リリアナ4
リリアナが入学して最初にした事と言えば、クラスの中心的な目立つ男の子と仲良くなることだった。
魔法学校に来ている子達は、魔力持ちで貴族の中でもエリートでプライドの高い子ばかりだった。
家族の中では魔力持ちとして抜きんでた存在であったはずなのに、この学校では皆魔力持ちで身分も関係がない平等の扱いを受ける。プライドの高い子達はこの状況に少なからずフラストレーションを溜めているように見えた。リリアナは一番プライドの高そうな子を褒め自尊心をくすぐってやって、承認欲求を満たしてやった。
「えっすごい!デレク君て超優秀なんだね!えーすっごい!ほとんど満点だあ!私勉強苦手だから憧れる~」
「そう?よかったら俺が教えてやるよ。リリアナは途中入学だから遅れているのはしょうがないって」
すごいすごいと褒めたたえられれば誰だって悪い気はしない。バカっぽく大げさすぎるほど何度も色々な事を褒めてやるうちにその男の子はリリアナとベッタリ一緒に居たがるようになった。
娼館の姐さんはよく『男は馬鹿な女が好きなのよ』と言っていた。
男は娼館に性欲とは別に自尊心を満たしに来ているのだという。男の自慢話をじっくり聞いてあげ、すごいわあと褒めたたえて気分良くしてやれば、男は何度も自分の元へ通ってくるのだと。余計なアドバイスや忠告などをする小賢しい女はそういう男はなによりも嫌うから、お前は馬鹿だなあと言われるくらいの女が好まれるのだと、そう言っていた。
クラスの中心人物に特別気に入られると、自然に他のクラスメイトもリリアナの周りに集まってくるようになった。
リリアナは明るく天真爛漫に、集団の空気を読んで出しゃばらずに可愛い愛玩動物のような立ち位置を目指した。それはすぐに功を奏しリリアナはあっという間に皆に愛される存在になった。
リリアナがにっこり微笑めばみんなつられたように笑顔になる。
女は常に笑顔でいなくては。不機嫌な顔をしていては人も幸せも逃げていくと娼館で教えられた。姐さん達はたとえ血を流していてもにっこりと笑う。それは娼婦が地獄で生き抜く術なのだろう。
皆に囲まれながら、リリアナはクラスの一番後ろに居る例の女の子をチラリとみる。
相変わらず、あのミアと言う子は能面のような顔で眉ひとつ動かさない。クラスメイトとも全く会話をしないし、何か伝達事項があって誰かが話しかけても『ええ』とか『わかったわ』と一言だけ仏頂面で返事するだけなのでクラスの子達からも距離を置かれていた。
それに授業でも彼女は特別扱いされるようで、たびたび一人だけ別レッスンになり先生とマンツーマンで受けている。それだけ優遇されていれば人より出来るようになるのは当たり前だろう。それゆえ成績は常にトップで、不公平じゃないかとクラスの子達の怒りを買っていた。
皆そのように感じているようで彼女は陰で『鉄面皮』と呼ばれている。誰もが平等と言ってここに入学しているのに自分ひとりだけ特別扱いされて恥ずかしくないのかねーとクラスの人々は言っていた。
リリアナは、ミアの事が気になっていた。まだ一度も笑ったところを見たことがない。彼女が笑うところが見てみたい。にっこり微笑んだ顔は果たして母に似ているのだろうか。あんな仏頂面してはいるが、内心は一人ぼっちでツライに違いない。私が友達になってあげたら喜ぶんじゃないかな?
そう思ったリリアナはある時ミアに話しかけてみた。
あの髪を触ってみたくて香油のことを話題に出して髪に触れる。
思った通りとろけそうな柔らかな手触りで指からサラサラと流れる。リリアナはその感触に心を奪われたが、ミアは不快そうにリリアナの手から逃れ、ごく事務的にやや迷惑そうに答えた。
「寮の購買で売っている椿油よ。茶色の瓶の」
誰も使っていないような質の悪い安い香油を使っていると言う。
ハァ?あれだけ特別扱いの豪華な別棟をひとりで与えられているようなお嬢様が、そんな安物を使うとか有りえないでしょ。同じものを使われるのは嫌なのだろうか?貧乏人はお似合いの安物を使っていろとでも?
