フラン5
竜化した時の危険性も説明して、断ってくれてもいいとエリックは言ったが、フランは二つ返事で了承した。父に自分の能力を認めてもらえたようで嬉しかったし、なによりドラゴンに会ってみたいという好奇心からだったが・・・ミアに直接対面して気持ちが変わった。
不安そうに相手の顔色を窺う小さな女の子を見て、こんな幼い子が親の庇護もなく劣悪な環境に置かれていることに怒りを覚えた。竜化した時は我を忘れて危険な状態になるかもしれないが、こうしているときはまだ小さな子どもだ。それを『あれは同じ人間ではない』と言い切ったあの男の神経が信じられなかった。
小さな手をぎゅっと握りしめ、硬い表情で震える彼女をみて、フランは思った。
(怯えた顔ではなく、笑顔にしてあげたい・・・)
ミアに対して強烈な庇護欲を感じた。
フランは彼女に近づき、そっとその小さな手を取る。ミアはビクッと怯えすぐにその手を引き抜いた。
「あ、ごめん。触られるのは嫌だった?」
「ち、ちがうんです・・・ごめんなさい。あの、そうじゃなくて、フランさまがイヤなんじゃないかって・・ミアは『きけんなドラゴン』だから・・ごめんなさい」
上手く回らない舌で一生懸命謝り下を向くミアの手を、フランは再び掴んでギュッと握った。驚いたようにフランを見るミアに向かってフランは笑いかける。
「大丈夫だよ、俺強いから。あと、友達なのに様とかつけるのやめてほしいな。フランて呼んでよ。ねえ、外に遊びに行こう?森を抜けたところに草原があるから、そこまでかけっこしよう!」
フランはミアの手を引いて走り出す。ミアは驚いていたが、ほんの少しだけ嬉しそうにみえた。かけっこといったが、フランはミアと手をつないだまま森を走る。
ミアの魔力が手のひらを通じて緩やかに感じられてフランは何故か離しがたいような不思議な感覚がした。
暖かく、体に馴染むようなそれはフランにとって初めての感覚だった。
(魔力には相性があるって聞いた事があるけど、これがそうなのかな・・?)
草原についてから、フランはその疑問を確かめたくてミアの両手を握る。
「ミアちゃん、俺の魔力を感じてみてくれない?」
「?・・・はい」
フランはほんの少し魔力を解放してミアの手に流す。
魔力は、属性が合えば他人に分け与えることが出来る。
だが完全に合致する相手というのは滅多になく、譲渡できるほど属性がぴったり合う相手を見つけられることは魔術師にとってこの上ない幸運であった。
魔法師団などでは属性が合う者が居ればパートナーとして組ませることに決まっている。
どれだけ抵抗なく魔力を受け取れるかはお互いの相性によるが、フランは今まで家族であっても誰かの魔力が心地よいと感じた事はなかった。これまで読んだ魔術の教本にもそのような事は書いていなかったように思う。
ミアは最初不思議そうな顔をしていたが、フランの魔力が流れ込んでくるのを感じて驚いた顔になった。
そして心地よさそうに目を細める。無意識なのか、ミアもわずかに魔力を解放しているので二人の魔力が混ざり合う。
(暖かい・・気持ちがいい・・)
身体ごと混ざり合うような感覚がして、淡い光が二人を包む。このまま空に浮かんでしまいそうだ。
これはどういう現象なのだろうかと、フランとミアはお互い顔を見合わせながら首をかしげる。
そこへ少し離れて様子を見守っていたエリックが二人に声をかけた。
「フラン、何を・・・魔力譲渡か?すごいな、二人は属性が合うのか。ミア君の魔力は特殊で属性を判別できずにいたのに、フランとは合致するのか?
