第三話 俺たちは見つめ合い、アカネさんはそっと目を閉じた
「まずは大義、楽にするとよい」
「ハッ! 失礼致します!」
一見どこにでもいるような町人風の男は、土下座の体勢から体を起こして胡座をかいた。その表情には明らかに疲労が見て取れたが、玉座の主を見据える眼光は鋭さを失っていない。何故なら男がこの場から無事に帰れるか否かは全て目の前にいるこの国の王、オオクボ・タダスケにかかっているからなのだ。
それにしても、と男は考えていた。オオクボ国王の見た目が醜悪極まりないことは聞き及んでいたが、まさかあそこまで醜いとは思っていなかったのである。相手が国王だと知らなければ、歴戦の強者である男でも笑ってしまっていたかも知れない。
「ヤシチと申したな」
「ハッ!」
「委細相分かった。タケダ殿には侵略の意図はないと。ただし、我が国が受けたオーガライトの損害については貴国の責任である。同盟の件は損害の賠償と犯人の捕縛、並びにその目的が明らかにされた後に検討すると伝えよ」
「御意に」
「うむ。疲れたであろう。今宵はこの城で休むことを許す。ゆっくり風呂にでも浸かっていくがよい」
「ハッ! ご厚意痛み入ります。ありがたく」
ヤシチと呼ばれた男は深く一礼すると、執事に案内されて客間へと下がって行った。国王は玉座の間からヤシチの姿が消え、扉が閉じられたのを確認してから側近のガモウ・ノリヒデ伯爵を呼び寄せる。
「そちはどう思う?」
「ヤシチの申したことに偽りはございますまい。密書もタケダ王直筆のものでございましょう。しかし彼の王は世に名だたる知将にございますれば、ご油断は禁物かと存じます」
「知将とはよく言ったものよ。して、密書にあったくノ一の探索はどうなっている?」
「すでに我が方の忍び騎士が居所を掴んでおります。一度コムロ家の倅に接触した由にはぞんざいにあしらわれたとのこと。また別の女が五人ほど絡んだようでございますが、こちらにつきましては目下のところ関係がはっきりしておりません。女共はタノクラ卿の娘御が退けたとのことです」
「そうか、ユキがか。して、その忍び騎士が籠絡されるようなことはなかろうな」
「はい、面妖な術を使って男を手玉に取る上に容姿はこの世のものとは思えない美しさとのことですが、元はただの町娘でございます。我が方の忍び騎士が後れを取ることはございません」
「何故そう言い切れる?」
「差し向けた忍び騎士は女でございますので」
「なるほど、得心した。して、そのくノ一をあしらったコムロの倅、確かヒコザと申したか。その者は……」
「間もなく到着することでございましょう」
ガモウ伯爵の言葉にオオクボ王は満足げに肯き、深く玉座に腰を入れて脚を組んだ。
アカネさんが俺を黙らせてから、すでに数分の時を沈黙が支配していた。この数分はたかが数分、されど俺には永遠にさえ感じられるような数分だった。アカネさん、そろそろ何か言ってくれないと緊張で吐きそうだよ。
そんなことを思っていると、ようやくアカネさんが耳まで赤くなった顔を上げ、俺の目をじっと見つめながら口を開いた。
「コムロ様、私を……」
やっぱり彼女にして下さいとか、もらって下さいとかなのかな。どっちにしても断らなければいけないのが辛い。
「私を……その……」
「あ、アカネさん、あのね……」
「私を、第二夫人にして下さい!」
「いや、だからね……って、はい?」
え、今アカネさんなんて言ったの。第二夫人にしてって聞こえたような気がしたけど。
「だ、第二夫人です。あの……ダメですか?」
言いながらアカネさんは泣きそうな顔になっていた。いやいや、ちょっと待ってよ。彼女とか結婚とかじゃなく始めから二番手狙いってことですか?
