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リリアナ3



リリアナは正式に貴族の父の家に実子として迎え入れられることになった。



父の家には妻とリリアナと同い年の女の子と、二つ年下の男の子がいた。

男の妻にどんな目に遭わされるかと最初身構えていたが、意外な事にこれと言って嫌がらせなどされる事はなく事務的に接してくれた。さすがに本当の家族のようにとはいかないが、食卓も一緒の席で同じものを出されるし、衣服や部屋ももう一人の娘と遜色ない程度に整えてくれる。女の醜い部分を散々見てきたリリアナにとって彼女の事務的な対応は意外に感じた。



だがリリアナと同い年の娘だけは、父の不貞の子であるリリアナが許せないようで、皆の目を盗んで小さな嫌がらせをたびたび仕掛けてきた。

『他人は早く出て行って』などと嫌味を言いながら突き飛ばしたり、見えないところで足を踏んだり、クローゼットの服をズタズタに破ったりなどの嫌がらせをしつこく仕掛けてきた。

育ちの良い娘のする嫌がらせなどリリアナからすれば可愛いものだったが、恵まれた人生を送ってきたくせにこの程度で不幸面するのかと可笑しくなった。


「私がその日の食べ物に困っているときも、気絶するまで叩かれていた時も、あの子はこの家でお腹いっぱい食べて両親に愛されてフカフカのベッドで寝ていたのよね・・なんてズルいのかしら。姉妹なのにあの子だけ恵まれていちゃ不公平だよね」



リリアナは服を破かれたり突き飛ばされたりするたびに、苛めに耐え忍ぶようなふりをして父や弟に見つかるように涙を流した。

父はリリアナに対する罪悪感もあってか嫌がらせをした娘をきつく叱り、弟もヒステリックな姉に辟易していたようで不幸な境遇のリリアナに同情的だった。リリアナの泣いている姿を見てからは、何かあるたびに彼女の味方をしてかばうようになった。


嫌がらせをするとすぐに父や弟にきつく叱責される。それに反発する娘が更にリリアナに八つ当たりをするという悪循環に陥り、リリアナは使用人達も味方につけて娘をどんどん孤立させていった。



味方が全くいない状況で、温室育ちの貴族の娘が精神的に耐えられるはずもない。娘は追い詰められ嫌がらせをするどころではなくなり、部屋に引きこもりがちになってリリアナと顔を合わす機会も減った。


そんな娘に対しリリアナは、あの子が可哀想だわといって気遣い、仲良くなりたいのと何度も部屋を訪れ優しく語りかけた。そうすれば簡単なもので、意地悪してごめんなさいと娘はリリアナに泣いて謝り、意地悪をした自分にこんなに優しくしてくれるなんてとリリアナを崇拝するようになった。


娼館で女たちの争いや手練手管を散々見てきたリリアナにとって、育ちの良い娘を手玉に取ることなどたやすいことだった。娘の仕打ちを恨む事無く、優しく気遣うリリアナを屋敷の使用人も父や弟も『なんて心根の優しい子なんだ』と褒めたたえ、最初突然現れた彼女に余所余所しかった人々にも受け入れられていった。



ひとつ不思議だったのが、父の妻だ。娘が引きこもりになっている時期も、その後リリアナにべったり寄り添うようになった時も、終始他人事のような顔で静観していた。夫の不貞の子であるリリアナに対しても特別辛く当たることも無い。

何故なのか、なにか別の意図があるのではないかと気になっていたのだが、のちに使用人からリリアナの知らない事実を教えてもらった。



魔力持ちが居る家には多額の褒賞金が生涯にわたって贈られる。

王家からの祝福を受けるので、その家は王家の後ろ盾を得たと言っても過言ではない。事業を始める際にも信頼を得られるので非常に有利になるのだと言う。


父の妻は、社交界の貴婦人向けに化粧品などを売る商会を経営している。父も領地の収益があまり上がっていないためか新しい事業を興しているところなので、金の卵を産むガチョウであるリリアナを粗末には扱えないのだろうという事らしい。



リリアナは国からお金がもらえるなんて話は父から全く聞いていなかった。


涙を浮かべ『娘と呼ばせてほしい』と言った理由は所詮金だったのかと知り、思った以上にショックを受けた。

だがよく考えれば遊びで手を付けた平民の女が知らぬ間に産んでいた子にいきなり愛情など持つわけがない。そんなこと分かっていたはずなのに、絆された自分が悪いのだと思い直した。


そう、最初からある訳なかった肉親の情などを期待するからいけないのだ。自分もこれは取引だと割り切って、彼らを最大限利用しようとリリアナは決意した。


割り切って打算的にいい子を演じれば、周りは勝手にリリアナをもてはやしてご機嫌を取ってくれる。過去の生活を思えば天国のようだ。愛などと曖昧なものを期待せずに、貴族としての生活を楽しめばいいのだ。


