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【番外編】 アカネの独り言 後編

 剣術を指南(しなん)する上で特に父が重要視していたのは一の太刀(たち)でした。競技としての仕合(しあい)であれば相手の様子をじっくり(うかが)うのも一つの策だと思います。でも剣術は本来敵を殺すためのもの。例えば一の太刀で敵の利き腕を落とせば、生存率は格段に上がるのです。


 また一の太刀では敵の剣先より遠くにある急所を狙うのは至難の(わざ)と言えます。仮に相手が剣を上段に構えて剣先が背中の後ろにあったとしても、不用意に踏み込めば上からその剣が振り下ろされてくるのです。これはほぼ視覚外からの攻撃になりますので、防御も難しいと言わざるを得ません。


 ただし一の太刀で敵の戦闘力を低下させてから二の太刀で急所を打つ、というのは勝率こそ上がるものの必勝ではありません。仕合であればそれでも十分ですが、実戦では相手が一人とは限りません。そこで父が編み出したのが二刀を使う剣術だったのです。


「ヤマト殿の剣術は二刀を操るものだったな」

「はい。ですが女の私では一刀しか扱えません」


 これも嘘です。二刀流ミヤモト剣術は秘伝中の秘伝であり、無闇に人目に晒すことを父から固く禁じられていたのです。それに父は一刀のみの仕合でも負けたことはなかったそうです。


「そうか、それは残念だ。一瞬にして相手を倒すヤマト殿の剣術、この目でその真髄を見てみたかったのだが」

「ご期待に添えず申し訳ありません」

「いや、構わん。では始めるとしようか」


 タノクラ閣下も私も防具を着け、互いに向き合って木刀を構えました。試合開始の合図は、普段閣下のお相手をされているお城の執事さんが受け持って下さることになりました。


「始め!」


 閣下と私が相対(あいたい)するとすぐに執事さんの声がかかりました。するとどうしたことでしょう。閣下にはまるで隙がありません。これは相当の使い手と見て間違いはなさそうです。


 ミヤモトの剣術は、剣の扱いだけではなく相手への礼節も重んじる厳しい掟があります。つまり相手が相応の修行をして仕合を挑んできた場合、例え格下と分かっても手加減してはならないということなのです。また、女である前に武芸者としての私の血が騒いだことも大きかったと思います。気がついた時には私は剣を下段に構え、大きく一歩踏み込んでミヤモト居合術を使っていました。


 この居合い術は剣を下段後方に(かしら)、つまり(つか)の底を相手側に、剣先を自分の背中側に相手の視線と重なるように構えるところから始まります。こうすると切っ先が相手には見えず、刀身との距離が予測出来なくなるのです。刀が鞘に収まっているのと同じ状態を作り出す、と言えばいいのでしょうか。


 私は左利きですから木刀は私の左側、閣下から見て右側に置かれます。ということは閣下にとっては私の右肩側が最も隙があるように映るのです。そして閣下は左手が上になるように柄を握っておられますので、あちらも左利きだと思われます。そうなると私の右肩は狙いやすいはずですし、閣下ほどの腕前であれば必ずそこを狙ってきます。


 思った通り、閣下は私の右肩めがけて木刀を振り下ろしてこられました。私はそれをわずかに左に身を移して(かわ)します。同時に上段に向けて木刀を振り上げました。


「うぐっ!」


 私の木刀が閣下の脇腹を打ちつけ、閣下の顔には痛みによる苦悶の表情が浮かんでいました。剣術の仕合はこうして一瞬で勝敗が決することが多いのです。


「……」


 これが私がこのお城でやらかした最初の出来事です。ミヤモト剣術が誇る無敗の歴史を守った喜びを感じた直後、激しい後悔の念に(さいな)まれることになってしまいました。


「あ、あの……」

「しょ、勝者ミヤモト・アカネ!」


 驚いて言葉を失っていた執事さんが、冷や汗をかいているような表情のままで叫びました。執事さん、ちょっとだけ空気を読んでほしかったです。


「わ、私の剣が届かなかっただと……?」

「申し訳ありません、その……」


 曲がりなりにも平民の私が、仕合とはいえ貴族様を木刀で殴りつけたのです。特に居合い術は切っ先の動きも速いため、受けた方の痛みも相当なものとなります。仕合ですからさすがに無礼討ちにはならないでしょうが、激しい叱責(しっせき)は覚悟せざるを得ませんでした。


「素晴らしい! 素晴らしいぞミヤモト・アカネ! 当城に奉公を許す!」


 ところが閣下は一瞬青ざめた表情になっていたものの、すぐに大きく目を見開いてそう言って下さいました。私にとってみれば開いた口が塞がらない状況です。


「え、あの……」

「実は娘がおってな、私が稽古をつけたのだが若いせいか剣の腕ではすでに追い抜かれてしまったのだ。歳はそなたより一つ上なのだが、娘の稽古の相手もしてやってくれ」


 この後私はお嬢様、ユキ様と剣術の稽古をすることになるのです。でも、お嬢様にも二刀流ミヤモト剣術のことは今も言ってません。


 お嬢様とのお話し、そしてご主人さまに初めてお逢いした時の気持ちなどは、また機会があったら聞いて下さいね。


 それでは、アカネでした。

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本作の第二部は以下となります。

暴れん坊国王 〜平凡だった俺が(以下略)〜【第二部】

こちらも引き続きよろしくお願い致します。

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ストックはすでに五話ほどあります。

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