第七話 ご主人さまに万が一のことがあれば私もすぐに後を追いますから
俺たちが会場の隅で周囲を警戒していると、ツチヤさんが数人の兵士を伴って迎えに来てくれた。今度は姫殿下も一緒にいるせいか、護衛も十人に増えていて隙間がない。その人たちに囲まれて俺たち四人はようやく混乱覚めやらぬ会場から外に出ることが出来た。
「この場はオオノ・ショウゴロウ殿に任せておけばよいだろう」
「ツチヤ殿、イチノジョウ殿を討った犯人は捕まったのか?」
「誠に恥ずかしながら王女殿下、犯人の姿はどこにも。されどただ今城内を隈なく探索しております故、見つかるのは時間の問題かと存じます」
「目星はついておるのか?」
「おそらくはオダの手の者による仕業かと」
姫殿下の口調はいつになく険しい。そこには皆からもてはやされるお姫様という顔は微塵もなく、一国の王女という威厳さえ感じられた。これがオオクボ国王が若干十二歳の幼い女の子を他国の地に向かわせた所以なのかも知れない。
「易々と間者の侵入を許す結果となり、面目次第もございません」
「イチノジョウ殿には同情するが、一つ間違えばここにおるヒコザが殺されていたのかも知れぬのだ。そうなれば貴国との同盟話が無に帰するばかりか、戦争になるかも知れぬぞ。心して我らを護衛いたせ!」
「はっ、はは! 心得ました。お前たち、命に替えてもこの方々をお護りするのだ!」
ちょっと待った。俺が殺されたら戦争になるかもって、それはいくら何でも大袈裟なような気がする。しかし姫殿下は今回のタケダの失態に対して異常なまでに怒りを露わにしているように見えた。
「あの、一ついいですか?」
「何かな、コムロ殿」
「王子殿下が討たれたとなると、三日後の戴冠式はどうなるんです?」
「頭の痛いところだな。国王不在という事態も非常にまずい」
俺は目先のことに捕らわれていたが、言われてみれば王子殿下は次期国王だったのだ。その人が殺されてしまったということは、候補となる王子が一人もいなくなってしまったということである。しばらくは側近の誰かが代行を務めたとしても、遠からず後継者争いが勃発するのは火を見るより明らかだ。
「でしたらご主人さまが代わりを務めてはいかがですか?」
ところが沈痛な面持ちの面々をよそに、アカネさんがまたとんでもないことを言い出した。
「アカネさん、何を言っているのか分かってるんですか?」
「だってお嬢様もおっしゃっていたではありませんか。ご主人さまは王子殿下とよく似ていると。それに王子殿下が殺されたことを知っているのは会場にいた人の中でもごく一部だけですよね。だったらご主人さまが代わりに戴冠式に出られても誰にも気付かれないのではないでしょうか」
「アカネ、そなた自分の夫となるヒコザが危険に晒されてもよいと申すのか?」
そうだ、たった今イチノジョウ王子が暗殺されたばかりなのだ。おそらくそこには何か政治的な思惑が絡んでいるのだろう。それをなかったことのように俺という代役を立ててまで戴冠式を強行すれば、今度は俺の身が危なくなるのではないだろうか。
「ですから戴冠式は見晴らしのいい屋外で執り行えばいいと思うんです。誰も隠れ潜むことの出来ない広い場所でご主人さまと神官様、後見という立場で王女殿下、護衛にお嬢様と私の五人だけがいる状況でなら……」
「矢が飛んできても防げる、ということじゃな?」
「その通りです」
なるほど、これを聞いてアカネさんにちょっと感心してしまったよ。それに屋外の風があるところなら、矢も風に煽られるし遠距離からの攻撃はほぼ不可能だろう。
「確かに私とアカネさんならアヤカ様と先輩をお護りすることは可能ですね」
「見晴らしのいい広い場所ならたとえ忍者でも近寄ることさえ至難の業か」
「なんと! それは誠ですか!」
ツチヤさんの顔が急に明るくなったような気がする。しかしちょっと待てよ、そうまでして俺が代役を果たさなければならない理由は何だろう。
「ヒコザよ、このままでは我が国とタケダの間に溝が出来る。そしてそれは確実にオダにとって好都合となろう。どうじゃ、ここは一つ国王になってみる気はないか?」
一度決まった戴冠式を取りやめにし、王子殿下の身に何かあったことが国民に知れれば大混乱になるのは必至だ。そうなればオダにとってはこの上なく都合がよく、万が一タケダがオダに屈するようなことにでもなれば我が国も安心してはいられないということか。もし本当に俺が代役を務めることでその危機を救えるのなら、命をかける価値があるかも知れないな。それに元は平民の俺が国王になってみるというのも悪くない気がする。
「分かりました、引き受けましょう」
「ご主人さまに万が一のことがあれば私もすぐに後を追いますから」
「私だって先輩の身に何かあったら……」
「ちょ、ちょっと待ってよ二人とも。絶対何もないように頼むよ」
二人は真剣な眼差しだったが、言ってることが縁起でもない。俺は情けないと思いながらも、二人の未来の妻に命を預ける覚悟を決めた。




