第十三話 いつまでも甘い汁を啜っていられると思うなよ
「貴様たち、私を国王陛下直参のシシクラ男爵と知っての狼藉か!」
「問答無用! 斬れ!」
シシクラ男爵の伴は護衛の騎士ただ一人、徒党を組んだ八人ほどの賊にしてみれば赤子の手を捻るも同然だった。二人は数分後には無残な死体となり、翌朝領民に発見されるまで屍を夜風に晒すこととなったのである。
イサジの家を訪ねた数日後のこと、シシクラ男爵の死が俺の知るところとなった。実は彼に関しては博打場通いの疑いで、騎兵隊や警備隊が内定を進めていた矢先の出来事だったのである。
「シシクラが斬られただと?」
俺は報告のために玉座の間に跪いているスケサブロウ君と、警備隊の隊長であるオサナイ・モンドに、怪訝な視線を送りながら不満を隠さずに言葉を発した。
「それで、斬った者の素性は知れたのか?」
「申し訳ございません。未だもって探索中にございます」
「シシクラは探索の手が及んでいることを察知して、博打場通いから足を洗おうとしている節があると申しておったな」
「はい。昨夜も博打場の場所を突き止めるために彼を尾行させていたのですが……」
スケサブロウ君の話によると尾行中に突然急病人が現れ、尾行者は救助を余儀なくされたそうだ。追っていたシシクラを見失ったのは当然である。
「その急病人に怪しいところはなかったのか?」
「それが……」
どうやら急病人もいつの間にか姿を消してしまっていたらしい。もっとも相手が急病人となれば、救助優先となるのは致し方なかっただろう。だが、それでコバシ子爵の尻尾を掴む手がかりが一つ消えてしまったということになる。
「しかしその急病人と申す者、間が良すぎるとは思わぬか?」
「確かに言われてみれば……」
「尾行は騎兵隊と警備隊のみで仕切っていたのだな?」
「はい……まさか陛下!」
そこで俺が言わんとしたことをスケサブロウ君は悟ったらしい。あまり考えたくはないことだが、騎兵隊または警備隊の中にコバシ子爵への内通者がいる可能性があるということだ。無論そんな不届き者はいないに越したことはないのだが。
「スケサブロウ、オサナイ、共に金に困窮していた者や最近急に羽振りがよくなった者がいれば洗い出せ」
「御意」
ところがこの調査は当てが外れ、騎兵隊にも警備隊にも怪しい者は一人もいなかったのである。コバシを追い詰めるための証拠集めは暗礁に乗り上げることとなったが、王国の従者から不届き者が出なかったのはよかったというべきだろう。
「本当にそれでお終いでもいいのでしょうか」
執務室でユキたんが俺の肩に手を置いて、心配そうな表情でそんなことを口にした。彼女にはほぼ常に侍女のサユリが付き添っているので、急な体調変化があっても安心していられる。しかし当のユキたんは元気そのもので、抑え気味ではあったが今も剣術の稽古を続けているとのことだった。本人曰く、まだまだ単独で俺の護衛も可能だそうだ。
「と言うと?」
「確かに皆さんには疑わしいところはないかも知れません。でも例えば酒場でちょっとした拍子に口にしたことを、コバシ子爵の手下に聞かれていなかったとも限らないのではありませんか?」
「なるほど、一理あるな」
王国の騎兵隊や警備隊は、誰でも簡単に入れるものではない。それこそ入隊時には家柄から思想に至るまで厳しい審査がある。その上城内はあのアザイ王率いる幽霊兵が常に監視の目を光らせているのだ。つまり叛意があれば立ち所に見抜かれてしまうということである。
しかしたとえ幽霊兵であっても、隊員たちの余暇の時間まで監視しているわけではない。彼らが酒を酌み交わし、唄い笑っている時は自由ということである。そこにつけ込まれたら一溜まりもないだろう。
「だからと言って仕事が終わった後の酒盛りまで禁止するわけにはいかぬからな」
「あの陛下、よろしいでしょうか」
その時サユリが何やら思いついたように発言の許可を求めてきた。本来なら許されるべき行動ではないのだが、今は俺とユキたんと彼女の三人しかいない。それに妙案があるなら聞いて損はないだろう。そう考えて俺は彼女に発言を許した。
「大食堂の一角を開放されてはいかがでしょう?」
「開放?」
「はい。仕事を終えた騎兵隊や警備隊の方々に、安くお酒を飲める場として使って頂くのです」
サユリの案は、大食堂の一部を酒場として夜も営業してはどうか、というものだった。現在の大食堂は宵五ツ、だいたい午後八時くらいまでは夕食を摂ることが出来る。しかしそれを過ぎると食事の提供は終わり、実質閉店となるのだ。
大食堂自体は急な悪天候などで帰れなくなった者のために、いつまででも留まれるように閉めてしまうことはない。しかし聞いたところでは、それほどの悪天候など年に数回あるかないかということだった。つまり基本的に夜は無人に近い状態なのである。
「だとしても仕事を終えたのに、安いからといって城に残ってまで酒を飲みたいと思うものなのか? やはり外に出た方が彼らにとっても気晴らしになるのではないかと思うぞ」
「そこはそれ、お城には可愛らしいメイドの娘たちもおりますし、おツマミもクリヤマ料理長に作って頂けば、十分に魅力的だと思います」
「いい考えですね。メイドたちにはその分お手当てを出すことにすれば、望んで働く者もいるのではないでしょうか」
ユキたんがサユリの話に興味を示した。それにもう一つ、ただでさえ男性が少ない中で、王国の騎兵隊や警備隊は花形の職業である。当然彼らに憧れる女性も多い。その彼らと知り合う機会になると知れば、好んで働こうとする者も少なくはないだろう。
「そうだな、人が足りなければ新たに雇い入れるという選択肢もある。サユリ、すまぬが需要がどの程度あるか調べてほしい。人を使っても構わん」
「かしこまりました」
この時俺はふと閃いたことがあった。それは単に情報漏洩を防ぐに留まらない策である。
「コバシめ、いつまでも甘い汁を啜っていられると思うなよ」
だがその日、モスケが夜になっても帰らなかったことを、俺が知る由もなかった。




