フラン8
「その可能性があるが、王の指示によりその情報を秘匿しているということも考えられる。一度王都に戻り陛下に私が直接お話を伺う必要があるな。
だが、まずはミア君の指導法をまとめ、フェラー殿ら前任の魔術師達を納得させ、私のやり方でミア君を指導してくれるようにならねばこの地を離れられない」
「俺がミアちゃんに会ってからは、うっかり魔力が漏れてしまうような事もありません。俺という友達が出来て情緒が安定したという方向でまず話してみてはどうですか?当面の目標は体罰をやめさせることでしょう?」
「うむ・・そうだな。対立してしまった状況も不本意であるし、私のやりかたを受け入れてもらえるよう、これまでの経過をまとめてプレゼンしてみよう。その際はフラン、お前とミア君も立ち会って―――ん?エリザお前なにをしているんだ?」
エリックがふとミアのほうを見ると、妻のエリザがミアにすごい勢いで頬ずりをしていた。ミアは目を見開いたままあさっての方向をみている。
「えっ?ええー?母さんミアちゃんになにしてるの?ミアちゃん理解の範疇を超えたって顔になっちゃってるよ」
「女の子っていい匂いするのねえ~ほっぺもぷりぷりなのよ!もうねえ男の子ってなんか骨ばってて硬くて臭くて抱き心地が悪くって。いいわねえ女の子って」
散々ないわれようのフランが『臭くはないです・・』と小声で言ったが、エリザは聞いていない。ミアが困ったように身をよじって抱きつくエリザに言う。
「あの・・あの・・わたしまりょくがキケンなので・・もしおくさまにケガさせたらいけないんで・・っ」
「あン、大丈夫よ。わたし強いから。ねえちょっと抱っこしていいかしら?エリックがなかなかアナタに会わせてくれなかったから楽しみにしてたのよう。もうちょっと堪能させて?」
「エリザ!やめなさいって!ミア君が困っているだろう。だから会わせたくなかったんだ・・頼むからフェラー殿に直談判に行ったりしてくれるなよ。直情的で嘘のつけない君がでてくると絶対にこじれるから・・」
エリザは夫に苦言を呈されて頬を膨らませたが反論することはなかった。彼女はもともと魔法師団に所属していたのだが、彼女は人づきあいや駆け引きが恐ろしく苦手で、真っ直ぐで荒っぽい気性も災いして幾度となくトラブルを起こしてきたのだ。エリックと結婚して職場を去る時、エリックはエリザの上司に泣いて感謝されたほどだった。
ミアの現状を聞いてエリザはかなり憤っていたのだが、王家も絡んだ難しい事案なので、感情で動かないでくれとエリックから何度もくぎを刺されていたから仕方なく大人しくしていた。
「わかっております。ミアさんのためにもわたしが出しゃばる真似はいたしませんよ。ただちょっと女子を堪能しているだけじゃありませんか。そんな二人してギャンギャンいわなくてもいいじゃないのまったくもう」
「節度!節度って大事ですよ母さん!ちょ、もうなんでキスするんですか!もうダメです!離れてください!ミアちゃんこっちおいで!」
「フラン、お前も大概だがな」
フランの母の暴走で話がワチャワチャになってしまったが、今日知った事実は胸の内に秘め、まずは前任の魔術師達にこれまでの経過を報告しようという事で話が落ち着いた。
***
エリックは翌日にさっそくサミュエル・フェラーら前任の魔術師達に面会を申し入れた。
サミュエルの屋敷に赴き案内された部屋に入ると、すでに前任の魔術師達が席に着いて待っていた。この場にはフランとミアも同席させると事前に伝えておいたが、フランとミアが手をつないで入室してきたのをみるとサミュエルら魔術師達は明らかに動揺を見せた。エリックは構わず帳面や持参した書類を開いて話を始める。
「お時間を頂きありがとうございます。
この三ヶ月私なりにミア君の魔力を制御する方法を検証してまいりました・・完全なる制御には程遠いですが、現在一応の成果をあげているので、まずは中間報告と言う事でこの場にお集まりいただいた次第です」
「前口上はいい。成果をあげているとはどういう状態なのか?我々のやり様を全否定してくれてまで押し通したのだから、さぞかし素晴らしい功績をあげたのでしょうな」
相変わらずの物言いでフランは鼻白んだが、エリックは全く意に介さず書面をサミュエルたちの前に置く。
「ミア君の一日のスケジュールです。このように勉学の時間を多く設けておりますが、午後に息子のフランと運動したり遊んだりする時間も作って、普通の子どもの日常と変わりない時間を過ごしています。
机に向かい授業を受ける時はもちろん、息子と遊んで走り回っている時もただの一度もミア君は魔力を暴走させたことはありません。転んだり、驚いたりすることもままありましたが、物や人を傷つけるほど魔力を放出することもありません。
現在、行っている指導は、これまで皆さんがやってこられた感情を抑える訓練と逆の行為になりますが、私は彼女を普通の子どもと同じく、友人と遊んだり語らったりして情緒を育むことが魔力制御に繋がるのではないかと考えていました。
すぐに成果の出るものではないと思っていたのですが、幸い息子との相性の良さも功を奏してミア君の魔力は非常に安定しています。
三ヶ月という短い期間の検証でわかるものではないとお思いでしょうが、体罰を与えずとも彼女は自分を律することが出来る歳になったのではないでしょうか?
