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よろしくおねがいします。
「なにこれ~?ミアちゃんのリボン可愛い~ミアちゃんだけずるい~」
髪を結んでいるリボンはハギレを使ってミアが作ったものだ。新しいものを買う余裕があまり無いので、着られなくなった服の綺麗な部分を使って必要な小物を作っている。
ミアのリボンを見て声をかけてきたのは同じクラスのリリアナ。彼女の身の回りの品はどれも貴族御用達の超高級品で揃えられている。どれも彼女を愛する友人たちからの貢物だ。リリアナがリボンを欲しいと一言いえば、きっと次の日にはたくさんの美しいリボンが彼女の元に届けられるだろう。
にもかかわらずリリアナはミアの持ち物を見ては『ずるいずるい』と言って羨ましがる。
(ずるい・・この場合のずるいって・・?いいなあみたいな意味かしら・・?)
あまり人と会話する機会のないミアはいつもこの級友の言う言葉の意味がよく分からない。なぜリリアナがこうもミアに話しかけてくるのかそれすらも理解できない。
常に感情を押し殺して生きてきたミアにとって、支離滅裂な言葉を繰り返すリリアナは全く理解が及ばない未知の生物のような存在だった。
ここはダルトン王国にある、国立魔法学校。
王家の始祖は天界から降りてきた神だという神話をもつこの国は、特別な力……魔力を持って人間が生まれることがある。総人口からすると一割にもみたない稀有な存在なので、魔力を持って生まれた子どもたちは、保護する目的も含めて、国が運営する魔法学校に入学し、魔力の使い方について学ぶことが義務付けられている。
ミアもまた、その特別な力を持って生まれた者の一人だ。ただ、その特別な物のなかでも更に特別な存在だった。
そんなミアは、幼い頃から感情をコントロールすることを強いられてきた。
生まれた時から内包する魔力が強いミアは、感情が高ぶるとその魔力を暴走させてしまうことがある。完全に魔力が暴走した時のミアはもう人ではなくなってしまう。理性をなくした獣と同じになってしまうので、周りの人間に危害を及ぼすとして、怒ることはもちろん、大声で笑ったり泣いたりというすべての喜怒哀楽を抑えるよう教育されてきた。
幼少期から苛烈な体罰をもってその制御方法を体に教え込まれてきたミアは、魔法学校に入学した頃には泣きも笑いもしない無表情の子どもになってしまっていた。
クラスでは、そんなミアを級友たちは影で『鉄面皮』と揶揄した。決して厚かましいような振る舞いはしていないのだが、話しかけてもニコリともしないミアの態度は同じ年の子ども達には冷淡でふてぶてしい態度に見えたようだ。
不名誉なあだ名を付けられたミアに友人など出来るはずもなく、クラスではずっと皆に遠巻きにされていた。
ミアのその整いすぎた容姿も級友に距離を置かれる一因だったのだろう。
彼女が無表情で身じろぎもせずに座っていると、まるでよく出来たビスクドールのようで、あれは本当に息をしているのだろうかと級友たちは遠巻きにひそひそと噂をしている。直接話しかける勇気をもつ者もおらず、ミアは常にクラスで独りだった。
そんな彼女に、積極的に話しかけてくる令嬢が現れた。
それが今目の前で『ずるいずるい』と叫びながらジタバタしているリリアナだ。
中等部から編入してきたリリアナは可愛らしい外見で、天真爛漫な子犬のような性格から途中編入にも関わらずすぐに多くの友人に囲まれるようになった。
ミアも中等部にあがってすぐ編入してきた彼女の事は認識していたが、人と関わることの少ない彼女は、新しいクラスメイトが増えたという情報を頭にいれただけだった。
「ねえ、あなたのその銀の髪とてもきれいね!お手入れどうしているの?特別な香油を使っているのかしら」
編入して早々、リリアナは離れた席に座るミアの元へ寄ってきた。隣の席に腰掛けるとミアの髪を遠慮なく手に取って撫でた。ミアは驚いてほんの一瞬心拍数が上がったがすぐに落ち着かせ冷静に答えた。
「寮の購買で売っている椿油よ。茶色の瓶の」
購買で一番安くて量が多い香油だ。ミアは使っているものを素直に答えた。
するとリリアナはその可愛らしい瞳に涙を溜めミアを詰った。
「・・・嘘つくなんてひどい!女の子ならだれだって綺麗になりたいと思うでしょう?教えてくれたっていいじゃない!独り占めなんてずるいわ!」
突然非難されてミアは混乱した。嘘?なぜ嘘だと判断したのだろうか?あの香油は何か悪い評判でもあったのだろうか?単に問われた事実を答えただけなのに、疑わしい何かがあったのだろうか?
ミアは訳が分からなかったが、その戸惑いは当然顔には出ない。二の句が継げないでいると、泣き出したリリアナの周りに級友が集まってくる。
「リリアナちゃん、香油なら俺がプレゼントするから!泣かないで、ねっ?」
「私はフローレンスの香油を使っているけど、とてもサラサラになるわよ!良かったら試してみない?」
リリアナを励まそうと口々に話しかけてくる。みんな、ちらりとミアを見るが、目が合うと誰もが慌てて視線をそらした。無表情のこの顔が怖いのだろうかとミアは思ったがそれを問いかける勇気はない。
級友たちはミアから遠ざけるようにリリアナを誘導し教室から出て行った。廊下から『鉄面皮に話しかけちゃダメだよ!』とか『リリアナが可愛いから嫉妬しているんだ』と話す声が聞こえてくる。
ミアは非難される理由がわからなかったが、特に問題ある発言をしたわけでもない。リリアナはきっと感受性の強い女の子なのだろう。思春期で感情のバランスを崩しているのかもしれない。いずれにせよこれ以上関わることもないだろうから私が彼女の事を心配しても仕方がないと、ミアはこの件についてもう気にしないことにした。
だがこの日を皮切りに、リリアナは毎日ミアに話しかけてくるようになった。