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第十三話 武闘派サイカ流・くノ一(前編)

「か、カシワバラさん、どうしたの?」


 数日後の朝、登校してきたカシワバラさんを見て俺は思わず驚いた声を上げてしまった。彼女の腕や足の至るところに包帯が巻かれていたからである。幸いにして顔はきれいなままだったが、その痛々しい姿は尋常ではなかった。


「ちょっと階段から落ちてしまって……」

「大丈夫?」


 階段から落ちたにしては露出している肌の部分に見える傷は刃物で切ったように見える。あざもあるから思い過ごしなのかも知れないが、いつものカシワバラさんの様子と違うので気になってしまうところだ。


「大丈夫ですよ」


 彼女はそう言って微笑んだが、瞳には先日に引き続き寂しさのようなものが窺えた。それに目元は泣きはらした後のように腫れぼったく、あのほんのりとした甘い香りも漂ってこない。普通の石けんのような香りはするのでそれはそれで嫌いではないが、本当にどうしてしまったのかと心配になってくるよ。しかしカシワバラさんはそんな俺の思いをよそに、静かに黙って席につき何か考え事を始めた素振(そぶ)りだった。




 カシワバラ・スズネと名乗って近付き、ヒコザを家に招いて夕食を共にした日から数日後の夜更(よふ)けである。タケダ国(しの)(しゅう)の中でも特に戦闘術においては他流派の追随を許さないサイカ流、その当主の娘サイカ・シノはくノ一(くのいち)棟梁(とうりょう)キクの使いと名乗る者に呼び出され、そして囲まれていた。シノを取り囲むのは黒装束(しょうぞく)の忍び五人。その黒は月明かりすら反射せず、漆黒の闇に溶け込むサイカ流独特の装束である。つまりこの者たちは同門ということだ。それら五人とも忍者刀(にんじゃとう)を構え、シノへ向ける視線に一分(いちぶ)の隙も見せなかった。


「シノ殿、よもや任務(つとめ)を忘れたわけではないでしょうな」

滅相(めっそう)もありません」

「ではお尋ねしますが、先日まんまと家におびき寄せておきながら術を解いてそのままヤツを帰したのはなぜです? キク様も大変嘆いておられますよ」

「それは……」

「まさか相手に惚れたわけではありませんよね。失敗すれば次は力尽くということになりますが、その場合はシノ殿のお命もなくなります」

「そのようなことは……」

()せません。あの()ぎ薬はくノ一の秘薬。かけられた術を解かずにいればヤツは(あらが)うことが出来ぬ性欲に支配され、二刻(ふたこく)はシノ殿のお体を求め続けたはずです。男を魅了する(じゅつ)を持たないシノ殿にキク様が下されたものだというのに、なぜ無駄にしたのですか!」


 シノとて自分に科せられた任務を忘れたことなど一度もなかった。むしろそのせいで今、彼女は心に葛藤を抱えているのである。


 苦無(くない)投擲(とうてき)や忍者刀による戦闘にはずば抜けていたにも拘わらず、各流派姫君の中でも随一の醜女(しこめ)と陰口をたたかれ、女としての苦汁(くじゅう)をなめていた日々。それがここにきて一転、多くの女を一目見ただけで魅了してしまうほど美男のコムロ・ヒコザは、思いがけずも自分を一人の女性として扱ってくれたのである。その上オオクボ国王の騎士との肩書きも相まって常に取り入ろうとする美少女たちを寄せ付けようともせず、そればかりか彼が自分に構うせいで向けられるクラスの女子たちの敵意から、自分を護るような素振(そぶ)りまで見せていたのだ。シノがこれまで歩んできた十六年の中で、家族からですら感じたことのない優しさを彼に感じずにはいられなかった。


 それからもう一つ、シノはキクに対する不信感を持っていた。これまで女棟梁キクはくノ一の、いや自分にとっての最上の人であった。いつも心ゆくまで愛撫してくれる細く長い指先、その口から語られる自分を可愛いと褒める甘い言葉。しかしキクが恋しくて訪ねたあの日、これまでのことがすべて偽りだったと知ってしまったのである。


 男との間で交わされていた会話を盗み聞きしたのは自分の罪だ。だが知ってしまった真実はシノの心に怒りよりも深い悲しみを刻み込んでいた。だから余計にコムロ・ヒコザの何気ない優しさが救いになっていたのかも知れない。無論それは籠絡(ろうらく)しようとしていた相手に籠絡される、くノ一としてあってはならないタブーだった。


「キク様は早い結果をご希望です。もう一度だけ機会をお与え下さいましたが今回の失態には仕置きせよとのご命令です。ご抵抗は無用になさいませ!」

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本作の第二部は以下となります。

暴れん坊国王 〜平凡だった俺が(以下略)〜【第二部】

こちらも引き続きよろしくお願い致します。

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