「だ、第二夫人て……どうして第二夫人?」
「はい。だってお嬢様が第一夫人ですよね? なので私はその次がいいんです」
「いや、でも……えっと……」
「分かってるんです。コムロ様はサトさんの大きな胸に惹かれてるって。でも私、諦められないんです!」
「ちょ、待って待って、サトさんの胸にって、俺はヘンタイですか!」
なんか話が変な方向に進みだしたぞ。
「コムロ様、先日お城を出られる時にサトさんの胸をガン見してましたよね。あれと比べられてしまったら私には勝ち目がないことなんて分かってます。でも私は……私は……」
「が、ガン見してたって、いやいやいや、確かにあの胸には驚かされたというかすごい迫力だったというか……」
「ほら、やっぱり!」
アカネさんは両手で顔を覆って泣き出してしまった。どうしよう、こんなところで泣かれても困るよ。でも待てよ、アカネさん自身が第二夫人がいいって言ってるわけだし、俺もアカネさんを第二夫人に迎えたいと思っていたのだ。これは互いの想いが重なった、ある意味両想いってことなんじゃないか。だとすれば、アカネさんにかける言葉は一つしかないだろう。
「アカネさん、聞いてほしいんですけど」
「いや! 聞きたくありません!」
「そんなこと言わずに。実は俺も……」
俺はアカネさんの両肩を軽く掴んで、うつむいた彼女の頭に額をくっつけながら囁いた。本当は抱きしめたかったんだけど、それはさすがにやり過ぎだと思ったからこれが精一杯。
「俺も、アカネさんを第二夫人にしたいと思ってたんですよ」
「え?」
俺の言葉にアカネさんが勢いよく顔を上げたもんだから、危うくお互いの唇が触れ合っちゃうところだったよ。ギリギリでそうはならなかったけどね。
しかしよく考えたらまだ第一夫人が確定していないのに第二夫人を口説くのもどうかと思う。もっともこの状況では仕方ないんだろうけど。
「コムロ様、あの……今なんと……?」
「うん? 忘れました」
「あ……コムロ様のいじわる!」
俺はアカネさんの肩から手を離し、元いた対面の座席に戻った。
「でも……それなら……それなら私がコムロ様のことをお慕いしていてもいいということ……ですよね?」
アカネさんの瞳にはまだ涙が残っていたが、表情は今まで見た中で一番嬉しそうに輝いていた。
「もちろんです。逆にこんな俺をそんな風に慕ってくれるなんて嬉しいばかりですよ」
「コムロ様、やっぱりお優しい……」
「あはは、でも本当に第二夫人でいいんですか?」
「はい? どうしてです?」
「いや、だって二番目ですよ?」
「コムロ様はご存じないかも知れませんが、私たちメイドの中では全員コムロ様にもらって頂こう計画があるんです。コムロ様がお嬢様とご結婚なされましたら必然的に閣下の跡取りになるわけですから、あのお城に住まわれることになりますよね。そうなれば私たちは身も心もコムロ様にお捧げするつもりなんですよ」
なにその素敵な計画と将来設計!
「ですからコムロ様のお嫁さんになるのはお嬢様を入れて十人以上になります。その中での二番目です。こんなブサイクな私が……メイドの中でも一番ブサイクな私が……こんなにお優しくてカッコいいコムロ様の第二夫人になれるなんて……」
「何を言ってるんですか! アカネさんはブサイクなんかじゃありませんよ。俺が言った可愛いという言葉は本心ですからね、それだけは信じて下さい」
「あ、ありがとうございます! そのお言葉、一生の宝にいたします!」
「あ、でも……」
「なんですか? やっぱり今の話はナシ、というのはおやめ下さいね」
「いえ、そうではなく正式な婚約、みたいなのは今はまだ……」
「分かってますよ。順番的にはお嬢様が先ですから」
俺たちは見つめ合い、アカネさんはそっと目を閉じた。これはやっぱりキスしていいよってことだよね。でもここは我慢しないといけない気がする。ユキさんを差し置いて先にアカネさんとしちゃうわけにはいかないだろう。だからよくあるおでこにチュッてやつだけ、それでアカネさんには納得してもらうしかない。
そう思って俺が顔を近づけたところで馬車が止まり、馬がいなないてせっかくの甘い空気をぶち壊してくれた。ま、このタイミングならちょうどよかったってところかな。夢に見そうだけど。
「着きました」
御者がキャビンのドアが開けた時、俺たちは真っ赤になりながら不自然に距離を取っていた。
「えっと、ここは……」
ところがあまりにもばつが悪くて外に飛び出した俺は、目の前の光景に言葉を失うしかなかった。




