第一話 確かに殿下に瓜二つだな
宿場町の一泊では何事も起きず、俺たちは翌日予定通りにタケダ王国王城に辿り着いた。道中で時折スノーウルフが唸り声を上げることもあったが、それもほんの数回程度のものだった。ババさんによると、野生動物の気配にでも反応したのではないかということである。
「それでは我々の役目はここで一端終了となります。またお帰りの際にはお供させて頂きます」
「うむ、護衛ご苦労じゃった」
それから野営の時に討たれた遠見の人にと、姫殿下は悔やみの文書とメダルを用意していた。
「これは……?」
「我が王家への勲功に対する褒美じゃ。遺族に渡されるがよい」
「勿体ないお気遣い、感謝の念に堪えません」
「ババ殿、くれぐれもあのことは……」
「はて、何のことでございましょう?」
「うむ、それでよい」
姫殿下は満足げに肯くと、頭を下げる騎馬隊の前を通って王城の入り口へと向かった。可愛いお尻をババさんにバッチリ見られていたからね。
「ハルノブ国王陛下、お久しゅうございますわ」
城内に入って案内された謁見の間で玉座に構えるタケダ・ハルノブ国王に優雅な一礼を済ませた姫殿下だったが、そこで動きが止まってしまった。後ろに控えていた俺たちには、姫殿下が息をのんだのが分かるほどだった。
「お気づきになられましたな、アヤカ王女殿下」
「も、もしや陛下は……?」
「ようこそ、おいで下さった。私が次期タケダ王国国王となるタケダ・イチノジョウです」
「そ、そなたは……!」
姫殿下の声が再び驚愕に震えたのが感じられた。わずかほんの数分の間に二度も姫殿下を驚かせたのはどんな出来事なのだろう。俺は自分の好奇心を抑えきれずに、こっそりと上目遣いで様子を窺うことにした。
「え? ええ?」
だが次の瞬間、姫殿下に続き俺まで驚いてその場で立ち上がり奇声を上げてしまった。
「ひ、ヒコザ先輩、無礼で、す……よ……?」
すぐさまユキさんが俺の腕を引っ張って跪かせようとする。しかし彼女もまた、ふとした拍子に見てしまったのだろう。中途半端な姿勢のまま固まって動かなくなっていた。
「お嬢様? ご主人さま?」
異変を感じたアカネさんがユキさんと俺の名を読んだが、二人ともすぐに反応出来なかったのは言うまでもない。しかし不測の事態にも充分に耐えられるように教育されているのか、アカネさんだけは慌てて姿勢を崩すことはなかった。さすがは男爵家のメイドさんである。
「よくぞ参られた。面を上げられよ。と言ってもすでに上げられている方もおいでのようだが」
次期国王の側近の人が含み笑いしながら言った。ここでようやくアカネさんも顔を上げて玉座の方を見ることになる。しかし彼女だけはきょとんとして、俺たちが何に驚いているのか分からないといった雰囲気だった。
「お嬢様、ご主人さま、一体何にそんなに驚かれているのですか?」
「え? だってアカネさん、あの次期国王となられるタケダ・イチノジョウ殿下が……」
「そうですアカネさん、あのお姿が……」
「はい? 確かに驚くほどご主人さまに似ているとは思いますが髪と肌、それに瞳の色が全く違いますので明らかに別のお人ですよね?」
アカネさんってちょっと抜けている感があったけど、なるほど彼女の言う通りだと思ったよ。言われてみれば鏡を見ているように思えたのは錯覚だ。鏡なら髪や肌などの色が違って映るはずがない。
「そなたがコムロ・ヒコザ殿か。話には聞いていたが確かに殿下に瓜二つだな」
王子の側近の人は自らを名乗った後に、俺をまじまじと見ながらそう言って笑った。
「今宵は歓待の宴を用意している。存分に楽しんでいくがよい。それとコムロ・ヒコザよ、そなたには少々余興に付き合ってもらうぞ」
「は……はい?」
余興って何だろう。まさか二人で幽体離脱芸とかやるわけじゃないよね。
「アヤカ王女には込み入った話があるゆえ、しばしこの場に留まられよ。側近の二人は宴まで入浴などしてゆるりとしておるがよい」
「お言葉ですがイチノジョウ殿下、私はアヤカ姫の、こちらのアカネはヒコザ先輩の護衛を我が国王より仰せつかっております」
「心配はいらぬ。万に一つも客人に危険が及ぶことはない」
「ですが……」
なおも食い下がろうとするユキさんを姫殿下が目で制した。何となく嫌な雰囲気だがここは他国の城内、王子の言葉に逆らうというのは得策ではないだろう。
それから姫殿下はその場に残り、俺は女の子たちと引き離されて別室に連れて行かれることになる。これから何が起こるのか、今の俺には全く予想すら出来なかった。




