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皇帝陛下は、妻を愛でたい

作者: 華月

(H30.2.28)バッカス公国→バッカス皇国

(H30.3.1)夫となった男性そのものだった→夫となった男性その人だった

彼は、リチャード・バッカスは→彼、リチャード・バッカスは

嫁いだ時よりと→嫁いだ時よりも

(H30.3.4)敗戦国の王女が召し上げる→敗戦国の王女が召し上げられる

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色鮮やかな豪奢なドレスに、キラキラ輝く宝石のついたアクセサリー。

ドレスは部屋に溢れんばかりに用意され、アクセサリーはテーブルの上を隠してしまうほどだ。

アクセサリーの乗ったテーブル越しに向き合うのは、この国でも随一の商人らしい。


「ほう、なかなかのものだな」

「はい。こちらで用意出来る、最高品質のものでございます。その分、宝石そのものの大きさは小さくなってしまいましたが、必ずやご満足いただけるでしょう」


ひくりと頬を引きつらせる合間にも、話はどんどん進んでいく。

体が沈みそうなほど柔らかいソファですぐ隣に腰掛けるのは、つい数日前に夫となった男性その人だった。

燃え盛る炎のような緋色の髪と、金に輝く美しい瞳。

端正な顔立ちは商人に向けられる時は淡々としているのに、妻を見つめる時はとろりと甘いものになった。


「リザ、どうだ?気に入ったものはあるか」


腰を抱き寄せ、耳元で囁く。

途端に妻の顔はぼんっと赤く染まり、羞恥で照れているのがよくわかる。

夫はそんな妻をニコニコと見つめ、商人やその部屋にいる侍女たちも、微笑ましそうに夫婦を見つめていた。

妻──エリザがこの国に嫁いできたのは、10日ほど前のことである。

リザというのは夫のみが呼ぶ彼女の愛称で、夫以外にその呼び名を口にするものはいない。

正確には口にすることを許されていない。

なぜならエリザの夫は、このバッカス皇国の皇帝その人なのだから。

つまりエリザは、皇国の皇后なのである。

皇后を愛称で呼ぶなどという不敬は、いくら実力主義を掲げるバッカス皇国でも許されていない。

そもそも皇帝が許しはしないのだが。

彼は、エリザのことを、心底可愛がっているのだから。


エリザは元はエインズワース王国の第一王女であった。

エインズワース王国とバッカス皇国は隣国ではあるが、はるか昔より没干渉が続いている。

それは国力の差が理由であり、バッカス皇国からすれば、小国のエインズワース王国など野に咲く花のように興味のわかない存在だったのだろう。

エインズワース王国も、この世界で最も国土と国力のあるバッカス皇国に戦を仕掛けるなどと馬鹿げたことをするでもなく、しかしバッカス皇国と交渉出来るはずもなく、結局関わりを持たないという形で落ち着いていた。

