第四話 ユキ? ユキ!
「トドロキ・リュウヤ、貴様だけは断じて許さんぞ」
俺たちがまず向かったのはイサジの家だった。そこで見た光景は、家の外に引きずり出され殴る蹴るの暴行を受けているイサジの姿だったのである。急いで駈け寄って暴行を止めさせ、俺はイサジを背後に庇い怒鳴っていた。その相手こそ、トドロキと手下数人というわけだ。
「貴族の兄さんか、また会ったな」
「何故こんなひどいことを……」
サッちゃんは痣や傷だらけになったイサジの介抱を始めていた。
「警告はしたはずだぜ。言うことを聞かねえからこうなったんだよ」
「ユキ、アカネ、殺さない程度に痛めつけてやれ。腕の一本や二本斬り落としても構わん」
「おっと兄さん、面白いことを言ったが、それならこっちも本気でいかせてもらうぜ。姉さんたちがどうなっても文句言うなよ」
「ヒコザさん、だ、だめだ……」
苦しそうに上体を起こしてイサジが止めにかかる。彼にしてみれば若い女の子がトドロキに敵うはずがないと思っているのだろう。しかしすでにユキたんもアカネさんも抜刀し、戦闘態勢に入っていた。
「トドロキ、先に言っておいてやるが、素直にこちらの質問に答えるというのなら痛い目を見ずに済むぞ」
「へ? 何言ってんだよ兄さん。いくら刀を持っているからといって、俺が女如きに負けるとでも思ってるのかい?」
「そうか、ユキ!」
「はい!」
ユキたんが声と同時に刀を下段から振り上げると、トドロキは大きく後ろに飛び退いてそれを躱した。そして彼が袖口を捲ると、肘から手の甲にかけてを守る鉄の籠手が姿を見せる。
「この籠手は特別製でな、姉さんのそんな細っこい刀じゃそっちが折れちまうぜ」
あれが彼を無礼討ちしようとした貴族を返り討ちにしていた原因なのだろう。トドロキはおそらく元々戦いに慣れている上に、刀を失った貴族は丸腰とも言える。そんな両者が戦えば結果は明らかだ。しかし――
「そうですか。では遠慮なく打ち込ませて頂きますよ」
ユキたんは刀を中段に構え、素早い摺り足でトドロキに迫る。彼はそれを薄笑いを浮かべながら見て言った。
「お嬢さん、一度はまともに受けてやるよ。さっさと来な!」
「その一度があなたの命取りです」
言うと同時にユキたんが刀を中段から上段に振り上げる。トドロキはそれを受け止めるために低い態勢から頭を守るように両腕を交差させた。そこから先、俺の目には振り下ろされた刀身が見えなかったが、すぐに額と鼻の頭から血を流すトドロキの姿を捉えていた。
「ぐがぁ!」
やや遅れて悲鳴を上げた彼の両腕はだらりと下がり、前腕がちょうど真ん中辺りで折れ曲がっているようにも見えた。目に見えないほどの速さで、ユキたんの魔法刀はトドロキの両腕を籠手ごとへし折り、切っ先が額と鼻の頭を切り裂いていたのである。
「あ、アニキ!」
慌てた手下はトドロキに駈け寄ろうとしたが、彼らの前にはアカネさんが立ち塞がっていた。
「あなたたちを殺すなとは言われてませんので、そこから一歩でも動いたら、二歩目はあの世に踏み出すことになりますよ」
「ひぃっ!」
威勢のいい手下であっても、絶対的に信頼を寄せていた兄貴分のトドロキがこうもあっさりやられてしまっては、たとえ相手が若い娘でも震え上がってしまったのは無理もないだろう。刀を持ったアカネさんの迫力はハンパじゃないからね。
「どうやら折れたのは刀ではなくお前の両腕だったようだな」
俺は情けない唸り声を上げて痛がっているトドロキを見下ろして言った。無論その横には万一の反撃に備えてユキたんが刀を抜いたまま控えてくれている。
「今一度聞こう。こちらの質問に素直に答えるつもりはないか?」
「……」
口をへの字に曲げて黙りを決め込んだトドロキの腕を、俺は足の裏で蹴り飛ばしてやった。これはヤシチさんの分だ。たまらず彼はそのまま仰向けになって身悶えている。更にそれを踏み付け、折れた部分を足首を左右に何度も捻ってグリグリと痛めつけてやった。これはイサジの分だ。
「答える! 答えるからやめて!」
「よし。では訊くぞ」
ひとまず足をどけてトドロキの胸ぐらを掴んで起こし、泣きそうになっている彼に顔を近づけた。その時である。
「危ない!」
ユキたんが叫んで俺に飛びかかってきたのである。その拍子にトドロキから引き離されたのだが、たった今まで俺がいたところ、つまり彼の額と胸、それから腹に苦無が突き刺さっていた。
「トドロキ! しっかりしろ! おいっ!」
しかし額に深々と刺さった苦無は確実に脳に達していると見られ、ほぼ即死状態で彼はその骸を横たえたのだった。
「ご主人さま、申し訳ありません」
アカネさんは自分の方も、手下たちが同様に殺されるのを防げず謝っているのだ。だが、彼女に怪我がなくてよかった。そう思ってホッとしたのも束の間、もう一人その場に倒れ込んでしまった者がいたのである。
「ユキ? ユキ!」




