第二話 私なんかお呼びじゃないよね 【後編】
「ああ、王女殿下の裳着の祝いだったっけ?」
裳着とは女子が成人することで、男子なら元服と言われ、こちらの世界では共に十二歳になれば成人とみなされるようになる。もちろん成人なのだから、量などに制限はあるものの飲酒だって許されるということだ。今回の祭りは王家の一人娘であるアヤカ姫殿下が、その十二歳になった記念に催されるのだ。祭りのことなどすっかり忘れていたが、そう言えばチュウタと一緒に行く約束してたんだっけ。
「一応マタゾウさんとこのチュウタと行く約束はしてるよ。だけどアイツんちは出店出すって言ってたから手伝いに駆り出されるんじゃないかな。そうすると一人になるけど行けば学校の友達とかと会うだろうから、どっちにしても適当に行ってみるつもり」
「じゃあさ、一人になっちゃったら私たちと一緒に行かない?」
「私たちって、キミエさんの他は誰なん?」
「ケイとクミだよ」
ケイとクミというのはいつもキミエさんが連んでる彼女のクラスメイトである。キミエさんを含めたこの三人は学校でも有名な美人とされ、特に人気があるのは校内は元より城下でも一番の美人とも噂されるケイ先輩だ。ただしそれほど親しいというわけでもないのに俺のことを名前で呼び捨てにするこの先輩は、残念ながら俺基準では三人の中で最下位となる。性格も極端で、俺にはいい顔をするが彼女がイケメンや美人認定した者以外は歯牙にもかけないところがあった。
クミ先輩はいつも冷静で頭の回転が速い人だが、見た目は俺基準でキミエさんよりちょっと下、と言えば察しはつくだろう。しかしクミ先輩は色んな面で頼りになるし、基本的に優しい人なのでキミエさん同様嫌いというわけではなかった。
「ケイ先輩とクミ先輩か。俺ケイ先輩苦手なんだよね」
「あはは、ケイってやたらとヒコザ君に纏わり付くもんね。でも男の子ってああいうの好きなんじゃないの? 特にケイは美人だし」
その美人ってのはこっちの世界の基準だからね。俺からしてみればキミエさんの方がよっぽど美人だと思うよ。
「キミエさんだって何とも思ってない人にチヤホヤされても嬉しくないでしょ?」
「嬉しくないことはないけど、確かに纏わり付かれるのは迷惑かも知れないかな」
「ま、そういうことだよ」
「そうなんだ。私てっきりヒコザ君も満更じゃないと思ってたよ。今回だって最初にヒコザ君を誘おうって言ったのケイだし」
「そうか。まあ先輩の誘いじゃ断りにくいか。チュウタがダメだったら仕方ないかな」
「仕方ないって……」
キミエさんが苦笑いする。
「あ、キミエさんだけだったら断ったりしないから勘違いしないでね」
「え? それって……」
いかん、別にキミエさんのことは苦手じゃないってだけで、変に勘違いされても困る。
「ほら、キミエさんだったらこうして普通に接していられるからさ。他意はないよ」
「あはは、そうだよね。ヒコザ君、超イケメンだからモテるだろうし、私なんかお呼びじゃないよね」
「お呼びじゃないって……」
キミエさん、そんなに寂しそうな顔しないでよ。別にキミエさんのことを嫌ってるわけじゃないんだからさ。
ところでキミエさんは俺のことを超イケメンと言ったが、実は今の俺も日本にいた時の俺も目鼻立ちは基本的にほとんど変わっていない。いや、八十近い爺さんの姿ってわけじゃなくて、日本で十六歳だった頃の俺がまんまこっちでの今の俺ということだ。
ところがそれがこっちの世界では超絶イケメンと認識されるらしい。お陰で村でも学校でも大モテ。上は三十過ぎた行かず後家から、下は思春期に目覚めたばかりの十歳かそこらの少女まで、だいたい皆俺に一目惚れしてしまうってわけ。
日本での若い頃は超絶ブサイクだったからモテ期なんかあった記憶がないし、俺が十六歳の頃って戦後の混乱期だったから、これだけは日本では味わえなかった現象だな。
もっともそんなブサイクな俺でも当時は極端に男子が少なかったからね。何とか結婚して子供が産まれて、覚えちゃいないが孫の顔も見ることが出来た。ただ、その結婚した婆さんだって親同士が決めた見合いで知り合ったってなもんだ。
余談だが短めにカットした黒髪に関しては特徴的と言えるかも知れない。実はこっちでは黒髪ってけっこう珍しいんだ。
それなのに俺は未だに童貞だ。もちろんちゃんと理由があるし、そうじゃなかったとしても俺はヤラせてくれるなら誰でもいいって考えなど持っちゃいない。衝動がないわけじゃないけどこれでも身持ちは堅い方だと思う。初めてもその後も好きになった子としたいんだよ。だから俺が童貞でいる理由というのは、まだ女の子を本気で好きになったことがない、ということだ。ちょっとカッコいいだろ。
「そ、そろそろ帰ろうかな。母ちゃん豆腐待ってるだろうし」
「う、うん、そうだね。また来てね」
最後はありがとうございました、と商売用の挨拶を背中に受けながら、俺はサシマ豆腐店を後にするのだった。