第十四話 でないと死ぬことになりますよ
「ミサキ屋さん、せっかく来て頂いたところを申し訳ないが、今は立て込んでおりましてな」
「理由はお嬢様の件ですね?」
「な、何故それを!」
「そのことでお話しがありまして。中に入れて頂けますか?」
屋敷の玄関で対応していたショウエモンは、訝しみながらもキュウベエを中に招き入れた。やってきたのはキュウベエ一人で、他に伴の姿は見えない。彼は応接間にミサキ屋を通し、二人は卓を挟んで向かい合わせに座った。
「娘の件と言われたがミサキ屋さん、アンタ何か知っているのか?」
「存じてますが勘違いはなさらないで下さい。私はお嬢様の拐かしには加担しておりませんので」
「わ、分かった。だから早く知っていることを話してくれ!」
「さて、いかが致しましょうかな」
ミサキ屋はもったい付けるように背もたれにふんぞり返り自分の顎をさする。
「何が望みだ!」
「特別鑑札、あれを渡して頂きましょう」
「特鑑を渡せ? 何を馬鹿なことを!」
「そうですか。では致し方ありません。私はこれで失礼致します」
「ま、待て、待ってくれ! 娘は、娘は無事なのか?」
ゆっくりと立ち上がる仕草を見せるキュウベエを、ショウエモンが慌てて両手で制する。すでに動揺した彼の頭の中からは、国王から命じられたことがすっかり消え失せていた。
「特別鑑札はお渡し頂けますか?」
「わ、分かった! 娘が無事に帰ってくるならくれてやる」
「そうですか。では鑑札を」
言うとキュウベエは再び椅子に深く腰を沈める。程なくしてショウエモンは特別鑑札を持ってきて彼に手渡した。
「先ほども申しました通り、私はお嬢様の拐かしには関わりがございません。従いまして無事に帰ってくるかどうかはカワチ屋さん、あなた次第です」
「何だと!」
「後ほど遣いの者を寄越します。その者にどうすればいいかお聞き下さい」
「き、貴様!」
「おっと、私が戻らなければお嬢様も戻りませんよ」
怒り心頭で掴みかかろうとしたショウエモンを、キュウベエは嘲笑いながら制して立ち上がる。そして受け取った鑑札を懐にしまうと、捨て台詞を吐いてカワチ屋を後にした。
「命はご無事でも、残念ながら生娘ではいられないでしょう」
「店を明け渡せですと?」
次いでカワチ屋にやってきたのは、ミヤノ・ケンゴと名乗る小柄で痩身の男だった。ある大身の遣いだと彼は言う。
「そのご大身とは一体どなたなのですか?」
「応える必要はない。どうなんだ、明け渡すのか明け渡さないのか。もっとも拒めば二度と娘は帰ってこないがな」
「お、おのれ! 貴様が娘を!」
ショウエモンは懐から小刀を取り出し、ミヤノに刃先を向ける。しかし彼は笑いながら身軽に後ろへ一歩飛び退いただけだった。だが――
「ぐっ!」
ショウエモンは肩に激痛を覚える。見るとそこには棒手裏剣が突き刺さっていた。
「カワチ屋さん、早まるもんじゃねえぜ。それにアンタじゃ俺には敵わねえしな。そいつをいつ投げられたのか見えもしなかったろう?」
「お前は!」
「投げケン、それが俺の通り名だ。ちょいとばかり知られた忍びよ。毒を塗ってねえのはそれ一本きりだ。次は命がねえぞ」
「くっ!」
「なあカワチ屋さん、運良く俺を殺せたところで娘さんは戻らねえ。それに俺にとっちゃアンタを殺しても同じ結果になるってもんだ。だが娘に会いてえだろ? だから親切に話を持ってきてやったんだ。分かったらさっさとこの屋敷と店の権利証を渡しちまえよ」
「娘は……娘は本当に生きているんだろうな!」
「あのお方は滅多に若い娘を殺しゃしねえよ。だから安心しな」
「待っていろ」
ショウエモンは痛む肩を押さえながら奥に下がる。そしてしばらくすると二枚の権利証を手にして戻ってきた。
「これが権利証だ!」
「改めさせてもらうぜ」
「さっさと娘を返せ!」
「そう慌てなさんなって。こいつを俺が持っていけはすぐに解放されるからよ」
手渡された権利証を一通り眺めたミヤノは、それを無造作に懐にしまいながらショウエモンに背を向けた。だが次の瞬間、その背にショウエモンが小刀で斬りかかる。
「甘いぜ、カワチ屋さん」
「ぐはっ!」
しかし彼の小刀はミヤノに届くことはなく、代わりに振り上げた二の腕に棒手裏剣が刺さっていたのである。
「おや、ちょいと狙いがずれたか。悪いがしばらく苦しめ。直に毒が回って死ねるからよ」
「き、貴様始めから……」
「最期だから教えておいてやる。娘さんはあのお方に散々弄ばれてから岡場所送りだ。そしてこの屋敷と店はあのお方が城に近づく足掛かりになるって寸法よ」
「城に……城にとはどういう意味だ!」
「そこまでは俺も知らねえよ。国王様に物申すってやつじゃねえのか?」
「余に物申すとはどういうことだ?」
「だから俺は知らねえって……余?」
ミヤノは声が背後から聞こえたことに気づいて振り返った。そこに立っていたのは俺とアカネさん、それにアヤカ姫だったのである。
「へ、陛下!」
「おやおや、これはこれは。まさか国王様とこんなところでお会い出来るとは」
「ショウエモン!」
アヤカ姫が苦しそうに喘ぐショウエモンに駆け寄り、腕に刺さった棒手裏剣を抜いて毒の吸い出しにかかる。
「これは思わぬ手土産が出来そうだ。まさか国王様が護衛もなしに奥方様を二人も連れて参られるとは」
「陛下、お気をつけ下さい! その者は!」
「ご主人さま陛下、私の後ろに」
言うとアカネさんが刀を抜いて俺を庇うように前に出た。
「王妃様、悪いことは申しませんから刀をお収め下さい。でないと死ぬことになりますよ」
ミヤノは棒手裏剣を握り、アカネさんとの間合いをはかる。
「アカネ許す。この者を斬れ」
「はい」
彼女が応えた瞬間、ミヤノの手先がピクリと動いたように見えた。そしてその時にはもう、彼の手の中の棒手裏剣が消えていたのである。




