第三話 お呼びでございましょうか
更新遅くなりました。
明日はもう少し早く更新出来るように頑張ります。
「シノブさん、大人気みたいですよ」
俺の隣に座ったユキたんが、ニコニコと笑いながらそんなことを言い出した。彼女の侍女であるサユリもいるので、言葉遣いは敬語になっている。
「そうか。では余が懸念したようなことは起こりそうもないな」
騎兵隊は男の職場だから、シノブが見下されたりいじめられたりしないかと心配していたのである。しかし彼女が診療所を退院するまでの間も代わる代わる誰かしらが見舞いに来ていたようだし、俺が考えていたより騎兵隊員たちも漢だったということだろう。
「シノブさんは可愛い方ですからね。そのうち取り合いになるんじゃないかと、私はそれが心配ですけど」
「剣術や馬術の土台もあるからな。しっかり励んでもらって、行く行くは王妃付きの騎士になってもらおうと考えている」
「それはいいお考えですね」
「あの、お話し中申し訳ございません」
「どうした? 何か申したいことがあるなら許すぞ」
サユリが恐縮しながら発言の許可を求めてきた。今は俺たち三人の他は入り口の横に控えているメイドさん二人しかいない。だからさほど厳粛にする必要もないというわけだ。
その二人は先日メイド長のセツから、新たに俺の執務室付きに加わると紹介された者たちである。そして今日がその初日で、最初は二人ともガチガチに緊張していた。しかし俺とユキたんの醸し出す柔らかな雰囲気に、今は多少リラックス出来ているように見える。ちなみにツッチーは所用があるとかで少し前に出ていったきりである。
「そのシノブさん……サー・シノブについてなのですが」
「何かあるのか?」
「いえ、サー・シノブが何かというわけではなく、今メイドさんたちの間で剣術道場通いが流行り始めているそうなんです」
「メイドたちが剣術?」
「はい、他にも馬術を習い始めた人もいるみたいで……」
そうか、皆シノブにあやかろうということか。
「それは誠なのか?」
俺は扉の横に控える二人のメイドに声をかけた。ところが彼女たちは突然国王である俺に話しかけられて、あたふたするばかりである。
「陛下がお尋ねです。ありのままをお応えなさい」
「は、はい! お……仰せの通りにご、ごじゃ、ございます!」
ユキたんが優しい声で言うと、一人のメイドさんが声を裏返らせながらも応えてくれた。途中噛んだのは聞き流してあげようと思う。
ところで当然のことだが騎兵隊は付け焼き刃の手習いで務まる職業ではない。更に常に死と隣り合わせでもあるのだ。無論道場に通うこと自体は本人の自由だが、女たちが増えることで騎兵隊員が腑抜けになってしまうことも考えられる。ただでさえシノブ一人の入隊で浮き足だつ者たちだ。そんなところへ、美人が多いと評される城のメイドさんたちが続々と入隊しようものならどうなるかなど火を見るより明らかなのである。
「困ったものだな。もちろん本当に実力がある者なら取り立ててやらんでもないが……」
少なくともシノブと互角か、それ以上の力量がないと入隊を認めるわけにはいかない。
「それともう一つ……」
「何だ、まだあるのか?」
サユリが更に申し訳なさそうに言う。
「はい。実はサー・シノブの件が城下でも噂となり、女たちがこぞって剣術や馬術を始めたようなのです」
「まあ、そんなことに!」
「城下の者の行動までとやかく申すつもりはないが、サユリ」
「は、はい!」
「ということは、道場も増えているのではないか?」
「さ、さすがでございます、陛下」
「しかも中には怪しげな道場もあるということですか?」
「王妃殿下の仰せの通りです」
商いを自由化したのだから、儲かるとなれば道場を開こうとする者がいて当然だろう。それに貴族であれば多少の剣術の心得があって然るべきだ。ただ、全ての貴族が他人に指南するほどの腕を有しているかということになると甚だ疑問である。
「誠に師範たる力量の持ち主が道場を開くのは構わん。だが金だけが目的の俄師範では、門弟となる者が哀れだな」
「中には師範の身の回りの世話を道場もあるとか」
更にサユリの話では、修行と称して夜伽までさせるとんでもない輩までいるそうだ。しかも結婚を迫られないように、念書まで取っているというから姑息極まりない所業である。これは早々に手を打たなければならないだろう。
「相分かった。サユリ、すまんがツチミカドをここに呼んできてくれ」
「お呼びでございましょうか」
「きゃっ!」
俺がサユリに頼んだ直後に、ツッチーが使用している控え室の扉が開いて、突然本人が現れた。それにはさすがにサユリも驚き、ユキたんも二人のメイドさんも目を見開いたまま固まってしまっている。ツッチー、さっき出ていかなかったっけ。もしかしたら控え室に通じる俺の知らない入り口が他にあるのかも知れない。いや、絶対にあるに違いない。
「う、うむ。急ぎここ最近で道場を開いた者の身辺をあたってくれ」
「御意」
ツッコんだら負けだ。そんなことを考えながら、俺は再び部屋を出ていくツッチーの後ろ姿を見送るのだった。