これまでの皆さんの功績を否定するわけではありません。赤子であったミア君を制御するために必要なことを選択し実行してこられたのだと理解しております。
ミア君の成長に伴い、指導法も変換期に来ているのではないでしょうか。
今回、新参者の私が差し出がましい真似をしましたが、外から来たからこそ新しい目で見えるものもあるはずです。
私も皆さんも、王より大役を拝命して参った身です。対立などせずこれから協力してミア君の指導に当たっていけるようお願いしたいのです」
エリックが一息に言うと、魔術師達は信じられないというような顔でエリックとミアを交互に見ていた。ミアはフランと仲睦まじく手をつなぎ合っていて、見る限り確かに魔力は安定している。
エリックを見る魔術師達の目に以前はあった敵意が感じられなくなり、その場の雰囲気は一気に軟化した。
それにエリックが魔術師達に対し嘆願するかたちをとったことも彼らを驚かせた。エリックは魔法師団部隊長を務めており、ここにいる者からすると上位の人間だ。そのエリックが『協力してほしい』と真摯な態度で語る姿は、これまでわだかまっていた魔術師達の反発心を消すには十分だった。
だが、一人だけ苦々しい顔を向ける男がいる。他でもない、サミュエル・フェラーだ。
サミュエルは王命を受けてミアの専任になる前は、魔術師団でエリックよりも上の立場にあった人間だ。他の魔術師達と違い全く心動かされた様子もなくエリックを睨みつけている。
「で、結局なにか特別な成果を上げたわけでも新しい発見をしたわけでもなさそうだな。『たまたま』偶然この期間魔力が落ち着いていたからといって、それをお手柄のように言いに来るなど貴殿の無能さを自ら言いふらしているようなものですぞ。
―――無駄な時間だったな。彼女の指導にともに当たりたいのならば、私のやり方に従ってもらおう。それが嫌なら勝手にやるといい」
「たまたまと仰いますが、過去の報告書を拝見するかぎりミア君の魔力は日常的に暴走し日に何度も拘束魔法を使用しているとありました。記録を付け始めてからの日報の全て目を通しましたが、小さなものも含めれば彼女が物を壊さなかった日は無い。
それがこの三ヶ月間はただの一度も物を壊す事もなく魔力の暴走も竜化もなく過ごせたことを『たまたま』などという言葉で片付けられない事は、ずっと指導に当たっておられたあなたが一番よく分かっておられるのではないですか?」
「・・・魔力の暴走がないというのも貴殿が言っているだけではないか。口ではなんとでも言える。そもそも友人が一人出来たからというような理由であれほど苦労した魔力制御ができるようになるならば苦労はしない」
「そうですね!ですから実際その目でご覧になればいい。先ほどお渡ししたスケジュールで毎日進めますので、どうぞご一緒に。それでご納得していただければ協調していただけますな?」
エリックにやり込められた形でサミュエルはぐっと言葉に詰まった。だがエリックはもともとサミュエルを蹴落とそうとしているのではなく前任者と協力してやっていきたいとずっと主張してきている。これ以上、頑なに対立姿勢を取ればサミュエルのほうが職務放棄しているといわれてしまうだろう。
「承知した。私も体罰をしないですむのならそれに越したことはないからな。本当に魔力が落ち着いているのなら今のやり方を変えてもよかろう。お前たち、明日から交代で彼らと共に指導に当たりなさい。私も立ち会おうじゃないか」
サミュエルの一声でこの会議は終了となった。
フランは屋敷を出てからため息をついて父に話しかける。
「俺の出る幕はなかったですね。思ったよりあの男があっさりと引き下がったのが意外でした」
「なに、これからさ。全く納得してはいないよあれは。だがようやくこれで彼らを土俵に上がらせることが出来た。実際のミア君の様子を見れば確実に考えを変えるだろう」