのか・・まだ分かりませんが、フランが話しかけただけでミア君は竜化を解くことが出来ました。
彼女を傷つけることなく、竜化を抑える事が出来るのは恐らくフランだけです。もし私が引責辞任してしまえば唯一ミア君を制御できるフランはここに居られなくなります。
彼は今、ミア君にとって必要不可欠な存在となりました。これからミア君が自身で魔力制御をする訓練を行う上で、これ以上森や屋敷に被害を出さないためにも当面の間フランが必要です」
フランが竜化を解いた話は既に聞き及んでいたらしく、サミュエルが驚くことはなかった。
だがかといって喜ぶ事もなく、むしろ憎しみを込めた目でエリックを睨んでいた。
「しかし・・にわかには信じられん。アシュフォード家に伝わる秘密の呪詛でもあるのか?」
「言葉に気を付けてください。呪いなどない事はミア君を見ればすぐ分かることです。フランがどのように制御したのかは追々検証していきます。私や他の魔術師達もいずれはそれが出来るようにしていきたいのでね」
「そんな事より、保障の件は本当に話を通してもらえるんですね?頼みますよエリック殿。それとご子息が協力してくれればもう何か破壊されたりといった被害は出ないんですよね?いやあ素晴らしい成果ではないですか!今後も引き続きあの子の指導をよろしくお願いします」
エリックとサミュエルの剣呑な雰囲気に気づくこともなく、ミアの父は嬉しげにエリックの手を握り満足そうに帰って行った。結局最後まで金の話しかしなかったな、とやりきれない気持ちになったエリックだったが、ミアの保護者である父親に『引き続き指導を』と言質をとれたのでそれだけでも重畳だった。サミュエルはもう此度の責任うんぬんをこれ以上言えなくなり、悔しそうに唇を噛んでいる。
ひとまずこれで今回の騒動は収まったとエリックは息をついた。