第四話 どうだ、アヤカの愛人にならんか
「ここは……あの……」
馬車を降りた俺の目の前に広がっていた光景、いや、そびえ立っていたのは、紛れもなくこの国の王城であった。しかも遠くから眺めているのではない。馬車はすでに城門をくぐり抜け、城の入り口のすぐそばに停まっていたのである。そこは本来、許可がない限り平民が立ち入ることは許されない場所だ。もっとも俺に関してはタノクラ男爵から渡されたピンメダルがあるので、咎められることはないのかも知れない。
「アカネさん!」
「はい、なんでしょう、ご主人さま……きゃっ!」
「きゃっ! じゃないですよ。どういうことなんですか?」
アカネさん、ほっぺ押さえてくねくねしながら恥ずかしがるのは可愛いけど、今はそんな場合じゃないですから。しかも何ですか、ご主人さまって。
「男爵閣下が旦那さまなので、コムロ様はご主人さまなんです」
「ああ、なるほど、そうやって呼び分けるわけですね……って、俺が聞きたいのはそこではなく!」
そんなやり取りのさなか、お城の扉が重そうな音を立ててゆっくりと開いた。扉の向こう側では以前タノクラ男爵の城を訪れた時と同じように、メイドさんたちがずらりと並んで出迎えてくれている。うん、みんなブサイクさんだ。ということはさすが王城、こちらの世界での美人さんばかりを揃えているのだろう。
「待っていたよ、コムロ君」
「ヒコザ先輩、その衣装、お似合いですよ」
見ると男爵閣下とユキさんがにこやかに出迎えてくれていた。閣下は俺と同じような民族衣装っぽい装いで、ユキさんはフロントボタンがあしらわれた白とブルーのストライプワンピを着ている。腰にはアカネさんと同様に前結びのリボンが巻かれていて、丈も膝の半分ほどを隠す長さなので可愛らしさと清楚感に溢れていた。
「男爵閣下、お久しぶりです。ユキさんも、そのワンピース似合ってて可愛らしいですよ」
「も、もう! ヒコザ先輩、そういうことはあまり大きな声では……」
「まあいいじゃないか、彼は本心でああ言っているのだから」
「ち、父上まで! もう知りません!」
こんな掛け合いを街中でしようものなら誰かしらは嘲笑する者がいるのだが、王城のメイドさんたちは誰ひとりとしてクスリともしなかった。
「あの、閣下、よろしいでしょうか」
「なんだね?」
「私はなぜ今この場にいるのでしょう?」
「アカネが連れてきたからではないのか?」
「いえ、そういうことではなく……」
「ははは、すまんすまん。実は今日君がここに連れてこられたのはな……アカネ、説明しなかったのか?」
「申し訳ございません。お教えしない方が面白そ……ではなく、少しお着替えに手間取ったものですから」
アカネさん、知ってて言わなかったのか。てか今教えない方が面白そうって言おうとしたよね。
「ヒコザ先輩は陛下から呼ばれたのですよ」
「陛下に? なるほどそうですか……へ、陛下ってもしかして国王陛下!?」
「もしかしなくても国王陛下です」
ユキさんは俺が目を見開いて驚いている様子を見てクスクスと笑いながら応えてくれた。よかった、ひとまずこの感じだと首を刎ねられるということはなさそうだ。だとしても平民の、しかもまだ十六歳の俺が国王陛下に呼ばれるってどういうことなんだろう。
「先ほどから陛下は首を長くして君が来るのをお待ちだ。急いで付いてきなさい」
男爵閣下の言葉で俺のエスコート役はアカネさんからユキさんにバトンタッチされた。いくら男爵家のメイドさんでも、さすがにおいそれと陛下に謁見出来るわけではないということだろう。そういう意味ではユキさんも同列のはずだが、例の血筋の件で例外扱いなのかも知れない。
「あ、あの、男爵閣下……」
「どうしたね?」
