第六話 其方はこのユキの伴をいたせ
「ま、まさかアヤカ姫さ……殿下?」
「おお、存じておったか。妾もプチ嬉しいぞ」
プ、プチって……いやいや、そんなことより何でこんなところに王族の姫殿下がいる……いらっしゃるのさ!
「あう……あ、あの……」
口をパクパクしただけでまともに言葉を発せられなくなった俺を見て、二人は大爆笑を始めた。そんなに笑わなくてもいいじゃないですか。こっちはもう生きた心地してないんですから。
「ヒコザさん、今日は何の日かご存じですよね?」
「きょ、今日です……でごじゃ、ごじゃいま、ましゅか?」
まさかの姫殿下の登場に、俺は唇まで震えていたので噛みまくってしまった。
「もう! これ以上笑わせないで下さい。姫殿下は別ですが、私には無理に敬語を使わなくても構いませんから」
「いやいや、こんなに楽しませてもらったのは久しぶりじゃからの。ヒコザとやら、妾にも敬語は使わんでよいぞ」
二人とも目に涙を浮かべるほど笑っている。そんなにおかしいのか。俺はこれから無礼討ちされるというのに。
「きょ、今日はお祭り……あ! 姫殿下の裳着の式典!」
「あ、とは何じゃ、あ、とは」
「ひっ! も、申し訳ございません!」
「まあよいわ。つまりめでたい日ということじゃ。分かるか?」
「も、もちろんでぎじゃ……ごじゃいまする!」
ぎじゃって噛みすぎだよ、俺。これにはようやく治まりかけていたユキさんの笑いも、再びぶり返すことになってしまった。
「其方は先ほど無礼討ちと申したがの。そんなめでたい日を其方ごときの血で穢すと思うのか?」
「は、はひ?」
「アヤカ様、ごときは失礼ですよ、ごときは」
えっと、あれ? てことは俺の首は胴体とお別れしなくていいってことなのか? いやいや、そんな都合のいい話があってたまるもんか。無礼討ちは三日間の祭りの後にするという話に決まってる。つまり俺の寿命が三日だけ延びに過ぎないってことだ。
「で、では無礼討ちは三日後になると……?」
ここでまたユキさんが笑い出した。何がそんなにおかしいんですか。
「其方はそんなに自分の首を自分の目で眺めたいと申すのか?」
「へ? あれ?」
自分の首って鏡にでも映さない限り、自分では見ることが出来ないよね。
「殿下も私もヒコザさんを無礼討ちにしようなどと考えてはおりませんから、どうかご安心下さい」
ツボに入ったユキさんはすでに笑いを堪えるのも大変という感じだったが、かろうじて俺の無礼討ちを否定してくれた。
ということはつまり、俺はこれからも生きていけるってことだ。よかった。十六歳で死んだら前世と合わせても百歳未満、平均すると人生一回当たり五十年も生きられなかったことになる。前世では天寿を全うしたというのに、そんなのギャップがあるどころか悲し過ぎるだろ。
「それに無礼討ちにするつもりなら、ヒコザさんを膝枕したりはしませんよ」
そうだ、ユキさんの膝枕。あれは本当に気持ちよかった。
「何をデレッとしておる! この不埒者め!」
「す、すみません!」
姫殿下に怒鳴られて、俺はまたまた地面に額を擦りつけた。
「アヤカ様、これ以上脅かさないであげて下さい。おでこからも血が出てしまいますから」
「なんじゃユキ、其方はこのヒコザが気に入ったのか? そう言えば其方が男の頭を膝に乗せるなど、珍しいことをしておったしの。ま、此奴は相当のイケメンだし惚れるのも無理はないか」
「あ、アヤカ様!」
何かおかしな展開になった気がしてちょっとだけユキさんの方に目を向けると、可愛い顔が真っ赤に染まっているように見えた。
それにしてもこのユキさん、よくよく見ると腰まである水色の長い髪がさらさらしていてきれいだ。それにキュッと締まった細い腰と足首は、俺の下半身を充血させるに充分過ぎるエロさを醸し出している。
ついでに俺が愛してやまない胸は、あの感じだとDカップくらいあるだろう。うん、とてもいい。求めていたのはこれだよ、このときめきだよ。
でもなあ、相手は貴族様のご令嬢で俺はオーガライトが採れる山持ちの息子とはいえ平民だ。この身分差は如何ともし難いものがある。
「ふむ、ヒコザよ、妾は間もなく城に戻らねばならぬ。さればこのユキはせっかくの祭りをぼっちで過ごさねばならなくなるわけじゃ」
「は、はあ」
ぼっちってこの姫殿下、どこからそんな言葉を習ってくるんだか。
「アヤカ様! ぼっちはひどいです!」
「事実じゃろ。よって妾が命じる。祭りの間、其方はこのユキの伴をいたせ」
「はあ……はい?」
「アヤカ様! ヒコザさんにもお連れの方がいらっしゃいます。ご迷惑ですよ」
「構わん。妾の命じゃ。その連れとやらも同道いたせば済むことじゃろう」
これは願ってもないことになってきたぞ。キミエさんたちには悪いが、俺としてはユキさんと一緒の方が嬉しい。
「ヒコザさん、断ってもいいんですよ」
「ならん。妾の命じゃと言うておろう」
「ユキさ……ユキ様、俺……私には殿下のご命令に背くことなど出来ません。ユキ様さえお嫌でなければお伴させて下さい」
「なっ!」
俺のこの申し出はユキさんにとって予想外だったようだ。それに真っ赤になって狼狽えているところを見ると、姫殿下の言葉通り俺のことも満更ではないのかも知れない。身分差って乗り越えられるのだろうか。
「よし、決まりじゃな。ユキも楽しんでくるとよかろう。時にヒコザよ」
「は、はい、何でございましょう」
「敬語はよいと言うておろう。して、其方の連れというのは女子かの?」
「は……あ、あうあう……」
さっきキミエさんって明らかに女の子の名前を口走っているんだから、改めて確認することないじゃないですか。
「ユキ、連れは女子のようじゃぞ。負けんようにな」
「もう! アヤカ様!」
「ヒコザ君! 遅くなってごめん! 大丈夫だった……って、あれ?」
キミエさん、タイミング最悪だよ。ようやく警察官を連れて戻ってきたキミエさんたちは、ミニ浴衣の二人と伸びた三人の酔っぱらいを見て唖然とするばかりだった。




