フラン1
フラン君視点のお話です。
フラン君視点はその竜化したミアちゃんを回収してフラン君とお部屋で過ごしているところから始まります。
「ねえフランどこへ行くの?」
「ん?どこにも行かないよ、トイレに行くだけだよ」
「ミアも行く」
「ん?」
「ミアも一緒にトイレ行く。置いてかないで」
「・・・うん・・?ん?いやさすがにそれは無理かな。部屋のすぐそこだよ?出かけるわけじゃないよ?ちょっと待っていて」
「う・・うえええん・・置いて行かないでフラン~」
「うん、うん置いて行かないから。大丈夫だから。でもトイレはいくらなんでも無理だから。いい子だからね?ミアちゃん」
「うっ・・うっ・・置いてかないで・・」
「・・・・うん」
完全竜化して魔力を全放出したあの事件から三日が経過したが、ミアの精神はまだ安定する兆しがない。
ミアの部屋がある棟は、他の生徒の安全のため魔法による建物の強化と防火対策が何重にも施されている。ミアの入学が決まった際に王の指示により増築されてこの隔離施設のような棟が建てられたのだ。外側からの侵入者を拒む術式も組まれているので、許可を得たものしかここには入れないようになっているので、ここにいるのはフランとミアだけだ。
魔力を全て放出したミアは精神的にも不安定で一時的に幼児退行したようになってしまい、フランがつきっきりで身の回りの世話をしている。
本来ならば女性がお世話係を担うことが望ましいのだが、ミアの母親も彼女を恐れているので引き受けられる人物がいないのが現状だ。
ミアもフラン以外を受け入れないので、何かと問題がありそうな年齢になった今でもお世話はフランが担っている。
小さな子どもが親の後追いをするようなミアの様子をみていると、普通の幼少期を過ごすことができなかった反動が今来ているように思える。
物心つく前から、泣くことも笑うことも許されずに来た彼女は心の成長が遅れているのかもしれない。
と、冷静に分析したフランだが、そうしたところで今腕にすがりついているミアをどうにかできるわけでもない。
「ミアちゃんあのね、俺は構わないんだけど、ミアちゃんのためにも別々に入った方がいいと思うんだ」
「・・・お風呂ひとりじゃこわい。いっしょがいい」
「ホラ、アヒルさんあるからひとりじゃないよ?ね?大丈夫でしょ?」
「・・・あひるさん嫌。フランがいい」
「・・・・うん」
これまで魔力を大量に放出する事はまれにあったが、その際は少し精神的に不安定になってフランに甘えたり子どもっぽいワガママを言う程度だった。
最後に完全竜化したのはあの沼に落ちた幼い頃以来だ。当時はお互い子どもであったこともあり、ミアの甘えやワガママも年相応として何の問題もなかったが、この年になってもここまで赤子のようになってしまうとはフランも予想していなかった。
夜は添い寝して寝かしつけないと泣いてしまうし、お風呂もトイレも一緒に行きたいとミアに言われ、さすがに途方に暮れた。
そろそろお年頃と言われる年齢になるミアを自分がお世話してよいものか今更になって悩み始めたフランなのだった。
***
ミアが落ち着くまでは先日の竜化についての聴取も出来ないとしばらく保留になっていたのだが、半月ほどしてようやく魔力が元に戻り、精神的に落ち着いてきたので今回の件について聞きたいと王宮の調査団がフランの父と共にミアの宿舎を訪れてきた。
ミアは別室で魔術師立ち会いの元聴取を受けている。
フランの取り調べはフランの父が聴取に加わった。
調査団は他の生徒たちの証言と矛盾がないかを調べているだけのようで型どおりの聴取をして終了したが、フランの父はそうはいかないとフランを捕まえて聴取が終わってから説教が始まってしまった。
「だいたいお前はやりすぎなんだ。あれほどの被害を出さずに事を収束できたはずだろう。第一唐辛子の煙幕ってなんなんだ、いつの間にあんなえげつない攻撃覚えたんだまったくもう」
「唐辛子ではなくハバネロですよ父さん。ミアちゃんの領地の特産品じゃないですか。なにか香辛料以外の使い道はないかと模索した結果です。非常に効果的に敵の視野を奪える優れた武器だとおもうんですよ、魔法師団あたりに売り込もうかと思って」
「種類の違いとかどうでもいいんだ!そういう事言ってるんじゃないんだよ!相手はまだ子どもだぞ!戦争をしているのではないのだから、ああいうものを使うのは止めなさい!未だに皆目がパンパンに腫れて酷い顔だぞ。少しは反省しなさい」
「お言葉ですが父さん・・いえ父上。あの時はミアが完全竜化して非常に危険な状態でした。私の呼びかけで一度竜化を解いたとはいえ、また級友に素肌を見られてしまっては再び竜化する恐れがあると判断したので、手持ちの煙幕を張って対応しました。私も瞬時に判断せねばならず・・本来ならもっと適切な方法があったのかもしれませんが、あの時はあれが精一杯でした(嘘だけど)」
「(わが子ながら嘘くさいな・・)・・まあ駐在する魔術師も先生方も間に合わなかったわけだし、お前ひとりに責任を負わすつもりはないが・・まあいい、あれが精いっぱいというならばまだまだ修行が足りないな。しばらく休学して私の元で勉強しなさい。これは決定事項だ、いいね?」
「(良くないけど)・・・分かりました。ですがその間ミアちゃんはどうしますか?もう二、三日もすれば登校できるようになりそうですが、俺が学校に居なくてもいいんでしょうか?