腹が立ったリリアナはその場で盛大に泣いてやった。すると友人はミアを非難がましく見てリリアナをかばってくれた。
私をバカにした罰だ。せいぜい悪者になればいい、とリリアナは内心舌を出した。
立場が悪くなって、ミアのほうからリリアナに謝ってくるかと思ったが、彼女はそんな事どこ吹く風でこれまで通り変わりない様子でリリアナの事など気にかけてもいない。
どういうつもりなのかと、ずぶといのかやせ我慢なのかと不思議に思い、リリアナはミアをじっくり観察するようになった。彼女の持ち物は確かに質素で、新しいものなどほとんど買っていない。古いものを長く大切に使っているようだった。
それに、手作りらしい素朴な小物がたくさん目につく。
「ツギハギの布・・?パッチワーク・・?」
よく見ると、彼女の持ち物にはパッチワークで作られたものが多い。
恐らくハギレを使って作られたものだろう。彼女が作ったのだろうか?
こういうパッチワークは、貧乏人が新しいものを買えないから仕方なく使える生地を切り出して破れたところを繕いツギハギしてつくるものだ。昔自分が着ていたつぎはぎだらけの服を思い出してとても嫌な気分になった。
新しいものがいくらでも買えるだろうに、こうして金持ちの趣味として作る物なんて悪趣味だ。貧乏人がどんな気持ちであのツギハギだらけの服を着ているのかなんて、ミアのような貴族の中でも更に特別扱いされているようなご令嬢は考えたこともないのだろう。
彼女が身に着ける、綺麗な布でパッチワークされたリボンをみて猛烈に腹が立った。
この子をとことん貶めてやりたい。
彼女から何もかもを奪ってやりたい。
私と同じところまで堕としてやりたい、リリアナはそう思った。
***
「いつも一人ぼっちだから、仲良くなれたらいいなと思ったのに・・でもあの子あのままじゃいけないと思うの。彼女だけ特別扱いじゃどう考えてもずるいでしょ?こんなのいつか皆の不満が爆発しちゃうよ。そういうの教えてあげられる友達が必要じゃないかな?」
既に評判のあまり良くないミアを、とことん貶めてやろうとリリアナは決めた。
あくまでもミアのため、というスタンスで彼女への不満を皆に言う。今まで彼女の特別扱いをそれほど不満に思っていなかった子達も、リリアナがそう言った事であれは良くないと思っていたと言い出すようになった。
「そうだよねえー平等にって言われてるのに一人だけあんな特別室ずるいよね」
「私もそう思ってた!授業もひとりだけ特別に教えてもらっててずるいなって」
『ずるい』というと、正しいのは自分で相手が間違っていると印象づけられる。こういうのは言ったもの勝ちだ、真実何が正しいかなんてどうでもよいのだ。実際ミアは優遇されていて元々皆の反感を買っていた。リリアナが『あの子はずるい』と言うと皆そうなのかなと思うようになる。そうするうちにミアは以前にも増して孤立するようになった。
だが当の本人のミアは、そんな事全く意に介していないようだった。今まで通り一人でクラスの子と関わろうとしない。
お昼もどうやら幼馴染の先輩と食べているようで、その先輩というのが、成績もトップクラスで生徒会役員として学校に対しても非常に発言力のある人物だった。
彼が居れば色々便宜を図ってもらえるだろう。ミアにとってクラスの級友など仲良くするメリットなどないのかもしれない。別にクラスで孤立しようとどうでもいいようだった。
リリアナはこの状況にイライラしていた。ミアに何を言っても無表情のまま正論で切り返してきて嫌味が通じない。少しは怒ったり泣いたりすればいいのに、とリリアナは腹が立った。
