第十話 夜明けと共に現れる我らに驚く奴の顔が楽しみだ
「なあ、何だかちょっと様子がおかしくないか?」
その夜遠見鏡を覗いた偵察兵は、タケダ領の村の灯りが全く灯っていないことを不審に思っていた。
「農民の朝は早いから皆もう寝たんじゃないか?」
「そうかも知れねえけどよ、さすがにこれは報告した方がいいんじゃねえかな」
「あ、おい、ほらあれ」
一人が指さした方を見ると、三つほど灯りが微かに暗闇に浮かび上がっていた。それを遠見鏡で確認すると、確かに三つの家に灯りが見え、そのうちの一軒では人の影のようなものも動いている。
「ああ、何だ、気のせいか」
「今夜も異常なしで報告だな」
「そうだな、早く戻って一杯やろうぜ」
二人が村に背を向けると、三軒の灯りは跡形もなく消えたのだった。
――シバタ軍侵攻開始前日――
「婿殿、奴らの襲撃は明晩と決まったぞ」
「分かりました」
それを聞いた俺は、エンザンとの国境に向かう準備を始めた。同行するのはマツダイラ閣下とババ・ノブハル隊長率いる千の騎兵隊にスノーウルフ十頭である。彼らはいつ俺が号令してもいいように、すでに城門の脇で待機していた。
そして俺の護衛にはアカネさんとスズネさんが付く。もちろんウイちゃんも同行するが、彼女は主に俺とユキたんやトリイ侯爵との連絡係を務めてくれることになっているのだ。身重のユキたんはさすがに戦場とあって、今回は留守番してもらうことにした。
こちらの作戦はまずアザイ軍が敵の第一陣を殲滅した後、彼らの兵を装ったアザイ兵が作戦成功と伝令して第二陣と本体をタケダ領に誘い込む。そこで再びアザイ軍によって第二陣を叩き、その隙にトリイ侯爵の部隊が敵本体の背後に回り込むというものだ。奇襲をかけたつもりが逆に奇襲され、向こうは大混乱に陥るだろう。
「我らの姿は奴らには見えぬ。目の前で次から次へと味方が謎の死を遂げていく様を目の当たりにすれば、正気を失う者も出てこよう」
止めはトリイ侯爵部隊の背後からの攻撃だった。まずは矢の雨を降らせ敗走する兵を討つ、あるいは捕らえる。そこで首謀者のシバタ・ゴンロク伯爵も捕らえるという寸法だ。彼だけは矢が当たらないようにアザイ兵が護ってくれることになっている。皮肉なようだが確実に彼を生け捕るためには致し方ない。
「義父上の神殿建設にも人手が必要なので、なるべく多くの捕虜がほしいところですね」
「婿殿も容赦ないのう」
言いながらアザイ王も笑っていた。
「攻めてきたのはあちらですからね。ただの兵士でも侵略に加担した時点で同罪ですから」
本当は率先して侵略に加わった貴族や兵士は倒し、徴兵によって集められた平民や奴隷については助けてやりたいところだった。しかし憑き殺すのは簡単でも敵の数が多過ぎて、いちいち見極めるのはさすがのアザイ軍にも困難らしい。それでも極力そのような者たちは捕虜になるよう仕向けてくれるということだった。
「それでは義父上、私たちも彼の地に参りましょう」
「うむ。婿殿が到着する頃にはシバタ軍も壊滅しておろうがな」
「昨日と変わらずだな」
「ああ、静かなもんだ。ああして平和に暮らせるのも今夜が最後とも知らずに」
その日も遠見鏡を覗いた二人の偵察兵は、いくつかの家に灯りが灯っているのを確認して一息ついていた。
「占領したら略奪は好きなだけやれってことだったよな」
「それはそうだが、どうせ美味しいところは貴族様が持っていっちまうんだろうよ」
「女はまず回ってこねえか。ならせいぜい金目の物を頂戴するまでよ」
「あんな貧しそうな村に金目の物なんてあるのかね」
「なあに、村はあそこだけじゃねえ。俺たち第一陣は次々と村を襲っていけばいいのさ。トリイとかいう侯爵の城が見えるまでな」
「本部の話じゃそれまでに村は三つ。他にいくつかの集落があるそうだぜ」
「ならどれだけ早く村長の家を襲えるかだ」
「村長なら多少は持ってるってことか」
「そういうことだ」
二人が報告のために丘を降り始めると、村の灯りはまたもや跡形もなく消える。そしてそこから去っていったのは、三人の顔のない兵士たちだった。
「決行は明日の夜九つ、四つ半までに第一陣は丘に上がれ」
シバタ・ゴンロクは遠見からの報告を受けていよいよ襲撃の時を告げた。予想された明晩の天候は曇り、つまり月明かりもなく夜襲には最適だったからである。天候が予想された時点で襲撃の日時はほぼ決めていたが、今夜の遠見の報告によって本決まりになったというわけだ。ちなみに夜九つとはだいたい午前零時、四つ半とはだいたい午後十一時のことである。
「第一陣より襲撃成功の報告を受け次第、第二陣と我々本体も丘を越える。目指すはトリイ侯爵の城。夜明けと共に現れる我らに驚く奴の顔が楽しみだ」
その夜、約七万にも及ぶシバタの軍勢は、出陣前の酒盛りで大いに盛り上がったのだった。