ミアちゃんが竜化する事実は生徒たちに秘密にされていますが、そもそも今回の事件は学校の説明不足も原因の一端だと思うのですが。根本的な問題を解決しないままではまた同じような事が起こるかもしれません。その際に俺が遠くに離れていてはいざと言うとき被害が拡大すると思います」
「学校側にはきちんと対応するよう指導してある。竜化の件を伏せたままでもミア君の待遇が違う事の説明はできた筈だ。それを怠った学校側の責任ももちろん放置するつもりはない。
それに学校に入学してから今までミア君が不用意に魔力を放出してしまったことはなかったのだし、コントロールは上手くいっていたはずだ。
お前が不在の間は宮廷魔術師から三名派遣する予定だ。有事の際は彼らで対応できるだろう」
そう言われてフランは顔を歪めた。怒気のこもった声で父に反論する。
「それは無理です。ならばミアちゃんも俺と一緒に行けばいいでしょう。かつてのような事態が起こるとも限りません。信頼できるかも分からない人物にミアちゃんを任せるわけにはいかない」
急に雰囲気の変わったフランに、後ろに控えていた調査団の面々が驚いていた。フランと父は睨みあって一触即発の雰囲気になっている。
「・・そうならないように信用できる人間を選抜しているからお前が余計な心配をしなくていい。ミア君も常にお前と一緒という訳にいかなくなるだろう?
少しお互い離れて他の人と交流を図るいい機会だ」
「はい?信用できると判断したのは誰ですか?まさか父上じゃないですよね?昔ミアちゃんを指導していた魔術師に対しても父上は『彼は国で一二を争う優秀な魔術師で私も信頼している~』とか言っていましたよね?それがどうでしたか?あの魔術師はどうなったんでしたっけ?私が心配しないでいいと言い切れる根拠はどこにあるのでしょうか父上」
「(嫌味がすごいな・・どうしてこんな子になったかなあ・・)それじゃお前は一生ミア君の周りに誰も寄せ付けないつもりか?今回の事件はお前が彼女を他の人々から隔離しすぎた事も多少の原因のひとつだと思うが?彼女もこれから色々な人と交流して見識を広げる必要がある。いつまでもお前とだけいるわけにいかないだろう」
バチバチッと何かが爆ぜる音が室内に響く。
調査団の人々がぎょっとして二人を見ると、フランと父がお互いの魔力を体外に放出してそれがぶつかり弾きあっていた。
アシュフォード家が代々宮廷魔術師を務めている理由は、この家の者がみな強力な魔力を有して生まれるからに他ならない。国内最高峰の魔術師とその息子が本気でぶつかり合えばこの部屋の人間など消し飛んでしまう。
下手すると巻き込まれる恐れがあるので皆が逃げるべきかと部屋の隅に避難しだしたところで、フランがガクッと頭を垂れた。
どうやらすぐに勝負がついたらしい。
フランは魔法か何かで頭を押さえられているようでギリギリと歯を食いしばって荒い息を吐いている。
「無謀にも私に挑戦してくるその気概は認めるが、ミア君の事となるとすぐに暴走するのはよくない癖だな。魔術は一級品だが精神面でももっと成長しないと、ミア君を守るどころか彼女を危険に晒すことになるぞ・・休学が長引かないように精進するがいい」
フランがくやしそうに顔をしかめながら父を見上げる。これ以上逆らう術を持っていない彼は父に従うほかないと理解している。はあ、と息をついて自身の魔力をひっこめるとフランの父も彼を押さえていた魔術を解いた。
「・・・ミアちゃんを担当する魔術師が、本当に信頼できる人物であると約束してください。あの男が引き起こしたような事態にならないように」
「わかった、約束しよう。だからあの男の話を不用意にするんじゃない。話はそれだけだ。フラン荷物をまとめなさい、このまま私と王都へ行く」