口で攻撃しても全く効果がない。
仕方がないのでリリアナはミアの私物をいくつも持っていってやった。
自分の物を盗られた挙句悪者扱いされたら、いくら無関心を装うミアでも怒り出すだろう。怒って、泣いて、追い詰められればいい。
リリアナのその思惑は途中まで上手く行っていたのだけれど・・・。
「静かにしなさい!!!!」
パァーン!とガラスがはじけ飛ぶ。強烈な魔力が衝撃波のように襲ってきてリリアナはしりもちをついた。
「・・・は?」
魔法を使ったわけではなく、純粋にミアの魔力が解放されただけでガラスが粉々になった。
魔法の授業がミアだけ別レッスンになるわけだ、これは他の生徒と桁違いの魔力を持っているのだと誰もが気づいた。
しかしこの惨状をどう始末するのかと思っていたら、ミアの幼馴染だというフランが現れ、見たことも無い上級魔法で元通りにしてさっさと居なくなってしまった。
残されたリリアナ達は駆け付けた先生達に連れて行かれ、聴取の結果リリアナ達に問題があったとして謹慎処分が下された。
確かにミアを煽ったのはリリアナ達だが、窓を壊してみんなを吹き飛ばしたのはミアだ。それが当の本人は聴取もされずお咎めもない。
当事者同士なのにこの扱いの差はなんなのか?魔力が特別というのは先日の騒ぎで分かったが、そんなの知らされていなかったのだから私たちに非はないはずだと、リリアナと友人達は憤った。
ようやく謹慎期間が終わり登校してみると、クラスの雰囲気が随分と変わっていた。
級友たちはリリアナ達に対してどこか冷ややかな態度で接してくる。騒ぎの張本人であるミアを見ると、なんとクラスの子と親しげに会話をしている。変わらず無表情ではあるが、いつもより穏やかな顔でうっすら微笑んでいるようにも見える。
(なに楽しそうにしてるのよ・・・)
カッとなってリリアナはこれまで通りにミアを責めたが、リリアナ達が居ない間にミアはクラスの人々を上手い事取り込んでいたようで逆にやりこめられてしまった。
これまでリリアナの思い通りに進んでいたのに全てひっくり返されてしまった事に激しく苛立った。
ミアの楽しげな様子が脳裏をちらつく。
あんな顔、出来るんじゃない・・むかつくむかつくむかつく。
その場でミアに何か言ってやりたかったが、分が悪いと感じたリリアナはその場から泣きながら逃げ出した。
***
教室を飛び出したリリアナとそれを追いかけてきた友人達の怒りは爆発寸前だった。先生の目が届かない中庭の隅に集まり今回の事について不満を言い合う。
「彼女、私たちが謹慎中謝りにもこなかったよ。私たちだけ罰を食らっていい気味とでも思ってるんじゃない?こんなところまで優遇されているなんてホンットずるいよあの子」
「学校はなんでこんなにあの子のいいなりなんだ?特別なコネでもあるのかな?これからもミアを注意して彼女が機嫌を損ねたら、注意した奴が悪者になるんだろ?そんなのおかしい」
理不尽だと言って友人達の怒りは爆発寸前だった。学校に直談判しよう!と誰かが言い出して、そうしようと皆が盛り上がり始めたところで、リリアナが言った。
「待って、直談判してもきっとなんの効果も無いと思う。もし学校が聞く耳を持っていたらそもそもこんな処分になってないよ。言ったって無駄だよ」
「リリアナ!じゃあどうすればいいんだよ!理不尽を我慢しろって言うのか?!」
怒り出した友人達にリリアナは声をひそめて言った。
「私に任せてくれない?ミアちゃんは少し反省したほうがいいと思うの、だから――――」
リリアナは自分の計画を皆に聞かせた。