リリアナは、かつて絶対に手に入らなかったような豪華なドレスや甘い菓子、綺麗な宝石、可愛い靴を山ほど買ってもらい、かつて夢見たその贅沢な暮らしを満喫した。




***





「魔法学校ですか?」


リリアナが屋敷で家庭教師に勉強を教わっていた時、王宮から戻ってきた父から呼び出されてこう告げられた。


「そう、学習面も一般常識もようやく追いついたからね。君をそろそろ魔法学校へ入学させるように正式に通達が来たんだ。本来なら魔力持ちの子は初等部から通う事が義務付けられているのだが、君の場合他の勉学がほかの子に追いついてからと言う事で、今まで保留になっていたんだ」


字の読み書きも覚束なかったリリアナには専門の家庭教師が何人もついて勉強や貴族としてのマナーを教えられていた。必死に勉強したが、それでもまだ同じ年の頃の子のレベルには追い付いていないのが現状だ。魔法学校は上位貴族の魔力持ちエリートばかりが集まる学校なのだから、学力に大きな差があるだろう。

不安な気持ちが顔に出ていたのか、父はフォローするようにこう続けた。


「ほとんどの子が初等部から行くが、家の事情や病気などで入学が遅れる子もいるから心配いらない。魔術の授業などは他の子と分けて特別授業を設けてくれるから大丈夫だよ。それに君の魔力は抜きんでて多いそうなんだ。きっと学校でも優秀な生徒として受け入れられるよ」


どうやらリリアナに選択権のない話らしい。この家を離れて寮生活が始まることになる。後から編入する自分は既にいる生徒たちからすれば異端者だろう。上手く立ち位置を作らねばならないなと思った。




キリのよい時期と言う事で、リリアナは中等部に皆が上がるタイミングで入学することになった。

親の身分の差など関係なく、魔力持ちは皆平等に扱われるという学校の方針で全寮制となっているためリリアナも入寮しそこから学校に通う事となる。


寮とはいえ上位貴族の子達が集められているからか、驚くほど立派な造りになっていた。

水もお湯も使い放題、食事も朝夕と別に軽食がいつでも食べられる。リネンも新しく清潔なものが揃っていて、各部屋には暖炉もついている。まるで高級なホテルのようだとリリアナは思った。


案内してくれた同級生の女の子が『狭いし、自分で部屋の掃除もやらなきゃいけないから大変だけど入寮は義務だから仕方ないのよ、我慢してね』と言った。

我慢も何も国の金でこんな贅沢な暮らしと教育が受けられるなんてどれだけ優遇されているのだろう。でも貴族の子からすると不便極まりない暮らしなのだと知って嫌な気分になった。


顔には出さないが内心ムカムカしながら説明を受けていると、ガラスの扉の向こうに寮の別棟が続いているのが見えた。こちら側より豪奢な造りに見える。


「ねえ、あっちは?上級生の棟?」


あちらの方がさらに豪華そうでいいなと思って聞くと、同級生は『ああ』と言って顔をしかめた。


「あっちは今、一人のご令嬢だけが使っているのよ。詳しくは知らないけど、特殊な魔力持ちらしくて、彼女だけ全て特別待遇なの・・あっあの子よ」


同級生が示した方をみると、見事な銀の髪をたなびかせて、驚くほど綺麗な女の子が歩いていた。窓から差し込む日の光を受けて銀の髪が薄い金色に輝いてみえる。


「私たちと同級生のミアさんていう子よ。すごく綺麗な子よねえ・・でもいつもすごく仏頂面なのよ?学校でも特別扱いだし、私たちとは慣れあうつもりも無いって感じ」


「・・・そうなの?傲慢な子なのかな?みんな我慢しているのに、ひとりだけ特別なんてずるいね」


適当に相槌を打ちながらリリアナはミアに見とれていた。


(お母さんの・・髪・・)


リリアナの母は金色だったが、病にかかる前はあのミアのように長くてとろけるような美しい髪をしていた。昔の母の顔が年を追うごとにぼんやりとしか思い出せなくなってきたが、あの子のように儚げな美しい顔をしていたように思う。


愛おしそうに目を細めてリリアナを見て微笑む母の顔が誰よりも美しいと幼い頃思っていた。

母の顔を思い出そうとすると、いつも死に際の青黒い横顔がちらついてしまう。大好きだったあの顔を忘れたくないのに。



彼女が笑ったら、お母さんに似ているのかしら・・。



ビスクドールのように動かない表情のミアをリリアナはみつめていた。



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