それがある日、突如としてその均衡は崩されたのだ。

それはバッカス皇国が、気まぐれにエインズワース王国に攻め入ったからである。

当然軍事力もある大国に小国が適うはずもなく、エインズワース王国はあっという間に攻め落とされた。

幸いだったのは、バッカス皇国の目的が虐殺ではなかったということ。

数日にも満たないうちに落とされたため、被害もほとんど無いに等しかったのだ。

しかしエインズワース王国がバッカス公国に敗戦したという事実は覆らず、エインズワース王国はバッカス皇国の傘下に降ることになった。

傘下、といっても、バッカス皇国の庇護下に置かれるというわけではない。

ただエインズワース王国が、バッカス皇国に逆らえないようになるだけ。

例えエインズワース王国に不利益な条約を結べと言われても、断れない立場になっただけだ。

バッカス皇国が望んだのは、たったひとつだけだった。

それは、エインズワース王国の王女を、バッカス皇国に召し上げること。

エインズワース王国には二人の王女がおり、望まれたのは第一王女──エリザであった。

エリザの実の親でもある国王はそれを了承し、エリザはバッカス皇国に嫁ぐことになったのだ。

両親である国王と王妃にとっても、それは都合のいい話だったのだろう。

なぜなら、二人いる王女のうち、両親が可愛がっていたのは、第二王女だったのだから。

敗戦国の王女が召し上げられる。

それはつまり人質であり、例えエリザに何があっても、エインズワース王国は何も言えない。……言うつもりもないだろうが。

だからエリザはエインズワース王国からバッカス皇国に向かうまでの道のりを、不安の中で過ごした。

それは夫となるバッカス皇国の皇帝が、たいそう恐ろしい人物であると聞いていたからだ。

血濡れの帝。赤き帝王。冷血の王。

皇帝であるにも関わらず、戦ごとでは常に最前線に立ち、敵を薙ぎ払う。

倒した敵は数え切れないほどに多く、その手は血で染まっていると、そんな呼び名がまことしやかに囁かれるようになったらしい。

そんな人が夫となるのだ、当然身はすくんだし、恐ろしかったし、不安でたまらなかった。

けれどエインズワース王国は半ば追い出されたようなもので、エリザは祖国に居場所などない。

侍女も執事も護衛も、エインズワース王国から連れていくことは許されなかった。

だから──初めて、夫となる皇帝に出会った時。

本当に彼は噂と同一の人物なのだろうかと、我が目を疑ったくらいである。

バッカス皇国に到着したエリザはそのまま皇帝の元へと案内され、そこで夫を初めて見たのだ。

彼、リチャード・バッカスは、噂と違い優しげな笑みを浮かべ、エリザを迎え入れてくれた。

それから10日間、リチャードはバッカス皇国がエリザを歓迎しているのだと、敗戦国の王女に対するものとは思えないほどの高待遇を指示してくれたのだ。

皇帝であるリチャードは日々忙しくしているが、それでもエリザとの時間をきちんと大切にしてくれる。

所詮、噂は噂なのだと、エリザはすっかりリチャードに気を許していた。

ただ──この数日でわかったことだが、リチャードは少し、エリザに甘すぎる。

今だって、エリザのためにと、ドレスやアクセサリーを山のように用意させたのだから。


「へ、陛下。その、わたくし……」

「リザ、俺のことはリックと呼ぶように言っただろう?他人行儀な呼び方はやめてくれ」


リチャードは皇帝だ。

当然彼を愛称で親しげに呼ぶなど、リチャードの幼い頃からの付き合いだという近衛騎士にすら許されていない。

しかしリチャードは夫婦なのだからと、エリザをリザと呼び、エリザに自分をリックと呼ぶようにと常々言い聞かせていた。

嫁いだ時よりもリック様と口にする回数は増えたものの、やはり、咄嗟の時は陛下と呼んでしまう。

そのたびにリチャードは少し寂しそうに眉をさげるのだ。


「は、はい、リック様。……ですが、その、つい五日前にも、ドレスとアクセサリーをいただいたばかりで、まだ一度も袖を通していないものが沢山……」


しかし、いくら何でもリチャードは自分を甘やかせすぎだと思う。

つい五日前にも、リチャードは「この国のドレスは持っていないだろう?」と山のようにドレスとアクセサリーを用意してくれたのだ。

嫁いだその日にも、エリザのためにと既に多くのドレスがあったにも関わらず。

10日の間にそのドレス全てに袖を通すなど不可能で、これ以上用意しなくても、一年毎日ドレスを変えても余るくらいだ。

ドレス一つ一つに合うようにと同じ数だけアクセサリーが用意されており、エリザのためにと用意されたものだけで、どれほどのお金が動いたことだろう。


「リザが来る前に用意させたものではリザの身体に合わなかったし、リザの好みもわからなかったからね。それに、五日前のものは普段着用だ。今選んでいるのは出かけるようのもので、ああそうだ、式典用のドレスも別で用意させなくては」


