第十三話 命の保証は致しかねますぞ!
「見ろ、村から火の手が上がっているぞ」
「どうせ滅ぼす村だ、金目の物がなければ焼き払うのみさ」
本体の兵士たちの目には、先に村に入った第二陣が村を蹂躙する光景が見えていた。家々からは次々と火の手が上がり、逃げのびようとする村人を捕まえては滅多斬りにしている。女は着ているものを剥ぎ取られ、代わる代わるに犯されてから殺されていた。
「おいおい、殺しちまったら俺たちが楽しめねえじゃねえか」
「慌てるな。村はここだけじゃねえよ」
騒ぎ立てる兵士たちの前に、後方から蹄の音が近寄ってくる。その重厚な鉄の響きは、ただの騎兵のものではなかった。それと気づいて兵士たちは一斉に口をつぐみ、音のする背後に顔を向けて青ざめていた。
「我らの目的は小さな村を潰して歩くことではない! この国そのものであるぞ!」
現れたのは総大将シバタ・ゴンロクだった。彼は十騎の騎兵を引き連れて部隊の先頭に出てきたのである。
「進め!」
シバタの号令の許、総勢六万の兵が前進を始めた。彼らはおびただしい数の村人の死体を踏みつぶし、容赦なく田畑を踏み荒らしていく。その行軍たるやまさに大波の如しである。しかしシバタはその時、どうも様子がおかしいことに気づいた。先頭を行く彼の目に、先陣を切ったはずの味方の姿が皆無だったのだ。
「止まれい!」
彼は大声で全軍に停止を命じた。微かに妙な音が後方から聞こえたからである。
「何の音だ?」
どうやら何かが風を切って近づいてくる音のようだ。しかしそれも束の間、部隊の後方から次々と悲鳴が上がり始めた。
「何事か!」
「て、敵襲!」
「何っ! どこからだ!」
「後方、距離約三町……ぎゃっ!」
報告してきた兵士は脳天に矢が突き刺さり、そのまま倒れて絶命していた。一町は約百十メートル、三町ならおよそ三百三十メートルということになる。弓矢の射程距離としては十分だが、今夜は月明かりもない曇り空。辺りは暗闇である。それをこれほど正確に射てくるとは、敵にはこちらの姿が見えているとしか思えなかった。
「数は!」
「分かりません!」
「ええい、何故今まで気付かなかった!」
シバタは焦りを隠せなかった。三町と言えば目と鼻の先、そんな距離まで詰められながら全く敵の存在に気付けなかったのである。
「申し上げます! 敵はトリイ侯爵の部隊、数はおよそ三千から五千!」
「申し上げます! 後方部隊敗走! 我が軍はすでに瓦解!」
「申し上げます! 敵部隊、後方より進軍開始!」
まるで悪夢を見ているようだった。次から次へと寄せられる報告は、どれも彼が思い描いていたものとは逆だったのである。
「焦るな! 急ぎ体勢を立て直すのだ!」
だが、六万の大軍といえども強制的に徴兵した平民や奴隷も多い。彼らの士気はもともとそれほど高いとは言えないから、部隊が混乱すれば我先にと逃げ出すのは無理もないことだった。
「数は圧倒的にこちらが有利なのだ、怯むな!」
彼は馬を走らせ、部隊の外側を回って声を荒げながら後方へと向かう。
「シバタ閣下、危険です!」
それを見た護衛の十騎の騎兵も慌てて付いていく。しかしほどなくそのうちの一人が飛んできた矢に首を射抜かれて落馬した。
「味方が進軍を開始したのに矢を射るとは……」
その時すでに最後方では、押し寄せてきたトリイ軍との戦闘が始まっていた。通常は味方が敵部隊に斬り込んだ場合、同士討ちを避けるために矢は射ないものなのだ。
「うおっ!」
突然彼の乗る馬が足元に着弾した矢に驚いて棹立ちしたため、たまらず振り落とされてしまった。それを残りの九騎が取り囲んで盾になる。
「閣下、お怪我は!」
「大事ない。騒ぎ立てるな」
「シバタ・ゴンロク、久しいのう」
その彼の目の前に、豪華な装飾を施された鎧姿の老人が現れた。何となく彼の顔には見覚えがあったが誰なのか思い出せない。
「貴様、何も……ぐぇっ!」
突如総大将の前に出てきた老人を咎めようとした護衛の騎兵は、すぐに九人とも首を掻きむしりながら落馬し、次々と泡を吹いて絶命する。
「儂だよ、貴様に殺されたアザイの王だ」
「なっ、そんな馬鹿な……」
言われてから改めて老人の顔を見ると、確かにかつて自分が手に掛けたアザイ王のように見えた。しかし、彼はこの手で討ち取ったはずだ。生きているわけがない。
「何のまやかしかは知らんが、俺は酔狂を好まん!」
「ふん! まあよい。貴様はまだ殺すなと言われておるからの」
老人が手を挙げると、いつの間にかシバタを取り囲んでいた鎧の兵士が彼を押さえつけた。そのあまりの力に彼は身動きが全く取れなくなってしまう。仮にも猛将と恐れられた自分を、いとも容易く封じるとは一体何者なのか。それを確かめようとして兵士たちを見回したが、誰一人として仮面の中に顔がないことに愕然とする。。
「貴様たちは一体……?」
「シバタ・ゴンロク殿とお見受けする! お命頂戴!」
そこへいきなり刀を振り上げ、一人の兵士が走り込んできた。声から察するに女性である。
「待て、コノミ、斬ってはならん!」
彼女を追いかけてきたのはトリイ・タダモト侯爵だった。しかし若い彼女の足には到底追いつけそうもない。
「女! これは余の獲物ぞ! 早々に立ち去れい!」
「おのれ何者!」
アザイ王はやれやれという表情でコノミとシバタの間に立ち塞がる。その頃にはすでに六万の軍勢は跡形もないほどに崩れ去り、投降して捕虜となった者以外に動く人影はほとんどなかった。
「少々脅かしてやるとするか。参れ小娘!」
「鎧から察するに高貴なご身分とお見受けするが、命の保証は致しかねますぞ!」
「小賢しい」
「やめろ、コノミ!」
トリイ侯爵が止めるのも聞かず、彼女は真っ直ぐにアザイ王に斬りかかっていた。対するアザイ王は刀こそ抜いているものの、完全に棒立ち状態である。そして彼女の刀が一閃、袈裟懸けに豪華な鎧を打ち砕いた。