・・・なんで二人して不思議そうな顔をしているんだい?」
「父さん、魔力の交換ってものすごく気持ちがいいです。俺とミアちゃん相性がぴったりなんじゃないでしょうか」
「気持ちがいい??魔力譲渡が?・・いやしかし僥倖かもしれない。反発し合わないなら、ミア君の魔力が暴走した時怪我をする危険が減るだろうし・・それよりもフラン、ちょっといい加減ミア君から離れなさい。幼い子ども同士とはいえ男女がそんなに密着するものではない」
エリックに指摘されてフランは自分がいつの間にかミアを抱きこんでいたことに気が付いた。こうして抱きしめていると、パズルのピースがぴったりはまったかのような充足感がある。これがなんなのか、魔力の相性によるものなのか不思議に思いいろんな角度から抱きしめてみていると、エリックに引っぺがされた。
「フラン、何をやっているんだ。ミア君が困っているだろう」
「いえ・・エリックさま。わたしもきもちがよかったです。わたしのまりょくでもうけいれてくれるひとがいるんですね・・」
硬い表情のままだが、すこしだけ嬉しそうに目を細めてミアはフランを見上げる。フランは再びミアの手を握り彼女に語りかける。
「魔力の相性がいいんだって、俺たち。だったらきっとこれから一番の友達になれるよ。
魔力制御が上手くいかないのなら、一緒に練習すればいいんだ。暴走しそうになったら俺が器になって溢れた魔力を引き受けるから、だから遠慮なく笑ったり泣いたりしていいよ。きっと上手くいくよ」
フランの言葉を受けて、ミアは戸惑いながらもこっくりとうなずいた。
この日から、ミアとフランは一日の大半を二人で過ごすようになった。
エリックは二人の監督者として付き添い、そしてミアの家庭教師役として勉強やマナーなどを教える時間を設けた。これまでミアには専門の家庭教師が付いたことはなく、魔術師達が一般的な勉強を教えていただけなので彼女の知識はかなり偏っている。
エリックは、ミアが成長して普通の魔力持ちの娘として生きていけるように考慮して通常の家庭教師を付けることを検討したが、ミアの事情を考えると引き受けられそうな人物がいないので、結局自分が教師役を務めることにした。
フランには別に家庭教師がついているのだが『課題をこなせばいいんでしょう?』といって出された課題を持ってきてミアが勉強する隣に座って自分の課題をやっている。
その間もフランはずっと手や腕をくっつけて常にミアと触れ合っていた。
ミアと話す時もおでこがくっつく近さで何かを囁いているし、髪を梳いたり頬を撫でたりして過剰とも思えるスキンシップをしている。
ミアは表情に出ないので分かりにくいが特に嫌がっている様子はない。むしろ以前よりリラックスしているようだし、何より魔力が非常に安定している。フランと居ると精神が安定するようだった。
エリックがフランにミアと友達になってくれと頼んだのは、ミアに普通の子どもと同じような経験することで情緒が育まれ結果として魔力制御の助けとなるのではと思ったからだが、数ある指導法のひとつとして試験的に短時間フランと会話したり遊んだりしてみてミアの反応や魔力の様子をみてみたいと、その程度の予定でいた。
フランが勝手にミアに魔力制御を手伝うと言い出し、このように四六時中一緒に居たがるようになってしまった。
エリックは、自分が頼んだ事とはいえ、予定外の方向に行ってしまいどんどんミアと距離をつめる息子に戸惑うばかりだった。
「フラン・・少し距離が近すぎるんじゃないかい?お前王都での友達とはもっと一線を引いたような付き合いしかしなかったじゃないか。子どもなのに達観したジジイのようだと母さんが嘆いていたくらいなのに・・今まで思っていたお前の性格と違いすぎて父さん戸惑うんだが」
ミアの居ないところでエリックが息子に問うたが、フランはそれに対し子どもとは思えぬ冷たい目線をくれ、とても父に対するものとは思えない態度で答えた。
「彼女の現状を変えたいと俺に協力を求めてきたのは父さんですよ。俺はミアちゃんの置かれている境遇を見て彼女を助けたいと、純粋に思っただけです。
父さんこそ余計な気を回す暇があったらミアちゃんに有効な魔力制御法を検討してください。結果を出さなくてはまたあのフェラー氏が総責任者に戻るんでしょう?それは絶対に容認できません」
「・・・まあそうなのだが・・いや、私としてはまず体罰が必要ないと証明したいだけで・・ううむ・・」
正論なのだが小さな子どもの言う言葉ではないし、どうにも本心を喋っているようには見えない。いくら大人びていても小さな子どもだと思っていたが、少し認識を誤ったのかと不安を覚えなくも無い。
だがまずはフランの言うとおり前任の魔術師達を納得させられるような結果を出さねばならない。ミアのために息子の問題はとりあえず後回しにしようと決めた。
勉強の時間が終わればフランとミアは外へ出て、森を散策したり小川で遊んだりして過ごす。
花を摘んだり、珍しい木の実を集めたり、小川で魚を追いかけたりと、毎日そんなごく普通で子供らしい遊びをしているだけだが、二人はとても楽しそうだった。