エピローグ
「ここにシナノ王国王女、オガサワラ・ミノリ殿を我が妻に迎えることを宣言する!」
王城のバルコニーで俺と隣に立っているミノリ姫に、集まった民衆から惜しみない拍手と声援が送られてきた。
この婚儀にはシナノのオガサワラ国王は元より、同盟諸国の国王たちも全員が駆けつけてくれていた。それも各地の特産品をどっさり抱えてである。
「これより三日間は婚礼の儀が続く。来賓も多く訪れるだろうから、休める時には遠慮せず休めよ」
「はい。ありがとうございます」
傍らのミノリ姫に耳打ちすると、彼女は頬を赤らめながらにっこりと微笑んで返してくれた。純白の花嫁衣装はとてもよく似合っており、髪を飾る花も彼女の可愛らしさを惜しみなく引き出している。年齢にすれば彼女の方が上だが、全くそんな風には見えなかった。
「陛下、この後のご予定ですが、午後からは主だった方々を招いての披露宴。夜は来賓貴族方との晩餐会。明日は軍部での祝賀会。三日目は一般へのお披露目のため、馬車にて行列にご参加頂きます」
「相分かった」
彼の名はキミシマ・ダイゼン、ツッチーの後任の家令である。白髪に白い顎髭を蓄えた、ツッチーよりも家令然とした風貌だ。
「ダイゼン、着任早々忙しいだろうが、よろしく頼むぞ」
「御意」
その後の三日間は目が回るほどの慌ただしさだった。しかしミノリ姫はそれらを難なくこなし、さすがは一国の姫君だと感心したほどである。また、城下は王家の婚礼特需で活気づき、この時ばかりは出店も多く出て、まさにお祭り騒ぎだった。
「ヒコザ、ヒコザじゃないか!」
「母ちゃん?」
ほぼ全ての行事が終わった頃、オオクボ国王がどうしても会わせたい人がいるからと、俺と七人の妻は城の会議室に呼ばれていた。衛兵もメイドさんも入室を禁じられたその部屋には、懐かしい二人が待っていたのである。父ちゃんと母ちゃんだ。
「ヒコザ、本当にヒコザなのかい?」
「母ちゃん、その名前は……」
「あ、ああ、そうだったね。国王陛下、ご結婚おめでとうございます。ほら父ちゃんも何やってるんだい。ご挨拶しないかね!」
「ヒコ……タケダ国王陛下、おめでとうございます」
「お母様、お久しぶりです」
そこでユキたんが一歩歩み出て母ちゃんに一礼する。
「おや、アンタは確か男爵様の」
「ユキです。こちらはアカネです」
「アカネです、お母様」
「アンタも確かうちに来たことがあったね」
「覚えていてくれたんですか? 嬉しいです!」
「母ちゃん母ちゃん!」
「何だい、うるさいねえ」
「ユキもアカネも王妃なんだよ。アンタって言い方はちょっと」
「陛下、構いませんから」
ユキたんがクスクスと笑っている。そんな中でミノリ姫は呆気にとられるばかりだ。
「おおひ? おおひって何だい?」
「お妃様!」
「おひたし? 何だか美味そうだけど……お、お妃様だって!」
そこで母ちゃんお得意のあたふたが始まる。
「父ちゃん、ちょっと父ちゃん大変だよ! ヒコザの馬鹿がまた何かやらかしたんだよ」
「落ち着けサヨ、ヒコザが国王で彼女たちはその奥方、つまり王妃様ってことだから」
お、父ちゃんがまともなことを言ってるのは初めて見た気がする。さすがに伯爵ともなれば変わるということか。母ちゃんはさっき俺に国王陛下って言ったばかりじゃないか。さては台詞を丸暗記してきたな。
「ミノリ殿、これが余の両親だ。騒がしいが大目に見てやってくれ」
その後ミノリ姫は大爆笑してしまい、涙まで浮かべてお腹を抱えていた。
「ユキたん、体は大丈夫?」
「うん、平気だよ」
そう言って彼女は俺の胸にもたれかかってきた。
婚儀の三日間はさすがにミノリ姫と過ごしたので、嫁ローテーションが止まっていたのである。今夜は約十日ぶりにユキたんと過ごす日なのだ。
「寂しい思いをさせてごめんね」
「ううん。特別な行事だったもの。それよりミノリ殿が羨ましい」
「何で?」
「だってヒコたんとちゃんと結婚式出来たんだもん」
「確かにミノリ以外とは式を挙げてないんだよね」
「でも仕方ないか。色々大変だったし」
「まあね。ならこの後披露宴だけでもやる?」
「ええ? 皆忙しいだろうしいいよ」
「そっか。でもその分、俺は皆を幸せにしたいと思ってる」
そこでユキたんがふと顔を上げて俺の唇に人差し指を当てる。そして――
「違うよ、ヒコたん」
「違うって何が?」
「私たちもう、ちゃんと幸せにしてもらってます」
俺はそう言って微笑む彼女を抱きしめ、赤くなった耳元に囁いた。
「俺も幸せだよ」
長らくのご愛読、ありがとうございました。
本作はこれにて完結となります。




