第四話 おいお嬢さんたち、どこ行くんだよ。俺たちと楽しもうよ
「キミエさん、やっぱりチュウタは家の手伝いに出るみたいなんでお祭り一緒に行きましょうか」
祭りの初日、俺がサシマ豆腐店に到着した時にはすでに、浴衣を着たキミエさんとクミ先輩、それにケイ先輩の三人が待機していた。馬子にも衣装というと失礼極まりないが、ケイ先輩もクミ先輩も浴衣姿はそれなりに様になっている。俺視点の感想だとこうなるが、こっちの世界の奴らには三人の浴衣姿は垂涎ものなんだろうな。
「ヒコザさん、お祭り楽しみましょうね」
「ヒコザ、私は今日は帰らないことになってるからね」
クミ先輩はいつも通りだったがケイ先輩はどうやらやる気らしい。
「ケイ、そんなこと言うとヒコザ君困っちゃうから」
キミエさん、フォローありがとうございます。まあでもケイ先輩には効き目ないだろうけど。
「そんなわけないわよね、ヒコザ。この私と一晩中一緒にいられるんだから」
ほらね、言いながらケイ先輩は早速俺の腕に巻きついてきた。彼女のこの馴れ馴れしい感覚が俺はどうしても好きになれないんだよ。さらにあろうことか一生懸命胸を押し当ててくるんだけど、実はケイ先輩の胸ってあんまり大きくない。というよりむしろ、こうして押し当てられると肋骨が当たって痛いくらいだ。
しかしこの様子からすると絶対に家まで付いてくるって言うだろうな。適当なところで何か理由をつけて巻かないと、俺の童貞が危ういことになる。それすなわちこっちの世界の決まりで、俺の人生そのものが危うくなるということだ。大袈裟に聞こえるかも知れないが、実際そうなのだから仕方がない。
「ケイ先輩、腕組まれると歩きにくいので」
やんわりと組まれた腕を離そうとするが、これくらいでは離れてくれないから面倒くさい。
「ケイ、私たちもいるんだから、そういうのは二人だけの時にしてくれるかな」
そこへクミ先輩が助け船を出してくれた。さすがにケイ先輩も友達にこう言われてしまっては離れざるを得ない。ありがたい。クミ先輩、後で綿飴でもおごらせて下さい。こうしてひとまず俺は自由を得て、四人で出店が並ぶ王城の方角へと歩みを進めた。
「ちょっと待ちなよ」
厄介なことに巻き込まれた。何度も言うようだが俺はこっちの世界では超イケメンだ。その俺がやはりこっちの世界で美人とされている女子を三人も連れている。こうなると面白くないのは、いわゆるブサメンとされている連中だろう。俺から見れば彼らの方がよほどイケメンなのだが、酒に酔っているのも手伝ってこっちに絡んできたというわけだ。
「ようイケメン、ずい分可愛い女の子たちを独り占めしてんじゃん」
「うわっ! お酒臭い!」
強気なケイ先輩はこういう場面でも臆することがない。頼むから黙ってて下さいよ。酔っ払い相手に酒臭いとかいうのは禁句ですから。
「君たち飲みすぎだね。その歳で酒の飲みすぎは体によくないと思うよ」
ひとまず俺は相手を刺激しないように笑顔で声をかけた。彼らは三人、どう見ても俺たちと同年代だ。こちらの教育制度は十歳までの初等が四年、十二歳までの中等が二年、十八歳までの高等が六年となっている。つまり十六歳の俺は高等四年生ということになるが、絡んできた三人もだいたいそのくらいだろう。ちなみに義務教育は成人を迎える中等までとなっている。
「うっせえイケメン! てめえに指図される覚えはねえんだよ!」
これはどう考えてもこちらが不利だ。酔っ払っているとはいえ相手は三人、こちらは俺以外の三人が女子だから戦力としてはカウント出来ない。そして当の俺だが、ガタイは大きくてもケンカが大の苦手なのである。こうなってはもう俺が殴られている間にキミエさんたちを逃がす以外ないかも知れない。
「キミエさん、俺が時間を稼ぎますからその隙に逃げて下さい」
「え? でもヒコザ君……」
「ヒコザ! あんなヤツらやっつけちゃって!」
ケイ先輩、お願いですから煽るのやめて下さいって。そんなことを大声で言ったもんだから、余計に相手の三人が怒りだしてしまったじゃないですか。
「誰か呼んでくるから、ヒコザさん、怪我しないようにね。ほら、行くよ!」
クミ先輩はやっぱり冷静で頼りになる。ケイ先輩を引っ張りながら、キミエさんを連れて足早にその場を去って行った。
「おいお嬢さんたち、どこ行くんだよ。俺たちと楽しもうよ」
酔っ払いの一人がそんなことを言った時には、すでに先輩たちの姿は見えなくなっていた。本当は俺も一緒に逃げればよかったのだが、いかんせん今日は浴衣姿だ。対して彼らは動きやすい洋服姿だったから、いくら酔っ払いでもまともに走れない俺を取り逃がすことはないだろう。
俺は覚悟を決めて酔っ払いの前に立ちはだかった。クミ先輩、早く誰かを連れてきて下さい。心の中でそう願った次の瞬間、酔って手加減のない男の拳が無防備な左頬にヒットし、俺はあっけなく地面に這いつくばっていた。
「邪魔なんだよ、イケメンがっ! 潰れちまえ!」
口の中に鉄のような味が広がる。歯は折れていないだろうが頬の内側が切れたのだろう。酔っ払いは痛みで顔をしかめた俺に馬乗りになり、襟首を掴んでさらなる一撃を加えようと振りかぶっていた。
「何をしているのです!」
その時だ。突然聞こえた大きな声に、俺に向けて振り下ろされるはずだった拳が宙で止まる。
助かった、さすがはクミ先輩だ。もう助けを連れてきてくれたのか。そう思った俺は、安心したせいかそのまま気を失ってしまうのだった。




