第五話 私には時も距離も関係ございませんから
「その者はメイドの知り合いで、話を聞いて是非体験入隊させてほしいと申し出てきたのです」
ツッチーの話では見た目は清純そうな感じなのだが、人を寄せつけない雰囲気がある少女とのことだった。年齢は俺やユキたんと同じくらいだそうだ。
「城下の娘か?」
「はい」
「そうか……」
どうしたものか悩みどころである。その少女一人だけなら特例で参加させることはやぶさかではない。しかし一人認めると次から次へと申し出が殺到してくるのは目に見えている。初日の五人のお陰でメイドさんたちの希望者は随分と減ってはいたが、それでもまだ残っているのが実情だ。そちらを後回しにするわけにはいかない。
「ツッチー、その少女に会えないかな」
「またでございますか」
呆れ顔で言うツッチーだが、基本的に俺が言い出したら聞かないのは承知しているはずだ。
「ですがこの理由で一介の平民に陛下が直接お会いになるというのは些か問題がございます。陛下の、いえ、王国の威信にも関わりましょう」
「そんなに大それたことか?」
「ご自身のお立場をお考えなされませ。陛下が黒と言えば、白いものでも黒になるのですから」
俺には白い物を黒く染める趣味はないけどね。
「ではどうする? 身分を偽るか? 例えば騎兵隊の副隊長とか……」
「そうですな。それならばよいと思います」
「え、いいの?」
「ただしお姿はお見せになられませぬように。陛下のお顔を知っていればすぐに分かりますでしょうから」
まさかこんな簡単なことで会わせてもらえるとは思わなかったよ。無理にでも言うことをきかせようとしたのに、ちょっと拍子抜けだ。
「それとお近くには必ず護衛をお付け下さい。その者が間者という可能性もございますので」
「ならスズネさんとウイちゃんにいてもらおうか」
「私でよろしければいつでも」
「ひぐっ!」
ウイちゃん、それやめてあげて。ただでさえツッチーは幽霊が苦手なのに、そのお腹から顔を出すのは悪趣味だから。普段クールなツッチーが慌てる姿には笑っちゃうけど。
「う、ウイ妃殿下! 私の腹から出てくるのはおやめ下さい!」
「あら、何か探られて困ることでもございますの?」
腹を探るってそういう意味じゃないでしょう。
「そういうわけではございませんが……」
「痛みも苦しみもないと思いますわよ。もっともここで私が実体化すれば大変なことになるでしょうけど」
未だ腹から顔を出した状態でクスクス笑うウイちゃんとは対照的に、ツッチーの顔は真っ青になっている。そろそろ可哀想だから助け船でも出してやるか。
「ツッチー、スズネさんに声をかけてくれるかな。それとその娘は謁見の間の横にある控え室にでも通しておいて」
「なるほど、あそこならお姿を見られず話が出来ますな」
謁見の間の隣の控え室は、謁見を求めてきた者がどのような者かを見定めることが可能なのぞき穴がある。もちろん控え室側からはそれは見えないが、その穴を通して会話も可能というわけだ。これ幸いと、ツッチーは極力冷静さを保っているように装いながら俺に一礼してその場を立ち去った。ただ、左右の腕と足が同時に出ていたというのは黙っておこう。
「騎兵隊への体験入隊を希望した理由を聞こう」
「では、お聞き届け頂けるということでございますか?」
控え室に通された少女は、ほとんど表情を変えることなかった。
「今は検討中だ。質問に応えよ」
「私の父は隣国のエンザンに暮らす男爵です」
「何だと、それは誠か?」
少女の話ではその父との仲がうまくいかずに、自由に行き来できるようになったこのタケダの地に移り住んできたのだという。
「そこでたまたま知り合ったこちらのお城に勤めるメイドの方と知り合いにあり、その方から体験入隊の話を聞いたのです」
少女曰く、まだ移住してきて日が浅い上に、貴族の家に育った彼女には手に職もなく、今後の暮らしをどうするか悩んでいたらしい。しかし幼少の頃より女ながらに剣術と馬術には関心があり、また彼女の家には男子がいなかったため、後を継ぐのは自分だと思って日夜鍛練に励んでいたそうだ。
「なるほど、そこで騎兵隊に入隊を希望しているというわけか」
「はい」
「だが騎兵隊は男にとっても狭き門。女子のお前が入隊を許されるには、相当の技量を要するぞ」
「ですから体験入隊にて、私の実力を試して頂きたいのです」
「そうか、話は分かった。私から陛下にお許しを請うてみよう」
「ほ、本当ですか!」
「勘違いするな。陛下がお許しになるかどうかはまだ分からん。追って沙汰する故、今日のところはひとまず帰られるがよかろう。娘、名を何と申す?」
「はい、ミナヨと申します」
「家名は?」
「やはり、お調べになるのですか?」
「当然だろう。開国しているとは言えオダとの緊張が完全に解けたわけではないからな。だが案ずることはない。調査は内々にて行うことを約束しよう」
そこでミナヨと名乗った少女は意を決したように、瞳に強い光を宿した。
「トクラです。爵位は申し上げた通りです」
「領地持ちか?」
「いえ、領地はありません。ただ敷地内に貴族専用のトクラ荘という温泉旅館を営んでおります」
そこまで分かれば十分だ。かと言って誰かを派遣して調査するには手間と時間がかかるし危険も伴う。つまりはそういうことを全て解決してくれる人に頼めばいいというわけだ。
「結果は二日後までには知らせよう。城門での受付時に住まいの場所は記載してあるな?」
「はい、もちろんです。でも……」
「どうした?」
「たった二日なのですか?」
国境までは片道二日、早馬でも往復で最低三日はかかる距離だから彼女の疑問はもっともである。
「そこは気にしなくていい。陛下のご判断がいずれでも結果は必ず知らせるから案ずるな」
「かしこまりました」
ミナヨが控え室を出ていったのを確認してから、俺は背後で浮いていたウイちゃんに顔を向けた。
「承知致しましたわ」
俺が言葉を発する前に彼女は頷き、いつものようにスッと姿を消す。やれやれ、これで後はその報告を待って検討するだけだ。そんなことを考えていると、今消えたばかりのウイちゃんが戻ってきたのである。
「あれ、どうしたの? 何か問題あった?」
「いえ、ミナヨさんの言葉に嘘はありませんでしたわ」
「え! もう?」
「はい。私には時も距離も関係ございませんから」
そう言って笑うウイちゃんを見ながら、俺は改めて幽霊の凄さを思い知らされたのだった。