にこりと微笑むリチャードに、エリザはさっと顔を青ざめさせる。

つまり、用途が違うから全く別物だと言いたいのだろうけれど。

そんなに多くのドレス、用意されたところで着られないものがほとんどのはずだ。

式典なんて毎日あるわけではないし、毎日出かけるわけでもない。

というか五日前のあの豪奢で上質なドレスが普段着用だなんて。

頭の中がパニックに陥り、エリザはおろおろと視線を泳がせる。

リチャードはそんなエリザを愛おしげに見つめ、楽しそうな笑みを浮かべた。


「それとも、リザは気に入らない?それなら、すぐに別の商人を呼ぼう」


その言葉に、今度は商人が顔を青ざめさせる。

せっかく皇帝陛下直々に、皇后様のためのドレスをとお声がけいただいたのに。

もしここで追い返されてしまえば、陛下にも皇后様にも気に入られなかったと印を押されることになる。

それは今後、今まで積み上げた功績もすべて台無しになるということ。

商人の顔色が変わったことに気づいたのだろう、エリザは慌てて首を横に振る。

そしてテーブルに広げられたうちの、ひとつのアクセサリーを適当に手を取った。

それは真っ赤なルビーの輝くイヤリング。


「……すてき」

「そんな小さなものより、他のものはどうだ?」


リチャードの言うとおり、そのルビーは、他のアクセサリーに比べて随分小さなものだった。

しかしエリザは首を横に振り、小さなルビーのイヤリングを撫でる。


「これがいいです。だって、リックさまの御髪と同じ色ですもの」


ほんのりと赤くなった頬。

エリザの言葉に、リチャードは面食らったように目を瞬かせる。

確かにリチャードと同じ色のアクセサリーは、ルビーのイヤリングしかない。


「……いけませんか?」


思わず手のひらで顔を覆ったリチャードに、エリザは不安そうに問いかける。

リチャードは手で顔を隠したまま首を横にふり、天井を仰いだままイヤリングを購入の指示を出した。

ついでに赤いドレスをいくつか仕立てるよう指示を出し、商人は品物を手際よく片付けると、恭しく頭を下げて退室していった。

その頃にはリチャードも顔から手を離しており、エリザのことを愛おしそうに見つめている。

エリザは嬉しそうに買ってもらったばかりのイヤリングを撫でており、その頬はいまだに赤らんだままだ。


「気に入ったか?」

「はい!リック様、本当にありがとうございます。わたくしに、こんなにもすてきな品を……」

「リザが満足ならそれでいい。それに、お前が今まで与えられなかったものを、俺が代わりに贈っているだけだ。リザにはそれを受け取る権利がある」


リチャードの言葉に、エリザは曖昧に微笑むだけだった。

エリザはこんな贅沢をと辞退しようとするが、王族や皇族にとっては、当たり前の出費だ。

そんな当たり前のことを当たり前と出来ないのは、今までのエリザの境遇にあるのだろう。


エリザはエインズワース王国の第一王女ではあるが、王女とは名ばかりの、不当な扱いをされていた。

ドレスやアクセサリーも与えれてはいたが、それらはすべて、一度妹の使用したものだ。

生まれつき身体の弱かった妹を両親はたいそう可愛がり、全てにおいて妹を優先させていたのである。

国王と王妃のその態度は、やがて臣下たちにも伝わり、エリザは祖国で腫れ物を扱うかのような対応をされていた。

エリザが唯一心休まるのは、エリーと名を偽り、王宮を抜けて市井に遊びにいったときくらいだ。

町娘のエリーとして庶民に混じるのは、王宮で肩書きだけの第一王女でいる時よりも、ずっと楽しいものだった。

だからエリザは、王族──嫁いでから皇族として──対応されていることに、慣れていないのだ。

だからこそ、リチャードはますますエリザを甘やかそうとする。

今までの出来事を、忘れさせたいから。


「ご歓談中、大変申し訳ございません」


近衛騎士のひとりが近づき、膝をついて頭を下げる。

リチャードはエリザに向けていた優しげな眼差しを消すと、冷ややかな目で騎士を見やった。

しかしリチャードのソレは普段のことであり、エリザに対する態度が特別なのだ。エリザは気がついていないが。

騎士はそのことを理解しているため、特に表情を変えることなく、頭を下げている。

