第七話 私……私は誰?
「国王陛下の突然のお越し、感激の極みにございます」
馬車から降りたところで診療所の所長が俺を出迎えてくれた。彼も名の知れた医師で、過去には奥医師にと推挙されたことがあるほどだ。しかし自分は貧しい領民のために働きたいと、それを辞した過去があった。ホンダ・サネヤス、それが彼の名である。
「サネヤス、久しいな」
「陛下にはお変わりなく」
「うむ。だが挨拶は後でよい。用件は伝わっておろうな?」
「はい、どうぞこちらへ」
言うと彼は先頭に立って俺とアカネさんを誘導する。その周りを数人の騎兵隊が囲み、重々しい雰囲気が辺りを包み込んだ。そんな俺たちを入院している患者や職員は、物珍しそうに遠くから眺めている。彼らは予め騎兵隊によって、建物から出ることを禁じられていた。
「国王陛下御自らの見舞い、恐れ入ります」
シノブの病室を訪れた俺とアカネさんに、彼女の両親が跪いて深く頭を下げていた。しかし依然として意識が戻らない娘を前に、言葉を発した父親の声には力がない。
「頭を上げられよ。此度は其方らの娘であるシノブをこのような目に遭わせてしまい、慚愧の念に堪えぬ」
「いえ、陛下に責任はございません。シノブは陛下の騎兵隊に入らせて頂くことを目標にしておりました。そしておそらくはこれも娘が望んだ結果でございましょう」
父が言うと、母親は思わず嗚咽を漏らした。ホンダ医師の話ではシノブが助かる見込みはわずかに一割程度。しかも大量の血液を失ったことにより、仮に命が助かっても何らかの障害が残る可能性もあるとのことだった。
「いや、アカネの護衛にシノブの同行を許したのは余だ。よってこの責任は余にある」
そして俺は未だ目を開けようとしない彼女の傍らに歩み出る。
「シノブよ、すまぬ。だが其方が成した功績は非常に大きい。よって本日この時をもって、余の名の下に其方の騎兵隊入隊を許す」
「陛下!」
これには彼女の両親は元より、アカネさんも驚いた顔をしていた。しかしその時俺はシノブの指がわずかにピクリと動いたように感じていたのである。そこで彼女に語りかけるように言葉を続けた。
「無論最初は見習いとなろう。だがたとえ見習いでも騎兵隊員には騎士の称号が与えられる」
「騎士!」
これは母親の声だ。
「ただし其方の両親が反対するというのであれば入隊を辞退しても構わぬ。それでも王妃を救った功績により騎兵隊への入隊を許したのだ。騎士の称号は授けよう」
「陛下……陛下、ありがとうございます。私たちは娘の意思を尊重したいと存じます。シノブ、聞いたか? 国王陛下がお前の騎兵隊入隊をお許し下されたぞ。早く目を覚ませ!」
それからしばらくして俺とアカネさんは病室を後にし、ホンダ所長の許を訪れた。
「サネヤスよ、金ならいくらかかっても構わん。必ずシノブの命を救え」
「ホンダ先生、私からもお願い致します」
「手は尽くしました。しかし峠は今夜から明日にかけて。明日になっても意識が戻らない時は……」
俺たちの言葉に、所長は難しい表情で辛そうにそう応えた。
「絶望的ということか?」
「そのまま意識が戻らない可能性も。また仮に戻ったとしても、おそらく元の生活は出来ないかと思われます」
そこでアカネさんが泣き崩れる。俺はそんな彼女の肩を抱き、そっと椅子に座らせてから正面に回って再びその肩に両手を置いた。
「アカネ、まだそうと決まったわけではないぞ! しっかりするのだ! そうだな、サネヤス?」
「希望的ではございますが……」
「それに先ほど余が騎兵隊入隊のことを話した時、シノブの手が微かに動いたのだ」
「ほ、本当ですか?」
「そ、それは誠にございますか?」
俺の言葉にアカネさんは泣き腫らした瞳を向けてきたが、それ以上に驚いていたのはホンダであった。
「どうした、サネヤス?」
「陛下、もしそれが本当なら望みはございます!」
「どういうことだ?」
「シノブ殿にはこちらの声が届いているということです。こうしてはいられない。皆で彼女を呼び戻すのです!」
「陛下!」
ホンダがそう言った途端、アカネさんの表情が俄に明るくなる。
「よし、すぐに向かうぞ! アカネはここに来ている騎兵隊の者たちも呼んでくるのだ!」
「はい!」
それからシノブの病室では大合唱が始まった。騎兵隊員たちは俺が彼女の入隊を許したことを知り、自分たちの仲間として大声で騒ぎ出す。
「シノブさん!」
「馬の扱いなら俺が教えてやるぞ!」
「七日に一度の遠乗りは楽しいぞ。何たって隊長は来ないからな!」
「城内の酒場で好きなだけ奢る! スケサブロウがな」
その場にいた誰もが、絶対にシノブを逝かせないとの強い意志に動かされているようだった。幸いにしてこの病室は要人などを収容する特別なものである。つまり他とは完全に隔離されていたため、誰に迷惑をかけることもなく騒ぎは深夜まで続いた。
そして夜半過ぎ、皆が疲れてその場に寝込んでしばらくした頃、シノブはゆっくりと目を開いた。
「ここは……私……私は誰?」




