第一話 この上なき名誉でございます
「いいかお前ら! お前らは親の借金の形にトシゾウ親分に売られてきたんだ! つまりその体で借金を返さなきゃなんねえってことよ!」
貴族の中には決まった相手を選ばず、次から次へと若い娘を欲する性癖を持った者が少なくない。本来であれば関係を持った女性に結婚を迫られた場合は、承諾しなければならないのがこの王国の法である。これはオオクボ王国やオダ帝国も同じだ。
ただし始めから代価を受け取ることを条件にする娼婦は別である。いくら女性の人口比率が高いといっても、全ての男性が相手を見つけられるほど世の中は甘くない。見た目や年齢など様々な理由で嫁の来手がない男性もいる。そういった者たちを慰めるのが、娼婦の存在理由だった。これは合法であり、借金の形に取られた娘がそのような場所に送られるのも、証文に明記されていれば違法にはならなかったのである。
「アイツらは二年や三年で年季が明けると思ってるんでしょうね。おめでたい連中だ」
「入ると同時に年季明けで出ていく先達の姿を見せてるからな」
「それがサクラとも知らずに」
男たちは座敷牢に押し込められた数人の若い娘たちを見ながら、笑いが堪えられないといった感じだった。
「さて、それじゃまずは俺たちが味見といくか」
「生娘はたまりませんね」
無論のこと、この男たちの所業は違法である。
高級衣服問屋カワチ屋のおタキは、妹のおセンと並んで町内でも指折りの美人姉妹の姉だった。加えて大商家の娘でありながら気取ったところもなく、奉公人たちからの信望も厚い。当然嫁に欲しい、というよりこっちの世界では大変珍しいことだが婿に入りたいと申し出る者が後を絶たなかった。もっともカワチ屋の身代を考えれば当然のことかも知れない。そのカワチ屋に、俺はアヤカ姫と護衛のスケサブロウ君を伴って訪れていた。アヤカ姫が新しい服を見たいと言い出したためだ。
「城に出入りしている商人ではだめなのですか?」
「彼奴らは妾に子供っぽいものばかりを勧めるでな」
そんなやり取りがあって城下に出てきたというわけだ。それからもう一人、今日は特別に供を許した者がいた。かつて女性でありながら騎兵隊に入ることを望み、今はスケサブロウ君の許で剣術を学んでいるシノブである。
「シノブとやらはメイド見習いだそうじゃな」
「は、はい! アヤカ王妃殿下!」
シノブはスケサブロウ君との立ち合いの時とは違い、アヤカ姫の前で非常に緊張しているようだった。若くてもさすがに本物の王家の血を引く彼女からは、他にはない威厳を感じるのかも知れない。
「これっ! これは忍びじゃ。あまり大きな声で妾をそう呼ぶな」
「も、ももも、申し訳ございません! 王妃でん……アヤカ様!」
シノブの慌てようにはさすがのアヤカ姫も苦笑いだった。スケサブロウ君はそんな彼女の頭をコツンとやっている。そういうことをするからおナミちゃんに浮気を疑われるんだよ。少し前にもそれで修羅場になったらしい。もちろん誤解は解けたようだが、その時のシノブの言葉を聞いて俺は笑ってしまったよ。
「私にだって選ぶ権利があります!」
この一言でおナミちゃんは納得したそうだ。スケサブロウ君は俺から見たらイケメンなんだけど、こっちの世界では相当なブサイクにカテゴライズされる。だから超美少女のおナミちゃんが彼にご執心というのが、逆にシノブには理解出来ない難解事ということだった。
「いらっしゃいま……し……?」
店の暖簾をくぐったところで出迎えてくれたおタキが、俺の顔を見るなり真っ青になっていた。もしかしてすでに身バレしてしまったのだろうか。
「ちょっ……し、しばらくお待ち下さい!」
そう言うとおタキは店の奥にいた主人らしき人物に耳打ちし、やがてその主人を伴って戻ってきた。
「お客様、ここでは何ですので奥の客間にどうぞ」
「いや、それは……」
「おタキ、お客様を鳳凰の間にお通ししなさい」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
どうやらこれは従うしかなさそうだ。そう思った俺はアヤカ姫にやれやれ、という表情を見せてからおタキの後に続いた。
「タケダ・イチノジョウ国王陛下、並びにアヤカ王妃殿下、この度は当カワチ屋にお運びいただき恐悦至極に存じます」
鳳凰の間と称された客間は優に五百坪はあろうかという大広間だった。その上座に座らされた俺たちの目の前にカワチ屋の主人と二人の姉妹、それから番頭以下店の主だった者たちが頭を深く下げてひれ伏していたのである。
「いや、カワチ屋、何かの間違いでは……」
「商人が国の最たるお方のお顔を見紛うことなどございましょうか。ですがお忍びでのお越しであることは重々承知しております。まずは私どもの商いに何か王国にご迷惑をおかけするようなことがございましたのなら、この場にてお教えいただきたく存じます」
これはもう言い繕ってどうこうなる状況ではなさそうだ。完全に身バレしているみたいだし、身分を明かさないように頼んだ方が早いと思う。
「覚られてしまったのなら致し方ない。此度はこのアヤカが衣装を新調したいと申してな、それで領民を装って其方の店に立ち寄ったのだ。このことは内密に頼むぞ」
「やはりお忍びで。心得ましてございます。それにしても王妃殿下のお召し物を当店にお求めになられるとは、この上なき名誉でございます」
カワチ屋の主人が言うと、一同が深く頭を下げるのだった。




