第二話 だがそれは知らぬ方が其方の身のためだ
「アヤカ王妃殿下、このお召し物は一体……」
王城出入りの衣服商ミサキ屋の主人キュウベエは、クローゼットにかけられた見慣れない衣装の数々に怪訝な声で尋ねた。彼がこれまで納めてきたものとは明らかに毛色の違う、少々大人っぽいデザインの物が大半を占めている。
「ああ、それは先日城下に出て、陛下に買ってもらった物じゃよ」
「さ、左様でございますか。この仕立ては……カワチ屋でございますね?」
「さすがじゃの。主の言う通りじゃ」
「王妃殿下にはもう少し若者向けの物の方がお似合いかと存じますが」
「それなんじゃがの、ミサキ屋」
そこでアヤカ姫はソファに脚を組んで腰掛けた。正面にいれば下着が見えてしまう素振りだ。
「知っての通り陛下の妃は妾を除いて皆そこそこの年齢であり、年相応の装いを身に付けておる。故に妾もその者たちに後れを取るまいと思っての」
「な、なるほど、陛下のご趣味に合わせてということでございましたか」
「いや、陛下の趣味は定かではないがの、フリフリの幼く見えるものばかりではなく、妾の女としての魅力も見せつけたくなったのじゃ」
実は俺としてはユキたんやアカネさんが癒し役の時に身に付けてくれるチュールにレースのミニスカートや、チェック柄のミニワンピもストライクであった。しかしアヤカ姫の三段フリルのスカートやショーパンにニーハイといった出で立ちもドストライクだったのである。だから未だに彼女たちに対する子作りの回数は、毎晩差が出ていない。
「そういうことでごさいましたら、おっしゃって頂ければようごさいましたのに」
「いや、たまには其方以外の仕立ても身に付けたいと思ったからの」
アヤカ姫がこう言ったのには訳があった。最近になってミサキ屋が納める仕立て物が、購入時に受けた説明と異なる材質だったり、仕立てそのものに手抜きが見られるようになったというのである。
王家を相手とする商いは値引き交渉もされず、商品はほぼ売り手の言い値で買ってもらえる。無論詐欺的なことをすれば厳罰に処されるが、真っ当に商売をしていてもこの儲けは非常に大きい。よって王城でも特に王家に出入りを許される商人は特別な鑑札を持っており、俗に特鑑商人と呼ばれて羨望の眼差しをほしいままにしていた。この特鑑商人であるミサキ屋が、何やらおかしいというのである。
「特鑑商人の其方が、相手は大商家とは言え城下の商人に劣るとは言わぬが、妾の目が節穴ではないということを覚えておくのじゃ」
「王妃殿下……」
「のうミサキ屋、これを見るがよい」
言うとアヤカ姫はレモンイエローの生地に白い丸襟の付いたミニワンピを差し出した。
「これは先日お納めしたお召し物ですね」
「袖口のところをよく見よ」
「袖口……はっ!」
「妾はまだ一度も袖を通しておらぬ。しかしそのほころびは何じゃ?」
「も、申し訳ございません! すぐに持ち帰ってお仕立て直して参ります!」
「その必要はない。城内の者に下げ渡す故な。それより今後もこのようなことが続けば、其方の特別鑑札を取り上げることとなる。次はないと心しておくがよかろう」
「は、はい……」
その時アヤカ姫は、一瞬見せたミサキ屋の悲しげな表情を見逃さなかった。後に俺は、他の妻たちからも最近のミサキ屋の商品には辟易することが度々であると聞くことになる。ミサキ屋は先王のハルノブ国王時代から城に出入りしている老舗なので無下にはしたくなかったが、これでは致し方ない。
「アヤカ姫、いきなりミサキ屋の特別鑑札を取り上げるわけにもいきませんので、ここはひとまずカワチ屋にも特別鑑札を与えて、競わせてはどうかと思うのですが」
彼女と二人きりになった時、俺はそんな案を出してみた。これにはアヤカ姫も異論はないようだ。
「じゃがミサキ屋のあの様子、何か引っかかるのじゃよ」
「引っかかる、ですか?」
「良からぬ事に巻き込まれてなければよいのじゃが……」
その後すぐに俺とアヤカ姫はカワチ屋を再訪問することになる。本来はカワチ屋を城に呼ぶのが筋だが、アヤカ姫が城下に出ることを望んだためこちらから出向いたというわけだ。もっともすでに身バレしているのでカワチ屋も心得たもの、俺と彼女をすぐに別間に通してくれた。
「カワチ屋ショウエモン、此度は特にこのアヤカの推挙により、特別鑑札を下げ渡すことと相成った」
俺は前回と同じ鳳凰の間で、ひれ伏すカワチ屋面々の前に立ってそう宣言した。
「こ、このカワチ屋に特別鑑札! 誠にございますか、陛下!」
「余は酔狂で偽りを申さぬ」
特別鑑札を得た商人は、店頭に王家御用達との看板を掲げることが許される。これは商人にとって先の大繁栄が約束されたも同然の大事であった。
「で、ですが国王陛下?」
「どうした、カワチ屋?」
「私には突然特別鑑札をご下付頂けることに相なりました理由が分かりません」
「それなら簡単だ。このアヤカが其方の仕立て物を気に入ったからである」
「なんと! 衣服問屋として、これほど名誉なことはございません!」
「知っての通り余の妻は六人。この六人のうち第五王妃を除いた五人の許への出入りを許す」
そこでショウエモンが不思議そうな表情を浮かべる。
「国王陛下、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「第五王妃のことであろう?」
「はい、仰せの通りでございます」
「だがそれは知らぬ方が其方の身のためだ」
「さ、左様で……はっ! ぎょ、御意に!」
ウイちゃんは幽霊だから衣服は必要ないんだよね。ショウエモンは何となく合点がいかないという顔をしていたが、国王たる俺にそう言われてしまっては逆らうことも出来ない。そのまま深く頭を下げていた。
それから今後ショウエモンと二人の娘に関しては、俺と特にアヤカ姫への謁見を願い出ることを許すと伝えて、俺たちはカワチ屋を後にしたのだった。




