第八話 私が帯刀していない時は敬語は禁止!
「あ、あの……」
こういう時にイケメンってめちゃくちゃ楽だ。じっと瞳を見つめるだけで相手が恥じらってくれるのである。しかもこっちの世界では俺が可愛いと思う女の子ほどモテないので、そういう子は男性に対する免疫もほとんどないと言っていい。それは今目の前にいるユキさんも例外ではなかった。彼女は耐えきれなくなったのかふいっと目を逸らし、小さな声でつぶやく。
「そ、そんなに見つめられますと……恥ずかしいです」
これだよコレ! この恥じらいこそが俺が求めていたものなんだよ。
実はキミエさんもじっと見つめると時々恥じらった表情を見せてくれるが、あの人はかなりモテるのでユキさんほどの効き目はない。
それはいいとして今はユキさんだ。俺は自分でも信じられないくらいにユキさんに惹かれていくのが分かった。
「ユキ様、どうかご自分をそんなに卑下なさらないで下さい。私は本当に……」
「も、もう分かりましたから! お願いですからそんなに見つめないで下さい」
両手で顔を覆ってしまうユキさん。こういうのを羞恥プレイって言うのかな。
「ユキ様?」
「そ、それからヒコザさん!」
しかしユキさんはすぐに顔から手を離して、両手に拳を握り締めて叫んだ。びっくりした。
「は、はい、何でしょう?」
「その、様というのはおやめ下さい」
「いや、しかし……」
「しかしもお菓子もありません! だいたいヒコザさんはおいくつなんですか?」
「はい? 少し前に十六になったばかりです」
「なら高等四年生ですよね? 私は一つ年下の高等三年生です。私の方が年下なんですからやはり様はやめて普通に呼んで下さい」
「ですがユキ様は男爵様の……」
「で、ではその男爵の娘である私が命じます。さ、様はやめて普通に呼ぶこと!」
困ったなあ。いくら年が下だからと言って、貴族令嬢のユキさんを呼び捨てとかさん付けで呼ぶのは気が引けてしまう。しかしユキさんの命令となれば逆らうことも出来ない。
「承知しました。ではユキさんと呼ばせていただくことにします」
「あともう一つ……出来れば敬語もやめてほしいです……」
「い、いや、それは勘弁して下さい。いくらユキさんがよくても貴族様相手にタメ口はさすがに……」
「では、私が貴族と分からなければいいですか?」
「いえ、そういう問題では……」
「ならこうしましょう。私とヒコザさんの二人だけしかいなくて、私が帯刀していない時は敬語は禁止!」
それはつまりこの状況ってことですよね。今の彼女はミニ浴衣を着た単なる町娘にしか見えない。俺が彼女を連れてタメ口を利きながら歩いても、誰にもお咎めを受けることはないということである。
「分かりました。ユキさんがそう言われるのなら二人だけの時はそうします」
「ヒコザさん、そうします、ではなく!」
「そ、そうするね」
「はい!」
ユキさんの顔は相変わらず赤かったが、ようやく笑みを浮かべてくれた。おかしさに笑い転げるユキさんも可愛いが、こうして俺に向けられた笑顔はそれより数十倍も数百倍も魅力的に感じる。
「それじゃ行きましょ……行こうか」
「はい!」
それから俺とユキさんは無事にキミエさんたちと合流することが出来た。
ちなみに再会したケイ先輩は、なぜかユキさんに優しくなっていた。どういう心境の変化なのかとキミエさんに尋ねたら、ケイ先輩はユキさんを自分の引き立て役として認識を改めたそうだ。ケイ先輩、それってかなりひどいと思いますよ。でもまあ、それでみんな仲良くお祭りを楽しめるのなら、今のところは聞かなかったことにしておこうと思う。
ケイ先輩、俺にとってはあなたがユキさんの引き立て役にしか見えませんから。