閣下は歩みを止めることなく、また振り向きもせずに俺の声に応えた。
「その、国王陛下は私に一体何の用がおありなのでしょう?」
「行けば分かる。そんなに硬くならんでも陛下はお心の広いお方だ。多少の無礼があったとしても咎められたりはせんから心配するな」
はっはっはって笑ってますけど閣下、私にはその多少の度合いすら分からないんですよ。俺が不安に駆られているとユキさんがちょいちょいと袖を引っ張る。
「どうしました?」
「ヒコザ先輩、お城のメイドさんを褒めなくてよかったんですか?」
「え? なぜです?」
「だって、うちに来た時は真っ先に褒めてたじゃありませんか」
なるほど、ユキさんはまだあれを社交辞令か何かだと勘ぐっているというわけか。
「可愛いと思えば褒めるし、何も感じなければ無闇にお世辞は言いませんよ」
「メイドさんたち、みんな可愛かったと思うんですけど」
「一般的にはそうかも知れませんね。でも俺は特に何とも思いませんでしたので」
「そ、そうですか……」
あ、またユキさん、赤くなりながら嬉しそうにしてる。分かりやすいというか何というか、見ていて本当に微笑ましいし可愛いと思う。
「さ、着いたぞ。陛下にはまず私が言上するので、君は陛下がお許しになるまで片膝をついて顔を伏せていなさい」
一際大きな扉の前で立ち止まった閣下が、振り向いて俺にそう指示をくれた。最初は片膝立ちでうつむいていればいいってことだよね。
「分かりました」
「うむ、では参る」
閣下の言葉で後に続いていたメイドさん二人が一礼し、優雅な動作で観音開きの扉を開いて両側に立つ。そのままメイドさんたちは深く一礼し、俺たちが中に入ると部屋の外に出て扉を閉めた。
男爵閣下は扉が閉まってからゆっくりと歩き出し、俺とユキさんはその後ろに付き従う。ここにきて一気に緊張が高まってきたよ。俺、なんか右手と右足が同時に出ているような気がするんだけど。そんなガチガチになった俺をよそに、数歩歩いてから立ち止まった閣下が片膝になったので、俺とユキさんもやや遅れてその所作に倣った。転ばなくてよかったよ。
「オオクボ・タダスケ国王陛下、勅令によりコムロ・ヒコザを連れて参りました」
「大義。サキノスケ、チカコは息災であるか?」
閣下の下の名前ってサキノスケっていうんだ。
「ハッ! 日々健やかに過ごしております」
「そうか。ユキ、そなたも元気そうで何よりだ」
「お言葉ありがとうございます。陛下にもご機嫌麗しく」
「うむ。して、そちらがコムロ・ヒコザと申す者だな。面を上げよ」
きた、俺の番だ。俺はこの時初めて顔を上げて陛下の尊顔を拝した。やはり思っていた通り、オオクボ陛下は俺から見てかなりイケメンだった。それにどことなく目元とかがユキさんに似ているような気がする。というかこの場合はユキさんが陛下に似ていると言う方が正しいのか。
「は、はじ、はじめちぇお目にか、かかりましゅ……」
どうしよう、思いっきり噛んじゃったよ。緊張するなって方が無理があるよな。
「はっはっはっ、そう緊張せんでもよい。それにしても聞きしに勝る美男よの。アヤカがそちのことを随分と気に入っておったのも分かる気がする。どうだ、アヤカの愛人にならんか」
「は……はい?」
「陛下!」
「これ、ユキ、陛下に対して無礼であるぞ」
「で、でも父上……」
「よいよい、冗談だ。余が悪かった」
心臓が止まるかと思ったよ。でも陛下ってこういう冗談も言うんだ。ちょっとだけ気持ちがほぐれた気がする。
「ところでヒコザよ、今日そなたを呼んだのは……」
ここでようやく本題か。せっかく気持ちが落ち着いてきそうだったのに、俺は何を言われるのかとビクビクしながら思いもしなかった陛下の言葉を聞いていた。
「これに見覚えはあるか?」