許可を出したことで騎士がリチャードに耳打ちすると、リチャードはちっ、と小さく舌を打った。

そして、すぐににこりと微笑み、エリザの頬をするりと撫でる。


「すまんリザ、執務に戻らねば……」

「い、いえ!こちらこそ、長々と引き留めてしまって……」

「俺がここにいたかったんだ、リザのせいではない。この埋め合わせは必ずしよう。いい子で待っているんだぞ」


そしてエリザの紅のひかれた唇に自身のソレで触れると、名残惜しそうに頬をひとなでして席を立った。

エリザは真っ赤に染まった顔で慌てて立ち上がり、リチャードを見送る。

リチャードは部屋を出る前にエリザを見やり、ひらりと手を振り、今度こそ部屋の外へ出ていった。


部屋に残されたエリザは、侍女により紅茶を勧められる。

先程までアクセサリーの並んでいたテーブルには、今度はあっという間にお茶の用意が並べられ、エリザはそっと美しい技巧の施されたティーカップを手に取った。

淹れたての紅茶を楽しむエリザは、部屋を出たあとのリチャードと騎士たちの会話を、知る由もなかった。


「──ああ、まったく、リザとの時間を邪魔するなど。やはりエインズワースはさっさと滅ぼすべきだったな」

「……お言葉ですが、皇后様はとてもお優しいお方です。あのような待遇をしてきた国とはいえ、祖国ですので……。もし滅ぼしてしまえば、皇后様はお悲しみになられるかと」

「お前に言われずともわかっている。だが、どうせならもう少し被害を与えるべきだったな。まさかエインズワースがあれほど弱いとは思いもよらなかった」


騎士の言葉に、リチャードはふんと鼻を鳴らす。

騎士は「失礼しました」と素直に謝罪した。

リチャードがエリザについて知らないとも取れる発言をしたため、内心処罰を恐れて冷や汗を流していたが、リチャードはそれほど気にしていないようだった。

どうやら先程までエリザと過ごしていたため、多少なりとも機嫌はいいらしい。

もし機嫌が悪かったらと密かに想像し、ゾッとした。

リチャードはこの実力主義を掲げるバッカス皇国でも、特に実力主義を推薦している。

そばに置く騎士たちも官吏たちも、貴族から平民まで身分の差は広い。

他の国よりも身分の差というのは重要ではないため、貴族が平民に嫉妬して、という話もほとんど聞かないくらいだ。

そしてリチャードは、便利なものはそばに置くが、決して信頼しようとはしない。

つまりもしリチャードにとって不利益な存在になり得れば、すぐにでも切り捨てられる可能性があるのだ。

それこそ、冷血の王たる所以である。

だから、エリザがバッカス皇国に嫁いできた時。

そしてリチャードがエリザとともにいる時。

見たことも聞いたこともないくらいに優しくエリザに接するリチャードに、皇宮は上へ下へ大騒ぎになったくらいだ。

エリザはすっかりリチャードが噂とは違い優しい人だと思っているようだが、その優しさはエリザにしか向けられない特別なものなのである。

そもそも。

エリザがリチャードの元へ嫁ぐことになった、そもそもの原因。

バッカス皇国とエインズワース王国との戦の引き金となったのは、リチャードその人なのだから。


「いや、被害があれば、リザも素直にこの国に来てくれなかったかもしれないな。……リザを手に入れるためにわざわざ仕掛けた戦だ、それでは意味がない」


エリザを妻として娶るため。

そんな理由のために、リチャードは戦を起こしたのだ。

元々、エリザに対する不当な扱いを知り、すぐにでもエリザを奪いたかった。

しかしそれには大義名分が必要であり、そのための戦だ。

エインズワース程度の小国にバッカスが負けるなど有り得るはずもなく、予想通り、エリザはすぐにリチャードのものになった。

最初は緊張していたらしいエリザはまともにリチャードの顔すら見なかったが、今はエリザにキスをしても、真っ赤に顔を染めるくらい。

そんな男慣れしていないウブなエリザは、ますますリチャードを溺れさせる。


「で?あのクズどもがどうした」

「我が国に敗戦以降、細々と行っていた貿易も途絶えたらしく、財政難に苦しんでいるそうです。皇后様宛に手紙が届いており、失礼ながら中身を改させていただいたところ、要約すれば金を寄越せと」


