第十六話 お供させて頂きますとも
その後俺はトリイ侯爵にもエンザンに領地替えを命じることにした。側近のコノミが遠く離れてしまっては何かと不都合だろうし、剣豪とはいえ主がいなければ彼女も不安ではないかと考えたからである。無論、トリイ侯爵の後任は決めてあった。
「キノシタ公爵には遣いを出したな?」
「はい。書状を受け取ったらすぐにこの城に来るようにと。無視すれば今回の侵攻は帝国の意思と捉え、国境の即時封鎖とシバタ軍を打ち破った強力な我が軍が直ちに反攻を開始すると付け加えております」
さすがはツッチーだ。シバタ軍約七万に対してこちらの損害が約三百ということは、オダ側にも噂として流してある。
「それでエンザンの状況は?」
「エンザンには既に我が軍が駐留。領内は一時大混乱となりましたが、こちらに略奪の意思がないことを示して現在は鎮静化しております」
「そうか」
俺がツッチーに頷くと、扉の向こうで衛士が来訪者の到着を告げた。今俺たちは謁見の間におり、ある人物の来訪を待っているところだったのである。
「トクラ・ミナヨ殿がお見えにございます!」
「通せ」
「はっ!」
ツッチーの声に衛士が扉の前から横に退き、控えていたメイドさん二人が扉を開く。その向こうから城のメイド服を着たミナヨが姿を現した。
「国王陛下、お召しにより罷り越しました」
「うむ、面をあげよ」
目の前に跪いたミナヨを前に、俺はこれから残酷なことを伝えなければならない。
「ミナヨ、其方の父であるトクラ男爵が戦死した」
「えっ?」
「残念なことにトクラ男爵は、先日のエンザンでの戦いにてシバタ軍の第一陣として参加していたのだ」
「ま、誠にございますか!」
「ああ」
「それではこの私も王国への反逆罪で……」
「勘違いするな。其方はトクラ家とは縁を切ってこの地に移り住んだのであろう?」
「はい。仰せの通りにございます」
「ならば其方を罰する法はないから安心しろ。ただこれだけは伝えておかねばならぬ。エンザンが正式に我が領地となった後、トクラ家は取り潰しとなる。無論トクラ家に限らず彼の地の貴族は全て取り潰しだ」
「お取り潰し……」
「ひとまず今は其方の家族も親類も蟄居を命じられているはずだ」
蟄居とは邸の門を閉ざし、一室にて謹慎させられる刑罰のことだ。その部屋から出ることが許されるのはトイレに行くときのみで、当然だが厳しい監視下に置かれ外部との交流は一切許されない。
そこで初めてミナヨの目に涙が浮かんだ。彼女は父親である男爵とは反りが合わなかっただろうが、他の家族とはそうでなかった可能性もある。だとすればその者たちの身を案ずるのは当然と言えよう。
「それで、母や姉妹たちはどうなるのですか?」
「姉妹がおるのか?」
「はい。二つ違いの姉と五つ違いの妹がおります」
「そうか。トクラ家の財産は家屋敷を含めて全て没収。家名は取り潰しになるから爵位も剥奪となる。ただし没収とは言え其方の家では温泉旅館を営んでいたのであったな?」
「はい」
「ではよほど反抗的な態度を取らぬ限りは、そこで住み込みとして働くことは許されるだろう。生活には支障は出ないと思うぞ」
「そうですか」
こころなしかミナヨはほっとした表情になっていた。血を分けた親姉妹の今後の生活についてはやはり心配だったのだろう。
「だが当分の間は出国は元より外出も制限されるだろう。こればかりは便宜を図ることは出来ぬ」
「そのように陛下にお心を砕いて頂けるだけでも勿体ないことと存じております」
「しかしすでに我が国の領民である其方には特に制限はない」
「はい……」
「ところでミナヨ、其方はエンザンの温泉には詳しいか?」
「え? あ、はい。産まれてから少し前までずっと住んでおりましたのでそれなりには」
「そうか。実は余は近々彼の地に赴く。そこでだ……」
「ま、まさか陛下! なりません、なりませんぞ!」
どうやらツッチーには俺の考えていることが分かったようだ。ということはもう、止められないってことも分かってるよね。
「余の一行に同行してエンザンを案内致せ」
「え……は、はい?」
「陛下!」
「わ、わた、私がにございますか?」
ツッチーは頭を抱え、ミナヨは信じられないという目を向けてきている。
「そうだ。其方の実家の湯にも入ってみたいしな」
「それは大変に光栄ではございますが……何故に陛下は私のことをそのように気にかけて下さるのでしょうか」
「深い意味などない。ただ其方は余が召し抱えた者だからな、敢えて申すなら縁ということか」
「陛下との……縁……」
「余はな、特に我が城に仕える者とは深い縁で結ばれていると思っている。それは其方も同様なのだ」
エンザンの統治は基本的にトリイ侯爵に任せるつもりだ。神殿の建設に関しては一切を彼の側近のコノミに命じたし、俺がやるべきことはあまりない。だからこその物見遊山というわけである。
「ということだ、ツチミカド。お前も同道するがよいぞ」
「もちろん、お供させて頂きますとも」
言いながら軽く睨みつけてきたツッチーに、俺はニヤリと笑って見せたのだった。




