第七話 将来はヒコザ先輩に美味しいものを食べさせてあげ……
いつものように真っ赤になって、それでも嫌とは言わないユキさんを見てカシワバラさんが手を打ちながら提案した。ユキさんの慌てぶりは相当なものだったが、俺はそんなユキさんを見るのが本当に好きだ。
「おお! それは名案。だけどさすがにお弁当二人分はちょっと多いかな」
「ちょ、ちょっと待って下さい! いきなり明日ですか?」
「ええ、私とタノクラさんで半分ずつ作ってくればちょうど一人分になりますし。それとも明日は私がコムロさんの分も作ってきましょうか?」
「わ……分かりました。では半分ずつということで……」
やった、ユキさんの手作り弁当が食べられる。ついでにカシワバラさんの手料理も食べられるなんて、何という幸運が舞い込んできたのだろう。
「ユキさん、もしかして料理苦手とかじゃないよね?」
「ば、バカにしないで下さい! これでも毎日練習してます! 将来はヒコザ先輩に美味しいものを食べさせてあげ……な、何を言わせるんですか!」
「え? 今なんかものすごく嬉しい言葉が聞こえたような……」
「気のせいです! 変なこと言うと作ってきませんよ!」
ユキさんはうつむいて、俺と目を合わせてくれようとはしていなかった。
「あら、コムロさんとタノクラさんってそういう関係だったんですか?」
「うん、まあ」
「違います!」
ちょっと小恥ずかしかったが頭をかきながら俺が肯定したのに、ユキさんはムキになって否定してしまった。うん、これは懲らしめるために辱めよう。
「あれ、ユキさん……違うの?」
「ま……まだって意味です!」
顔から耳まで、というか肌が露出している部分は全て真っ赤になりながら、ユキさんは俺を睨みつけた。ごめん、悪かったって。
「コムロさんがタノクラさんを大切にされている理由が分かりました。タノクラさん、可愛いですね」
「な、何を言って……る、るんですか!」
焦って噛み噛みなユキさんが何とか昼食を終えた頃、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
「それでどうなった?」
「はい、火の手は一瞬で村を焼き尽くしましたわ。火を放った者も逃げ遅れて大火傷でしたけど」
キクは半裸の男の胸に頬を寄せながら薄ら笑いを浮かべていた。
「その者の口は封じただろうな?」
「手抜かりはございませんとも」
「にしてもそうか、それほどの威力があったか」
男は傍らにあったグラスを手に取って揺らし、中のワインが描き出す波紋に満足げな表情で目を細める。
「これでイチノジョウの居城も落ちたも同然だな」
「ササ様、イチノジョウ殿下の城をお焼きになるのでしたら、あと数度は加減を確かめる必要がございます」
「あの城には二重堀の上に中池まであるからな。火攻めには強いが、だからこそそこに油断も生まれよう」
「そのためにはまだまだオーガライトの量が足りません」
「分かっている。そしていずれは父上にも灰燼に帰してもらわねばならん」
男はグラスのワインを口にふくみ、キクの顎を上げてその唇に注ぎ込んだ。口元からワインが漏れ出し、キクの首筋から胸に筋を作る。
「父上も早々に隠居して素直にオレに跡目を譲ればよいものを。ところであっちの方はうまくいきそうなのか?」
「はい、どうやら私の目論見は正しかったようで」
「そうか。しかし武闘しか使い途がないと思っていたシノが役に立つとはな」
「あの醜女を手懐けるために私がどれだけ我慢をしたことか」
「分かっている。お前の美女好きにも呆れるが」
「ササ様も相当と思いますわよ」
「男が女子を愛でて何が悪い」
「愛でるだけならよいのですが……」
キクの言葉にササと呼ばれた男は大仰に笑い、キクもそれに釣られたかのように声を出して笑っていた。その時キクは部屋の外に人の気配を感じていたが、敵意がなかったので捨て置くことにした。