騎士の言葉に、リチャードは不愉快そうに眉を寄せた。

あの国がいまだにエリザを縛ろうとしていることも、エリザに対して金を寄越せと言ってきたことも、すべてが腹立たしい。

手紙をエリザ宛にしたのは、恐らくエリザの手紙など中を改めないと思っているのだろう。

リチャードが、エインズワースからの手紙を確認しないわけがないのに。


「くだらん。なぜリザがクズどもの尻拭いをせねばならんのだ」


そう言いつつも、きっとリチャードは、エリザが望めばその願いを叶えようとするだろう。

バッカス皇国にとって金はそれほど重要なものではないが、だからといってホイホイ使える気軽なものでもない。

少なくとも、エリザ本人なら喜んで金をつぎ込むが、その家族となれば話は別だ。


リチャードは、エリザを見初めて以降、エリザの一挙一動に笑ったり喜んだり哀しんだりと、ずっと人間らしくなった。

エリザ以外に対する言動は何ひとつ変わらないが、ふとした拍子にエリザに間接的にでも触れると、途端に優しげな眼差しになるのだ。

それはリチャードに人間味を持たせたことでより親近感がわき、ますますリチャードとエリザに仕えようとする人材を増やす。

要するにバッカス皇国は、リチャードを人間らしくしてくれたエリザに、心底感謝し、忠誠を誓っているのだ。

だからこそ、長年エリザを苦しめてきたエインズワースが許せないのだ。

もしもエリザがエインズワースが滅びることを望めば。

バッカス皇国は、喜んでエインズワースを滅ぼすだろう。一人残らず。


「やはり、早めにエインズワースは潰すべきだろう。リザが知れば、優しいリザは悲しむだろうが……()()()()()()()()の話だ」


リチャードの言葉を理解したのか、騎士が足を止める。

同じくリチャードも足を止め、その場に膝をついた騎士を見やった。


「エインズワースを滅ぼす。その事に関して、一切、リザの耳に入れぬように」

「はっ!」

「お前たちとて、リザを悲しませたくはないのだろう。徹底させろ」

「仰せのままに、陛下」


──その数日後、世界から、エインズワース王国の名が消えた。

もちろん実行犯はバッカス皇国だ。

かつてならバッカス皇国が他国を攻め、勝利した時は、大大的に凱旋が行われていた。

今回は特別で、そもそもバッカス皇国がエインズワース王国に攻め入ったのは一度だけであるとされている。

そのことに関して口にしない様に箝口令が敷かれ、皇帝の命令を絶対とするバッカス皇国では、エインズワースについて口にすることは許されなかった。


もちろん、エリザは何も知らない。

ただ少しの間どうしても国を離れなければならないとリチャードに言われ、その間に寂しさを覚えただけだ。

数日も経たないうちに帰国した夫は、まるで離れていた時間を埋め合わせするかのように、しばらく妻のそばを離れなかった。

ようやく祖国を離れた地で、手にすることの出来た幸せ。

エリザはその幸せのきっかけとなったリチャードに、想いを寄せるだけだった。


愛しい妻を胸に抱き、リチャードはうっとりと頬を緩める。

エリザが望むなら、リチャードは何でもするつもりだった。

もしもエリザがドレスを望むなら、最高級のものを用意させよう。

もしもエリザが宝石を望むなら、最高品質のものを用意させよう。

もしもエリザが国を望むなら、他国を落として贈り物にしよう。

もしも──エリザが、この世の終わりを望むなら。

それでもやっぱり、リチャードは叶えてやるのだろう。

愛する妻の、喜ぶ顔が、みたいから。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 没干渉→没交渉 敗戦国の王女が召し上げる→召し上げられる
[気になる点]  連投スミマセンm(__)m  あとになってから「もしかして……」と、気付いたのですが… 『すぐ隣に腰掛けるのは、つい数日前に夫になった男性【そのもの】だった。』の【そのもの】って…
[気になる点] すぐ隣に腰掛けるのは、つい数日前に夫になった男性【そのもの】だった。 ◆【そのもの】は要らないような? 彼【は、】リチャード・バッカスは、 ◆【は、】じゃなく【――】の方が良い…
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