第一話 馬になりてえなあ
「シノブの記憶が戻っただと!」
俺とアヤカ姫が執務室で一通りの仕事を終えてくつろいでいたところに、アカネさんが大慌てで知らせにきてくれた。
「カワチ屋さんのおタキさんがあの日仕立てを頼んでおいた服を持ってきてくれたんです。そうしたら……!」
アカネさんの話ではカワチ屋で仕立てを頼んだ時、シノブは恐縮しながらも非常に喜んでいたそうだ。貧しい農村で生まれ育った彼女は、女の子なら誰でも望むようなお洒落すらあまり縁がなかったのだろう。後に聞いた話では城での制服、つまりメイド服ですら支給された時に大喜びだったというから相当だったのではないかと思う。
「アヤカ姫」
「うむ、妾も行こう。すぐに支度じゃ」
さすがにこう急では診療所に国王と王妃の正式な訪問を伝える時間はない。そこで俺は護衛にスケサブロウ君だけを伴って、アカネさんとアヤカ姫の四人で向かうことにした。ところで何かと俺には反抗的なスケサブロウ君も、さすがに弟子のシノブのことは気にかかっていたようだ。命令を告げたら二つ返事で了承してくれたよ。
「シノブさん!」
「アカネ王妃殿下……へ、陛下まで!」
「妾もおるぞ」
「アヤカ王妃殿下、し、師匠も……一体これはどういう……」
「皆お前の記憶が戻るのを心待ちにしていたのだ」
「そんな……! こんなメイド見習いの私のために」
「何を言っている。ご両親から聞いていないのか?」
「師匠、何をですか?」
スケサブロウ君がもったい付けるように言うもんだから、シノブはキョトンとしている。俺たちが知らせを受けてからまだそれほど時が経ったというわけではないのだ。両親との会話もほとんど出来てはいないだろう。
「お前にお許しが出たのだ」
「お許し?」
「そうだ。それも陛下直々にだぞ。喜べ」
おいおい、内容も言わず喜べと言ったって、シノブには何のことか分からないだろう。しかしどうやら彼女は何か勘違いをしたようだ。急に申し訳なさそうにうつむいて、泣きそうな表情になっていた。
「そ、そんな勿体ない。王妃殿下をお護りするという大役を仰せつかっておきながら、不甲斐なくも倒れた私を……お許しに……」
彼女の様子に思わず笑ってしまった俺に釣られて、その場にいた全員が笑い出した。思わぬ雰囲気にシノブはあたふたするばかりで、ちょっと可哀想な気もしてきたよ。
「シノブさん、貴女は不甲斐なくなんてありませんよ」
そこでアカネさんが彼女の手を取りながら言う。
「アカネ王妃殿下……」
「ですが私の止めるのも聞かずに飛び込んだのはいけません」
「はい、申し訳ございません」
「それもこれも全て貴女の師匠が悪いのです」
「は、はい? 私ですか?」
お、アカネさんの矛先が何故かスケサブロウ君に向いてるぞ。これは面白そうだ。当のスケサブロウ君も突然の攻撃に唖然としている。
「そうです。ということで今後シノブさんが治ったら、二人の剣術は私が見ることにします」
「え? それは……」
「ご主人さま陛下、よろしいですか?」
「うむ、許そう」
俺が想像するに、きっとアカネさんの稽古はかなり厳しいに違いない。スケサブロウ君、ボロボロになるまで鍛えてもらうがいい。
「あ、あの、ですが私のような者のために王妃殿下が剣術を見て下さるなどと……」
「もうよいじゃろ。そろそろ教えてやれ」
「アヤカ王妃殿下……?」
「お前が陛下に許されたのはな、騎兵隊への入隊だ」
「へ?」
「へ? ではない。騎兵隊だ」
「え、あ、あの……それは一体……」
「当然お前は俺と同じ、騎士の称号を賜ったということになる」
シノブは何が何やら分からないという表情で、口をパクパクさせている。
「貴女が気を失っている時に、ご主人さま陛下が貴女の騎兵隊入隊をお許しになられたのですよ」
「アカネ王妃殿下、それは誠ですか?」
「ですから一日も早くよくなって、剣術と馬術の訓練を始めるのです」
「殿下……」
「もっとも馬術の方はきっと国王陛下より上だろうがな」
スケサブロウ君め、余計なことを言いやがって。でもまあ、これでシノブの回復が早まるなら良しとしておこう。
「カワチ屋のおタキさんにもお礼を言わなければなりませんね」
「そんな、お礼だなんて……」
俺たちが予告もなく押しかけてきたせいで隅の方に縮こまっていたおタキが、顔を真っ赤にしながら恐縮していた。シノブの記憶が戻ったことの最大の功労者は彼女である。俺がそれを忘れるはずがない。
「いやおタキ、其方の此度の働きは賞賛に値する。褒美を取らす故、望みがあれば申せ」
「国王陛下、恐れ多くてどうしたらいいか……それにシノブ様に当店の仕立て物を喜んでいただくのが私には何よりの褒美ですし」
奥ゆかしいと思う。こういう人は大好きだ。
「よし、ならば近々催すことになっている晩餐会に来るがよい。それまでに何かよいものを用意しておこう」
「ば……お城の晩餐会に、でございますか?」
「そうだ。ショウエモンと妹のおセンも共にな」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
「後ほど招待状を届けさせよう。当日は迎えの馬車も用意してやるから楽しみにしておくのだ」
「はい!」
その後シノブの記憶が戻ったことを知らされた騎兵隊員たちが病室に押しかけ、しばらくの間大騒ぎとなっていた。
「シノブさんって可愛いよな」
病室から離れたところで、数人の騎兵隊員が何やら話しているのが聞こえてきた。ちょうど彼らからは死角になる場所にいたので、こちらの存在には気づいていないようだ。俺の目にはそうは映らないが、シノブは一般的には美少女なのである。
「彼女持ちのスケサブロウだけいい目を見やがってと思っていたが、これからは堂々とあの子に剣術や馬術を教えてやれるってことだ」
「バカ、仮にも王妃殿下の護衛を務めた子だぞ。お前なんか一捻りされて終わりなんじゃないか?」
「いやあ、いいなあ、萌えるなあ、女騎士! 馬になりてえなあ」
「だとよ、今日の厩舎掃除はコイツに任せようぜ」
「お、おい! 待てって!」
王国に女騎兵が誕生する日は近い。俺はそんなことを考えながら、彼らの会話を聞いているのだった。
今日は何とか更新しましたが、多分明日は本気で更新出来ないかも知れません。
明後日はがんばります!




